名探偵との出会い
俺とスタンフォードがたどり着いた先は大きな病院だった。まさに病院らしい白い外観に、緑豊かな庭、それは彼の勤める王立中央病院であり、尋ね人はどうやらこの中にいるらしい。
入り口の門をくぐるとまず目についたのは豪華な噴水。一見、現代のものと何ら変わりないように見えるが、その水の噴出口には異世界然とした大きな魔法陣が描かれていた。
「バーでも見たけど、あの魔法陣はどういう役割なんだ?」
じっと、噴水を眺めながらスタンフォードにそう尋ねる。
「そりゃあ、周囲のエーテルを魔法に変換するためさ。なんだ、まさか魔法陣まで忘れてるのか……」
スタンフォードの悲し気な言葉に胸が痛くなる。俺は彼の顔を見て、少し唇をかんだ。
仕方がないとはいえやはり嘘をつくのは申し訳ない。俺はワトソンではない。もしかしたら映画のように俺の体にワトソンの精神が入り込んでいるという可能性はあるが、だから何かできるわけでもない。俺にできるのは映画さながら、一晩を越して元に戻っていることを願うだけだ。
「まあいい、ほら行くぞ!」
入り口のドアに手をかけるスタンフォードの一声で魔法陣からあふれ出す水を眺めていた俺は小走りで彼の元へと戻った。
建物の中へ入るとまず受付のような開けた空間が俺たちを出迎えた。両側には通路が広がり、前方にも広い一本の道がある。通路には看護師や怪我を負った者、病人などが歩いていて、病院の雰囲気を一層強めていた。
「こっちだ、ワトソン」
スタンフォードはそう言って右手の通路を進み、脇にあった地下1階へと続く階段へと俺を誘導する。
"関係者以外立ち入り禁止"
階段の踊り場に大きくそう張り出されているのを見て多少の不安感を覚える。
「おい、大丈夫なのか、俺が入って? 関係者以外立ち入り禁止って書いてあるけど」
「大丈夫さ、もともとお前は俺と一緒にここに勤めるはずだったんだ。それを軍部のお偉いさんが軍医が足りない、と研修医にも満たない医学生たちを駆り出しやがったんだ。戦争に行く前からそれは決まってたし、お前も立派にここの関係者さ」
「そういうことか。なんか、ありがとう」
「なんだよ急に。よそよそしいぞ」
階段を下り切り、奥まで続く長い通路を歩きながらそんな話をしていたが、それは一瞬にして、文字通り爆音にかき消された。
BOMB!!
「い、今の何?」
「おそらくアイツの実験だ」
そう答えるスタンフォードは、爆音が聞こえてきた金属製の分厚い扉をゆっくりと開ける。
どうやらその部屋は実験室のようで棚に並ぶ薬品に、バーでも、先ほどの噴水でも見かけたような魔法陣の描かれた机、それに分厚い本がずらりと並んでいた。
しかし、俺の目はすぐさま他の場所へと釘付けになる。
「やっぱり言うことを聞いたのが間違いだった! なんだ今の爆発は!?」
倒れ込んで足をガクガクと震わせる青年が目の前の少女に向かってそう叫んだ。
「もちろん水素爆発さ。ナトリウムを水に入れれば爆発が起こる、当たり前のことじゃないか。
それにしても良い発見ができた。やはり爆発系の魔法の正体は水素による爆発に違いない。おそらく魔力によって瞬時に水素を大気中に拡散させ、それとほぼ当時に火を発生されることで大爆発を起こすんだ。どおりで炎のエーテルだけでなく風のエーテルを含んでいるわけさ!」
興奮した様子の声はまるで幼い子供のように高らかに響く。赤く長い髪に朱色の瞳を持ち、背丈が俺より頭一つ以上も小さい少女。
信じ難いことにどうやらこの少女がスタンフォードの言う人物らしい。まあ、今の発言を聞いていればなんとなく察しはつくのだが。
「これが?」
一応そう問いかけるとスタンフォードはこくりと頷く。そして俺が指差した少女は不満そうな顔でこちらに近寄ってきた。
「これとは失礼だな、君。僕にはちゃんとした名前があるんだがね」
「ふーん、なんて言うんだ?」
俺が腰に手を当てて、頭を少し下げながら彼女の顔をじっと見つめる。だが、俺のその姿勢は彼女の言葉で一瞬にして崩されることとなった。
「ふん! 聞いて驚くがいい、このボクこそが世界一の名探偵、シャーロック・ホームズさ!」
「は?」
「だ、か、ら! シャーロック・ホームズだ!」
いや、いやいやいやいや。あり得ない、シャーロック・ホームズ? な、なんでコナン・ドイルの小説に出てくる架空の名探偵の名前がこんな異世界で出てくるんだ!?
あまりの驚きに開いた口が塞がらない。しかしこの少女はそんなことなどお構いなしに好奇の目を持って俺に話しかけてきた。
「ふむ、君の驚き。どうやら僕のことを知っているような感じだな」
「だ、だって、知ってるも何も世界で1番有名な探偵と言っても過言じゃ……」
と言いかけ、俺はとっさに口を閉じた。もちろん、俺が別の世界の人間であるとかそういう疑念を抱かれないためであるが、俺の心配とは異なりスタンフォードはくすくすと笑い出す。
「くくっ、お前そんな面白い皮肉が言えたんだな」
意味がわからず「どういうことだ?」とひとつ口につく。
「だってホームズはまだ探偵仕事なんてほとんどやったことがないんだぞ? 俺が聞いたのは猫探しにとかお婆さんの荷物運びとかだけだ」
「失礼だなスタンフォード君、仕事としてはまだだが、今まで数え切れないほどの難事件を解決してきたんだぞ! 君があげた仕事だってボクのことを何でも屋と勘違いしてる奴らの頼みを仕方なく聞いてやったんだ!」
反論する彼女はまるで子供のような感じである。別にクソガキと言いたいわけではないが。
彼女はまだ何か言いたげにスタンフォードを睨んでいたが1つため息をついて手を差し出してきた
「……まあいい、よろしくワトソン君」
「あ、ああ。よろしく」
困惑しつつも差し伸べられた手を握りながらそう応えると、彼女は俺の手首あたりをちらりと見て、手を離した。
「それで、どうだったんだい、イスフェン王国国境での軍医の仕事は?」
「え? 俺、軍医をしてたなんて言ったっけ?」
彼女の言葉に思わず俺はそう言った。
「いいや、推理したのさ。
スタンフォード君の接し方からワトソン君が昔からの友人というのは察しがつく。さらにここは関係者以外立ち入り禁止の場所なのだから彼は医療関係の資格を持っている、となれば同じ医学科にいたと考えるのは自然なことだ」
すらすらとそう推理を話すシャーロックの様子には自慢といった感じは全くなく、本当に当たり前のことを言っている風だった。
「そして手首あたりの傷、火傷のような銃弾が掠ったような、炎の属性付与をした魔法銃だろう。戦地で医者となれば軍医しかない。
それに君の服にまだ残っているその砂ぼこり。光の反射によりさまざまに色を変える虹砂に違いない。虹砂が存在するのは現在激化しているイスフェン王国国境付近のザッハ砂漠のみ、というわけだ」
とっさに手首を見てみるとそこには彼女の言ったとおりのやけど痕があった。それに服についた小さな粒は確かに見る角度によって赤色だったり、緑色に輝くのが認められる。
たったこれだけの情報をもとに俺が何者でどこから来たのかを推論した彼女に驚く俺たち。それをよそに彼女は尚も言葉を続ける。
「そしてスタンフォード君が彼をここに呼んだ理由もそこから推察できる。ボクの記憶違いでなければ、まだイスフェン王国との戦争は終わっていなかったはずだ。まだ終結していない戦争から貴重な軍医を返すなど怪我か病気で」
シャーロックの言葉にスタンフォードはこちらに顔を向けた。
「なに? そうだったのか、ワトソン?」
スタンフォードの問いにとっさに「ああ」と答える。
だがすぐさま、自分の判断ミスを後悔した。俺は確かにスタンフォードに戦争が終わったから戻ってきたとバーで話してしまったのだ。
俺は恐る恐る彼の顔を見つめるが、スタンフォードは笑って俺の肩を叩く。
「何だよワトソン。俺に心配させないために戦争が終わった、なんて嘘ついたのか? 正直に言えよ!」
こいつがいい奴で助かった。
心の中で俺はほっと溜息をつく。だが、ケガで帰ってきたとなると今度はすぐに医者として働く、とはいかなくなってしまう。スタンフォードが言ったように、少しの間休むふりでもしておかないと不自然だろう。となると金を稼ぐために何かしなくてはいけないわけだが、一体どうしたものか……。
考え込む俺に助け舟を出すように、彼女は説明口調でこう言った。
「そんなことはどうでもいい。重要なのは仕事のできないワトソン君が金銭的に余裕がなく、両親もいないために家も持っていないために、早急に住み込みで働ける場所が必要ということだ! そのためにボクの元へときたのだろう?」
「何!? だからなんでお前はそんなことを知っているんだ!?」
彼女の言葉にスタンフォードは驚きの声を上げる。
「単純なこと。ワトソンくんの服を見れば、それがお下がりであることがわかる。服の素材や縫い方が現在の製法ではないし、ところどころ穴が空いていてそれを補修した跡が見える。これで彼が服を買うにも困るほど困窮していることがわかる。そして重要なのがその服を誰からもらったのか。
同世代の友人ではないのだから、親だろうと思うのはごく自然。だが問題はその服の製造年代が40年も前ということなんだ。それほど昔となると親の世代からもズレる」
シャーロックは近くに置いてあったカップを手に取り、コーヒーと思われる黒い液体を口にした。
「ゴホン。そこで気になったのがワトソン君が軍医として招聘された理由。もし仮に彼の親が他界していたら? 軍部としては扱いやすいだろう。なぜなら仮に死亡しても文句を言う人間が少ないわけだからね。こういうわけで彼が金銭に困り、家がなく、両親のいない家事であることがわかると言うわけさ」
スタンフォードは捲し立てるような彼女の説明に何も言うことができず、立ち尽くした。
かくいうこの俺も、名探偵の名を関する彼女の姿に、憧れにも似た感情を抱きながらその場で呆然としていたのだ。




