マイク・スタンフォードとの出会い
目の前の男の言葉に、俺の頭は完全にフリーズした。
わ、ワトソン? 俺があのジョン・ワトソンだと? ああ、どうなってるんだ? 意味が分からない。一体どういうことだよ。
いったん冷静になるために、俺のことをワトソンと呼ぶ男の姿を眺める。
端正な顔立ちに前ボタンをキッチリと閉じ、その下には白いYシャツ。チャック柄のズボンと革靴に元の世界のスーツを思わせるその姿には喜びの表情が浮かんでいる。
「てめえら、知り合いか?」
「ああ。俺の親友だ。だから、ここはひとつ見逃してくれ」
男の言葉にカビルはフン、と鼻を鳴らした。そんなことするわけがない、そんな言葉が聞こえてくるようなカビルの態度に男はため息を吐いた。
「あんまり気は進まないんだが……」
男はおもむろに腰にぶら下げてあったポーチから何かを取り出す。
その何かは、俺が元の世界でよく見慣れた医療道具だった。
「メス?」
「属性付与・氷結、スラッシュグレイス!」
男はそう叫ぶと同時に、メスで空を切る。するとカビルの振りかざされた右腕がみるみると氷に覆われていったのだ。
「ぐわあ!」
慌てて手を離したカビルは、「覚えてやがれ」と噛ませ犬のテンプレのようなセリフを吐きながらどこかへ逃げ去っていく。
俺はそんなカビルの姿と、目の前に立つ男の姿を交互に見つめ続ける。
「誰だ?」
一言、俺がそう言うとその男はなんとも不思議そうに俺の顔を見る。
「何を言ってるんだ、スタンフォードだ。魔学学校の医学科で一緒に切磋琢磨した、お前の友人じゃないか!」
……どうやら、俺は単純な異世界転生をしたというわけではないらしい。
◇◇◇
スタンフォードと名乗った男の案内で俺は街中にあった近くのバー、The Bunch of Grapesのカウンターで彼と酒を飲み交わしている。
「マイク・スタンフォード21歳。職業は研修医で現在、王立中央病院に勤務している、魔学学校卒業生で俺の同級生」
「そう」
「そして俺はジョン・ワトソン、同じく21歳。職業も同じで5ヶ月ほど前、このログレス王国の国境付近に軍医として派遣され、いまの今まで音沙汰がなかったがこうしてこの首都ロンデアに戻ってきた、と」
「その通り」
スタンフォードは輝く瞳で俺のことを見つめているが、正直反応に困る。理解が追い付かないのだ。
俺は元の世界で死に転生してこの魔法世界へときた、と思っていた。この時点ですでに突飛押しもない出来事ではあるが、さらにその転生した先の世界に知人が既に存在していた、というよりも俺の精神がこのジョン・ワトソンという男の体に入ったといった方が正しいのか?
立て続けに発生する不可解な事象に、俺の頭は思考を放棄しようとしていた。とりあえず、スタンフォードが出してくれた酒、らしきものを飲み、俺は彼の話を聞く。
「それにしても驚いた。生きていたんだな、戦地へ行ってから連絡の一つもよこさなかったから死んでしまったのかだとばかり思っていた。本当に良かった……」
どうするべきか、と俺は酒を口に含んだまま静止する。もしここで俺が本当のことを言えばスタンフォードは信じるだろうか。信じたとして俺自身は信用されるだろうか。そのようなことを考え、素直に真実を話すのは危険だと俺は結論付けた。
そこで俺はある理由を思いつく。
「あ、ああ。いやぁ、何度も死にかけたよ。それに戦地で頭を怪我したからか、記憶があいまいで」
「だから俺のことも魔法のことすら忘れていたわけか」
「そうなんだよ」
正直、かなり無理のある言い訳だが、どうやらスタンフォードは納得してくれたようだ。
こうすれば俺が魔法やこの世界について知らないことをある程度納得させることができる。
情報だ。兎にも角にも情報がいる。魔法についてもこの世界についても。それに生きていくための金も。幸い、衣服は元の世界から変わってはいるもののなかなかしっかりとしているし、飯もこのスタンフォードのおごりで今も食べている真っ最中。ちなみに元の世界とさして変わらず美味い。
「それでどうするつもりだ? すぐに研修医に戻るか? それともしばらくは休むか?」
研修医……。それも幸運というべきだろう。元々医学生だったのだから、少なからず知識がある。
まあ、魔法についてはろくに知らない訳だからこの世界の医学が魔法に全振りのものだったらどうしようもない訳だが。
まあとりあえずここはスタンフォードと一緒に研修医として学び、この世界のことについて知るのが得策だろう。
「ううん、まあお前と一緒に働くさ」
俺がそう言うとスタンフォードはにこりと笑い俺の肩を叩いた。
「そうか、それは良かった。でもそうなると1つ困ったことがあってだな」
気まずそうに彼がそう言うので「どういうことだ?」と俺が問いかけると彼は続けてこう話した。
「実はお前が住んでた病院の医師寮なんだがな、ちょっとした手違いで他のやつが入っちまったのさ。ほらお前、住むところがないからどうしたもんかと……」
スタンフォードの言葉に耳を疑った。
「は!? 住むところがないってどういうことだ!?」
「それすらも忘れてちまったのか。小さい頃に両親を亡くし、学校ではお前寮生活だったじゃないか。学校にも借金で入ってきたって言ってたし金も余ってないだろう?」
おいおい冗談だろ。仕事がないのは百歩譲っていい。けど、家がない? おまけに学校行くために借金をしてた?
スタンフォードの口から飛び出した事実に俺は開いた口が塞がらない。
ふざけるなよ、ジョン・ワトソン。お前のせいで俺は今、職なし家なしのただのホームレスだ。
小さく舌打ちをして、身体の主に愚痴をこぼす俺にスタンフォードは首を傾げた。
「ううん、どうするって言われてもろくに記憶もないし、俺にだってどうすればいいか。何かないのか? タダで済ませてくれる家主とか、っている訳ないか……」
スタンフォードは俺の問いに難しそうにうなる。腕を組み、首をぐるぐると回すその姿からは本気で考えてくれている感じがして他人ながら嬉しくなった。
「そうだ! 1つ、というより1人いるじゃないか! 仕事と呼べるかは分からないが部屋を間借りさせてやる代わりに手伝いをして欲しいって言ってたやつが!」
「本当か!? 早速紹介してくれないか!」
しかしスタンフォードは突然立ち止まるかの如く「やっぱり忘れてくれ」と言った。一刻も早く状況を打開したい俺は何故かと尋ねるがスタンフォードは口をもごもごとして言いたがらない。
その姿を見て、俺はとりあえずというようにスタンフォードにこう伝えた。
「わかった、もう聞かない。でも会うだけあってみたい。頼めるか?」
「……了解。会ってから後悔するなよ」
ため息をつくスタンフォードを見て合わせることに億劫になるほどの人物なのかと少し気後れする。
しかし机に据えてある青色透明の結晶から氷を生成しそれをコップに入れて、キンキンの酒を流し込み、気を取り直して店を出てスタンフォードについていった。




