ジョンの帰還
「……ソンだ。ああ、とりあえず魔法……」
頭が痛い。でも出血や外傷の痛みじゃない。どちらかといえば内部的な、頭痛みたいな痛みだ。
眩しい光が俺の目を刺激する。俺は目を細めながらも首を動かして周りを確認した。だが、まだ目が慣れない。見たところ手術室ではないようだが、病院でもなさそうだ。
「ん? まずい、目覚めたぞ」
「何? ちっ、少し調整不足だが、まあいい、魔法を解除して送れ」
魔法? 何言ってんだこのおっさん。そんなファンタジーな言葉、死んだと思ったら生きてて、魔法なんて言葉が聞こえる? まるで異世界転生じゃないか。
くだらない妄想が俺の頭をよぎった瞬間、よりまばゆい光が俺の体を包み込んだ。
「眩しっ、おい、ふざけんな! なんだよ、これ!!」
◇◇◇
いら立ちの原因となっていた痛みも、もはや感じない。意識があるから死んではいないのか、いやそれとも天国が実在したのか。
なぜだかとても心地いい。ガタンゴトンという揺れがいい刺激となり、ソファのような柔らかい座り心地が心を落ち着ける。
「……な? 大丈夫ですかな? うなされていたようですが」
落ちつた男の声が突然聞こえた。目を開けるとそこには整った服装をした老人が1人。口ひげをたくわえハットをかぶり、手には杖を持っている。まるでイギリスの紳士のようだ。
この男が先ほどの声の主かと思ったが、すぐに違うだろうという結論に至る。なぜなら先の人物はこの老人のような服ではないことを覚えていたからだ。
返事をしようとした瞬間、ズキンと怪我をした頭頂部が痛む。とっさに手を回してみるが、何とも不思議なことに血どころか腫れすらできていない。俺は驚きで頭をさするだけで放心状態になってしまった。
いったい何が起こってる? 夢だったのか、さっきのことは。いやそんなはずはない。あの痛みが、恐怖が、妄想であるものか。
混乱したまま視線を下に移すと、驚くことに俺の服装は全く別のものとなっていた。驚いてそのまま近くにあったガラス窓を見る。そこに映るのは深い緑色の髪と瞳の男。俺とは似ても似つかぬ顔だった。
「あなたは一体何者か? 車両の出入り口で倒れこんでいたから一応ここまで運んだのだが」
目を覚ましたら明らかに日本ではない見知らぬ土地。さらには突然現れたという話。
「まさか……、いや、そんなのありえない、フィクションだ」
声に出して否定しようとするが、今の状況がまざまざと現実を見せつける。
これは間違いなく異世界転生だと。
もう認めるしかない。俺は死に、別の世界へと転生してしまったのだ。
だが、周囲を見渡してみると想像していた異世界とはかなり違う。周りには向かい合う長椅子がいくつも並んでいてそこには目の前の老紳士と同じような豪華な服装の人々が本を読んだり窓の外を眺めている。さらに頭上には荷物置があり、壁には点々とライトのようなものもついていた。
まるで産業革命期の機関車。その光景に異世界、というよりどちらかといえばタイムスリップという印象を受けた。
「怪しいですなあ、あなた、この魔動機関車の切符は持っていますかな?」
訂正、どうやら異世界転生に間違いないようだ。
と、冗談はさておきまさか本当に異世界転生なんてものがあるとは。だが、よく舞台となる中世よりも17・18世紀という印象の風景だ。
「ちょいと、聞いていますかね?」
悪いが、目の前の老紳士の言葉は俺の耳には届かない。そんな事よりも、異世界転生という事実で頭がいっぱいだ。
老紳士の言葉を聞き流しつつ考えていると、蒸気の噴き出る音とブレーキの音が聞こえ、車体が少し揺れる。彼の口ぶりから、どうやら俺は無賃乗車をしていると思われているらしい(まあ、事実そうなのだが)。
異世界に来て早々もめごとなんて御免だ。
そう思い俺は軽く愛想笑いを浮かべてその場を去り、すぐさま列車を出た。
◇◇◇
駅のホームから、街中へ少しの間、俺は異世界を歩き回った。あたりは明るく昼間の様相。遠くにそびえる物理法則を全くもって無視している歪な建物が見え、細かいところを見てみても荷物を宙に浮かせていたり、道端の大道芸人のような者が手から火を出したり氷を出したり、普通の人間の姿ではない者がいたりする。
その光景にもちろん俺は興奮するのであるが、それ以上に冷静になって元の世界での最後の出来事が頭をよぎった。
「俺が異世界へ転生した理由はなんだ? なぜいきなり列車の中で倒れこんでた? そもそもこの状況に理由を見つけること自体正しいことなのか?」
独り言をつぶやきながら近世欧州のような街並みを歩く。だが、俺はその街の光景に目を奪われるあまり、目の前から歩いて来る男に気付かなかった。
俺はその男と肩がぶつかる。そしてぶつかってから気付いたのだ。その男が傷だらけでいかにもな荒くれ者であるという事に。
「ああ、すんません」
軽く謝った俺だが、その男はどうやら満足していない。「おい、てめえ」とすごみながら俺の胸ぐらをつかむ。
「俺が凄腕冒険者、カビルさまと知っての態度か、てめえ!」
「もう最悪だ。なんで転生していきなりこんなもめごとに巻き込まれなきゃならんのだ」
「なんだと!?」
ああ、まずい。思っていたことが口に出てしまった。いつもこうだ。独り言が多くて、余計なことを言ってしまう。この癖のせいで今までどれだけ苦労してきたか。
胸ぐらをものすごい勢いで揺らされて、まるで頭がヘヴィメタのヘッドバンキングだ。だが、頭はしっかりスッキリ。俺は冷静にカビルと名乗った冒険者に対し、いったん止まるように言った。
「本当にすいませんでした! 悪気はなかったんです! それにあなたがあの凄腕冒険者カビルさんとは露とも思わず、ほんとうにすいません!」
俺の誠意ある謝罪に対し、カビルは俺の胸ぐらを離した。媚売りが功を奏したようで、得意げな様子で鼻息を荒くしている。
「ちょろすぎだろ」
「あ!?」
「ああ、やべ」
そう思った直後には、すでにカビルの拳が目の前まで来ていた。よけられない。俺は痛みを覚悟で歯を食いしばる。
だが、その拳が俺の顔面に到達することはなかった。それはなぜか? 見知らぬ男がその拳を受け止めたからだ。
「なっ、てめえ、何者だ!?」
「お前に名乗る名前はない! まあ、そっちのノッポはもう知ってるだろうがな」
そう言う男はこりと笑って俺の顔を見つめた。
「久しぶりだな。ジョン・ワトソン」
「ああ、ジョン・ワトソンね。ロンドンの医師にして、シャーロック・ホームズの助手」
「は? 何言ってんだ? ワトソンはお前だろ?」
「ああ、そういう事……。 え?」
「え?」
「はああああああああああああ!?」




