医大生・横山竜星の日常
『続いて、速報です。
本日午後、東京都内の○○大学医学部で爆発事故が発生し、学生1人が巻き込まれました。
警視庁などによりますと、事故があったのは○○大学医学部の研究施設内で、午後2時頃、施設の一室で突然爆発が起きたということです。
この爆発により、室内にいた医学部の男子学生1人と連絡が取れなくなっています。大学によりますと、現在までに学生の遺体は確認されておらず、警察と消防が施設内を捜索しているとのことです。
行方が分からなくなっているのは、○○大学医学部に通う横山竜星さん、21歳。
警察は、爆発の原因について詳しく調べるとともに、学生の安否の確認を急いでいます。
なお、現在のところ、爆発によるほかの死傷者は確認されていないということです。
続いて、現場からの最新情報です……』
◇◇◇
「この俺、横山竜星の人生には夢がなかった。いや、なかったというのは適切じゃない。持てなかったというのが正しいか。
子供のころからなまじ勉強だけは得意だったせいで、親から勉強を強要され、自分の好きなことをさせてもらえない。努力のおかげで○○大学の医学部に進学することは出来たものの、俺にとってそれは全くうれしいものではなかった。
人の命を救う医者という職業はすごいと思うが、俺の柄じゃない。環境のせいでそうは見えないが、俺は本来、自堕落で自分勝手な人間だ。そんな奴に医者が務まるわけはない。
案の定、受験という大きな山を越えた俺は燃え尽き症候群になった。医学部という……」
「待て待て、お前は何を突然話し出してるんだ?」
俺の独白に対して、目の前にいる男は怪訝な表情をしながらそう言った。俺はその質問に対して、こう答える。
「いや、俺が異世界転生するなら、こういう自分語りから始まるかなあと妄想してみた」
「竜星、お前バカにしてるだろ」
「そんなことない! 蒼士郎、俺は本気でお前の夢を応援してる。作家として大成するという、お前のでかい夢を!」
昼飯をかき込みながら俺がそう言うと、蒼士郎は少々恥ずかしそうに頭を掻いた。
本当にわかりやすい奴だな。まあ、そこが好きで友達やってるわけだが。
蒼士郎は俺が人生で出会った中で親友と呼べる唯一の人間だ。同じ大学の文学部に所属していて、大学の入学式でたまたま出会い、そこからすぐに意気投合し、現在に至る。
まじめで、自分の夢にまっすぐ。人生の目標を見いだせない俺とは正反対の男だ。
「で、今日は何の用だ?」
気を取り直して俺は蒼士郎にそう問いかけた。
「いや、実はな、普通の小説だけじゃなくてラノベも書いてみようと思ってさ」
ああ、なるほど。どうりで机に山積みの異世界転生のラノベがあるわけだ。
そう思った俺はそのラノベの一冊を手にとってぱらぱらとめくる。
「お前、ラノベ好きだろ? 何か良いアイデアないかなと思ってさ」
「ジャンルは?」
「まあ、せっかく書くんだし、定番の異世界転生で書いてみたいよな。ただ、普通のじゃつまらない。俺の好きなミステリーと異世界転生をうまく、こう融合していい作品にならないかな?」
ジェスチャーを交えながらそう言う蒼士郎を見て、俺は頭を悩ませた。
異世界にミステリー? 全然想像がつかない。異世界転生の面白さは主人公への感情移入のしやすさや、ストレスフリーな無双、分かりやすいRPGのような魔法世界だ。
その中にミステリーを組み込むとなると相当難しい気がする。
そんなことを伝えると蒼士郎は「まあ、確かにそうだよなあ」といいつつ、腕を組んで頭をぶんぶんと振った。
「異世界探偵とかできたら面白いと思うんだがなあ。シャーロックホームズとか、エルキュールポアロみたいな」
蒼士郎の提案に俺は言葉が止まった。魔法世界の推理小説、確かにそんなものは見たことがない。だがそれを実現するには極めて大きな問題が存在する。
魔法の存在である。魔法とは超自然的な超能力。推理小説においてそんなものがあってはトリックも捜査方法なんかも何でもありになってしまう。
「無理だろ。魔法によるトリックとか」
俺は蒼士郎の言葉に対してきっぱりとそう答えた。だが、蒼士郎はそんな俺に対し、真剣な表情をしてこう言った。
「いやできる。お前はそうやってすぐ諦める。読み手がしっかりと理解できる魔法の仕組みを考えてやればきっとできるさ」
「なんか、俺が相談を受けてたのにいつの間にか俺が諭されてるんですが」
「ああ、悪い悪い。正直、お前に背中を押してほしかっただけだったのかも」
いたって冷静にそう分析する蒼士郎を見て、今度はこっちが恥ずかしくなってきた。
お前は、本当にそう言うことを素で言うんだ。
「そういう事なら俺は応援するよ。頑張れ」
目をそらしながらも、俺は蒼士郎にそう言った。
キーンコーンカーンコーン。
それと同時に大学のチャイムが鳴り響く。
「あ、やべ。俺、次臨床なんだよ」
「そうか、じゃあまた今夜だな!」
「お前まだ付き合わせる気かよ?」
「親友、だろ?」
「……分かったよ。それじゃあまた今夜」
「ああ、ありがとな!」
◇◇◇
俺の記憶はそこで止まっている。正直、臨床の内容は全然覚えていない。何かの手術だったのはそうだ。なぜなら、今いるのが手術室なんだから。
だが、その部屋の中は俺の普段見ているものとは全く異なる様相を呈している。
炎が立ち上がり、手術台は倒れこみ、手術道具たちが地面に散乱していた。
「くっ、ふっ……」
助けを呼ぼうと声を上げるが、うまく言葉が出てこない。頭を打ったせいだ。血が滴り、意識がもうろうとする。
ああ、くそっ。何が起こったんだ? 爆発? 火災? だめだ、思い出せない。
そんなことを考えている内にも俺の体から真っ赤な血がだらだらとあふれ出てくる。手足の感覚がない。視界もぼやけてきた。
「蒼士郎、悪い。今日の夜、行けそうにないわ……」
シャーロック・ホームズか。もし生まれ変わるんなら名探偵にでもなってみたいかもな。
ふざけた妄想が頭に浮かんで少し笑った後、俺は静かにまぶたを閉じた。




