ウィンザー城
———1時間前
さてと、ワトソン君がいると動きにくいからね。それに、こんなの見たら彼になんて言われるかわからん。
僕はそんなことを思いつつ、目の前にそびえる城を眺めている。
ウィンザー城。アスコット最大の観光スポットだ。ログレス王国建国前に存在した古の王国の主城。歴史が古く、また見た目も華やかなために研究者から一般人まで多くの人々が訪れる場所になっている。
観光をするつもりかって? とんでもない、実はローゼンの言葉を聞いてあることを主だ下からそれを確かめに来たのさ。それが確かなら、ウィーン婦人がなぜモルゲンセン卿を殺したのかが明確になる。
僕は人があふれる入り口を通り、城の中へと入っていく。白い石の敷き詰められた通路の横には緑豊かな庭園が広がり、外から見た美しさそのままの光景が内部にも備えられていた。
つい目を奪われそうになるが、僕は首を振って前を向く。僕の目的は観光じゃない。アレを見つけることだ。
中庭を通過した先は城内へとつながっていた。これだけ立派な城だ、さぞ荘厳な景色が広がっているのだろうと少しは期待したわけだが、その期待は一瞬にして崩れ去ることになった。
「うわぁ、この壺見てよ、きれー!」
「すげー、絵画がたくさん並んでるぜ」
城内はかつての王城ではなく、美術館へと姿を変えていた。左右にはショーケースが立ち並び、天井には豪華な照明がいくつも飾られている。そこには城の荘厳さはなく、ただ観光用に飾られた張りぼてしかなかった。
全く以て嘆かわしい! 由緒正しい王城がこのざまか! これだから観光地化は本当に大切なものを殺してしまうんだ!
と、心の中で憤慨してみたものの、正直こちらの方が僕にとっては好都合だ。探し物が探しやすい。
ショーケースを眺めながら僕は通路を進んでいく。展示品はまさに種々様々なものが存在した。壺やガラス細工などの工芸品から、剣や槍などの古の武器、そして彫刻や絵画。
そんな品々の中で1つ、僕の目に留まるものがあった。
「『ウィンザー王国初代国王の肖像画』か……」
モールゲン・ウィンザー1世。かつてこの地を支配したウィンザー王国の初代国王。彼はその卓越した統率力と魔法の才能により瞬く間に周辺の街々を陥落させ、この地域に一大勢力を気付いた。
彼の王国はその後100年にわたり存続したものの50年前に現在のログレス王国の侵攻に遭い、ついにこのウィンザー城も陥落。その長い歴史に幕を下ろすことになった。
肖像画の説明文にはこのように記載されている。そして肖像画には立派な口ひげを生やした国王の姿がでかでかと示されている。
王冠を戴き、肩から赤いマントが下がっている。立派な金装飾の数々に、腰には見事な装飾が施された短剣が提げられている。
やはり、か。
それを見た僕は大急ぎで階段を駆け上がっていく。
アレがあるとすればこんなちんけな展示品の中じゃあない。いや、ともすれば一般展示すらなされていないかもしれない。そうなったら少々厄介だな。
僕の悪い予想は見事的中した。3階まで続いていた展示スペースに僕の目的のものはない。となれば、それがあるのは僕の今目の前にある保管庫の中だろう。
「申し訳ございません、ここは極めて貴重な品々が保管されている保管庫ですので立ち入り禁止です」
保管庫の横に立つ警備員が僕に対して忠告する。
さてと、いったいどうやって中に入ろうか。
保管庫は極めて厳重に見える。警備員こそ左右に1人ずつしかいないものの、扉は分厚い金属でできている。光の反射が虹色に見えるその特有の輝きからも十中八九ミスリル製の扉だろう。
さらにその扉には魔法の施された跡が見える。恐らく内側から魔法陣によるロック魔法がかけられているに違いない。力ずくで開けるのは不可能だ、少なくとも僕の魔力出力では。
僕はいったん保管庫の前から退き、少し後ろの柱の陰に身を隠した。そしてその場にかがみこみ地面に手を付ける。
「分析」
手のひらからエーテルがあふれ、周囲の建物の構造と組成が頭の中に流れ込んでくる。
ふむ、やはり内部までミスリル鉱でかためられているな。別の方向の壁を破るのも無理か。となれば、正攻法で開けるしかない。
正攻法で開けるにあたっての問題点は3つ。警備員の対処、鍵の開錠、魔法の解除だ。
まず最初の問題、警備員の対処。
「暗転《ブラックアウト》」
僕の詠唱と共に周囲の光が完全に遮断される。僕の魔力量から範囲は半径5メートル強。大きいとは言えないが、2人を気絶させるには充分だ。
僕はすぐさま柱から出て警備員たちへと近づく。
「な、なんだ急に! まさか侵入……」
左の警備員が言い終わる前に僕は電撃を彼の首元に流して気絶させる。そしてすぐさま右の方にも同じように対処した。
「ふう、解除っと」
暗黒の幕が上がり、無様に泡を吹きながら倒れる2人の警備員の姿が露わになる。
「全く、ざるもいいところだね。まあ、それも魔法の鍵に絶対の自信があるからなんだろうが」
倒れこんだ警備員たちを尻目に僕は保管庫の扉に触る。
うん、きわめて強力な障壁だ。張り巡らされている印からして、合言葉を唱えて解くタイプのロック魔法だ。合言葉さえわかれば簡単に解ける代わりに、それ以外の方法で解除するのは極めて困難。ミスリルクラスの魔法使いでも解除するのに数時間はかかるだろう。
「ま、僕にとっては造作もないことだが」
そう呟きつつ、ポケットから魔法筆を取り出し、空中にルーン文字を書き始める。
このような魔法陣をベースとした魔法行使の大きな利点として自分のエーテルを消費せず、周囲の物質のエーテルを取り込んで魔法を行使できるという点があげられる。
これにより半永続的に魔法を使い続けることができるため、建物の照明や水道など、生活にとって欠かせないものに活用されている。
だが、メリットがあればデメリットがあるのも常。魔法陣による魔法はその陣が少しでも傷つくと消失したり、暴発したりする。これは魔法陣の大きなデメリットとして広く知られている。だが、それ以外にもう1つ大きなデメリットが存在する。
それが、それぞれの魔法陣に対して特有の解除陣が存在すること。各魔法に対して固有の陣が存在するため、いちいち覚えるのは効率が悪く、実用的でないとされる。このようなロック魔法だけでも種類は100をゆうに超える、その言説ももっともだ。
だけど僕にとって、それは最大級のデメリットとなる。なぜなら、犯罪や調査に役立つような魔法の解除陣であればほぼすべてを覚えているのだから。
解除陣を書き終えると金庫に張り巡らされていた印は瞬く間に消え去っていく。これであとは物理的な鍵の開錠だけだ。
僕は保管庫の扉に設置されたダイアルに触れ、少しばかりそれを左右に回す。
いたってシンプルなダイアルだ。これなら、特に苦労することなく開けられるね。
魔法によって聴力強化を施し、僕は保管庫の扉に右耳を当てる。カチカチ、カチカチとダイアルを回すごとに音が鳴るが、そんな中で一瞬だけカチンと異質な音が鳴る瞬間があった。僕はその音を探してダイアルを左右に回し続ける。そしてその音が5回ほどなった時、ようやく扉の錠が開錠された。
「楽勝楽勝!」
スキップをしながら保管庫の中へ入っていく。ミスリルに包まれた防壁の中にはまさに目からうろこの金銀財宝が山ほど眠っていた。そのどれもがウィンザー王国ゆかりのもであろうことはその財宝の造りを見れば明らかである。
素晴らしい。ぜひとも1つぐらいほしいもんだが、あいにく僕の目的はそれじゃない。
ゆっくりと歩いて行き、正面に飾られたひときわ大きなショーケースに手をかざす。
それは僕が探し求めていたもの『ウィンザー王国における王位継承の儀に使用された儀式剣』である。
「『この剣は本来、双剣でした。ウィンザー王国初代王モールゲン王が使用していた双剣で、その後代々王位継承の際に使用されたのです。この剣はウィンザー王国の王族の末裔であらせられる、ペンシル・モルゲンセン氏によって寄贈されたものでもう片方は今も彼が所有しています』か」
やはり、か。モルゲンセンのセンは『○○の息子』を意味する特有の名前だ。モルゲンの息子、やはり彼はウィンザー王国の王族だったわけだ。
「それにしたって、残した短剣を嬉しさからとはいえ全くゆかりのない人間に譲渡するとは、なんて適当な性格なんだ」
小さくそう呟きつつも、僕はにやりと笑った。これで彼女がなぜ、わざわざ彼を殺したのか分かった。
そう思った瞬間だった。保管庫の外から何やら騒がしい声が聞こえる。
「き、貴様何者だ!?」
おっと、これは少々面倒なことになったね。




