あなたのために
「モルゲンセン卿がアスコットを拠点に活動し始めようとしているというライゼン氏の発言から、彼が官僚としてアスコットの街に赴任しようとしていることが分かった。
だがそれだけなら、わざわざ手に掛けるほどのことではない。ロンドンの官僚という事で強力なライバルではあるだろうがウィーン卿はこれまで長年アスコットの街でキャリアを重ねてきたんだ。経験値の差から街長候補としてはウィーン卿が有利だろう。
だがあなたは知ってしまったんだ。モルゲンセン卿がこのアスコットの街に深いつながりのあるウィンザーの末裔であることに。
ライゼン氏はこうも言っていた『国王の命』と。恐らく国王もそのつながりを考えて、自分の傀儡としてアスコットの街にモルゲンセン卿を送り込んだんだ。次の街長候補として。
こうなると話は別だ。このまま放っておけば、彼は間違いなく次の街長になってしまう。ここまでの外交努力がすべて水泡に帰す、そう考えたのでしょう? だから今回の暗殺に踏み切った。自分の夫を、次の街長に押し上げるために」
シャーリーの言葉にウィーン婦人は唇をかんでいる。その表情からシャーリーの推理が正しいのだろうという事が見て取れた。
「私にとっては、チャールズの成功がすべてなのです! そのためならばどんなことだってやる!」
そう言うと同時に彼女は右手を俺たちの方へと伸ばした。シャーリーが「避けろ!」と叫ぶが、その声は間に合わない。
「乱嵐《ストーム》!」
彼女の魔法によって別館の建物さえもが嵐に巻き込まればらばらに砕ける。
「ぐわあ!」
飛び散る建物の残骸によって、嵐は針となって俺の体中を切り裂いた。
このままじゃまずい! 俺はまだ防御魔法を持ってるけど、ルイーズや魔法を使えない人たちが!
「ワトソン君! 氷波だ!」
シャーリーが隣でそう叫ぶ。
「は!? なんでそんな魔法!?」
「いいから! 同時にするんだ! せーの!」
意図が分からないまま、俺は彼女の言う通りに魔法を放つ。冷気が周囲全体を覆い、口からは白い息が出始める。それと同時に、先ほどまで猛威を振るっていた嵐は瞬く間に消え去ってしまった。
俺はすぐさまルイーズをはじめとした魔法戦闘のできない人々を集めて俺たちの後ろに下がらせる。冒険者のローゼンだけは俺とシャーリーの隣に並んでもらったが。
「おいシャーリー、なんで嵐がぱっと消えたんだ?」
「君も知ってるだろ? 嵐の原因は空気の温度差による上昇気流だ。魔法の嵐もその原理は変わらない。だからその場所全体の温度を一定に下げることで上昇気流は消え去り、嵐は止まる! 加えて……」
「ああ、もういい! お前がすごいってことはよーくわかった!」
そう言い合いをしていると、俺たちの前に宙に浮くウィーン婦人が姿を現す。
「計画は失敗に終わったけど、まだ立て直せる。あなたたちを殺して、また誰かに罪を着せればいいのよ」
無茶苦茶だ。これだけの騒ぎを起こしてそんな言い訳が通るわけがない。だが、もはや彼女にとってそんなことは眼中にないのだろう。表情を見ればわかる。焦燥、絶望、恐怖、様々な感情が彼女の顔から見て取れた。
「ローゼン君、君はフィニッシャーだ。僕とワトソン君で隙を作るから、君が攻撃して彼女を止めてくれ」
「ちっ、お前に指図されるのはムカつくが俺も冒険者の端くれ。緊急事態だし従ってやるよ!」
ローゼンはそう言うと少し後ろに下がって身体強化魔法の詠唱を始めた。対してシャーリーは手に金属製の鎖を生成する。
なるほどね。
「まさかこれ程魔術に長けているとは思わなんだ。得意属性はやはり風だろう。僕の出力じゃ彼女に有効打は与えられない。君はまだ魔力のコントロールがおぼつかないから危険だ。だからローゼンに任せた。
君はできるだけ危険のない魔法で彼女を攪乱してくれ。僕はローゼンが攻撃を当てられるよう彼女を拘束する。いいね!?」
「了解」
とは言ったものの、攪乱とはまた難しいこと言いやがる。攪乱と言えばやっぱ煙玉か?
安直な考えから俺は魔法で周囲に霧を発生させる。だが、そのせいでこっちからも彼女の姿が見えなくなってしまった。
「バカか!? かく乱のためにこっちまで見えなくなってどうすんだよ!? お前素人だな!」
ローゼンの言葉が痛い。シャーリーの方も霧の向こうでため息を吐いていることだろう。だがしょうがないだろ! 攪乱なんて経験ないんだから!
しかし、俺が発生させた霧は婦人の風魔法によっていとも簡単にかき消される。
「子供だましね、お返しにいいものあげるわ!」
婦人がそう言って点に手をかざすと、その掌の上でまるでかまいたちのような風の刃がぐるぐると回る。そしてその刃は婦人が手を振り下ろすとともに俺たちめがけて一直線に向かってきた。
「くそっ!」
俺とローゼンは間一髪でその攻撃を避ける。俺たちが避けた風刃は地面をえぐり、土をまき散らした。
おっかねえ、こんなの当ったらひとたまりもないな。
シャーリーの方はというと、土の防壁を作り出してその刃を防いでいた。
そっちが風ならこっちは雷だ。俺は電気の玉を周囲に発生させ婦人の周りへと配置する。
「サンダーボム!」
その掛け声とともに電気玉を一斉に婦人に仕向けるが、彼女はいともたやすく宙を舞ってその攻撃を避ける。
「ははっ、お粗末ね! そんな攻撃、百回やったって当らないわよ!」
「いいや、当てるのが目的じゃない。あなたをその場所へ誘導ためさ!」
俺の言葉に婦人は驚いた様子だった。だが気付いた時にはもう遅い。彼女は入ってしまったのだ。シャーリーの張り巡らされた巣の中に。
「ジェイルロック」
彼女の手から伸びる鎖が、婦人の両手と両足を絡めとる。
「くっ、これは!?」
「磁力を応用した拘束魔法さ。ターゲットを拘束するために一定の位置まで誘導しなければいけないのが面倒だが、当たれば確実に拘束できる」
シャーリーの説明もつかの間、彼女はすぐに魔法を行使して彼女の鎖を断ち切った。
「ふん、無駄な努力だったわ……」
「いいや、僕もただの時間稼ぎさ」
瞬間、背後に回ったローゼンが婦人の首筋に強烈な一撃を加える。それにより彼女は気を失い宙から真っ逆さまに落下し始めた。
俺は筋力強化を施し、一足で婦人の真下へと向かう。そして間一髪、彼女をキャッチして何とか事なきを得た。
「彼女の出力なら僕の鎖など造作もなく破壊できるだろう。だが強い魔法を使えばそれだけ隙が生まれるのは道理。そのうちにローゼン君に彼女を無力化してもらう、というわけさ」
「おい、そんだけ魔法が使えるなら俺がトドメを刺す必要なかったろ」
ローゼンが彼女に近づいてそう言うと、シャーリーは婦人の頭を持って俺たちに彼女の首裏を見せた。そこにはインクで描かれた小さな魔法陣が1つ。
「こりゃあ……」
「シンプルな防御魔法さ。だが効果はそこそこある。僕の筋力と強化魔法じゃ、彼女を気絶させられるほどの攻撃は出来なかった」
「そこまでお見通しってわけか。さすが名探偵様だ」
「そんなこと言ってないで彼女を拘束するのを手伝うんだ」
ローゼンは彼女の命令に渋々と言った感じで応じる。片やそう命じたシャーリーはルイーズに地元の警察を呼ぶように伝えた。
「ロゼリア、一体どうしてこんなことを……」
拘束される婦人を見てウィーン卿がそう呟いた。
「あなたのためよ」
「!? てめえ!」
「大丈夫、もう観念したわ。これ以上チャールズに迷惑はかけたくないしね」
哀しげな表情でそう言う婦人。
「私はこんなことは望んでいない。確かにモルゲンセンは私にとって目の上のたん瘤だった。だが、それを乗り越えてこそ、偉大に慣れるというものだ」
「……、変わらないのね、チャールズ。はあ、他人の言ったことに身を任せるなんて、やっぱりよくないわね」
他人の言ったこと?
俺は彼女の言葉に違和感を覚えた。そしてどうやらシャーリーも同じだったようで婦人に対して発言の意図を問う。
「なんでもないわ。ただこの計画を実行するかどうか決めあぐねていた時に教会に行って、神父様に助言をもらったのよ。もちろん殺しなんて話はしなかったけど」
なんだ、そういうことか。誰かにそそのかされてやったのかと勘違いした。
そう思う俺とは対照的に、シャーリーは夫人の言葉に深く考え込む様子を見せた。
「ホームズさん、到着しました!」
しかしその考えはルイーズの言葉でかき消されることになった。警察が到着し、夫人が正式に逮捕されたのだ。
こうして、俺たちの慰安旅行で起きた凄惨な事件は幕を閉じた。




