マルクス・ヴォンメルの証言
ヴォンメル氏は俺たちを近くの休憩用のスペースへと案内した。シャーリーはレースを見なくても大丈夫なのか、と彼を案ずるようなそぶりを見せたが、彼は「1つのレースよりも私の知人が殺されたことの方が重要だ」と言ってシャーリーの心配を退けた。
椅子に腰かけ、机を挟んでヴォンメル氏と対面するとシャーリーは早速、事件の概要について話し始める。俺たちがたまたまこの街のホテルへ来ていたこと、そのホテルで今日の朝に起きた殺人事件、事情聴取と現場検証、冒険者ギルドへの訪問。そしてこのレース場へ来たこと。
シャーリーの話を聞いたヴォンメル氏はひどく狼狽した様子で頭を抱えた。
「まさか、モルゲンセン卿が殺されるとは……」
「失礼ですが、モルゲンセン卿とはどういった関係で?」
「ええ、彼とはオーナーとトレーナーという関係でしたが、友人のように接していただきました。とても気さくな方で、言い方はよくないかもしれませんが他のオーナー様のような威厳はあまり感じない人でした」
シャーリーはその言葉を聞いて「なるほど」と小さくつぶやいた。続いて彼女はウィーン卿、およびマッキャロンとモルゲンセン卿との関係について質問した。
「そうですね。私はウィーン卿の所有するモンスターも管理しているので彼らの交流はよく目にしますが、いわゆるライバルと言いますか、いつもレースでどちらが勝つか競い合っていました」
「そのライバル関係はかなり激しいものでしたか?」
「はい。ああ、でもあまり仲が悪いようには見えませんでした。少なくともモルゲンセン卿の方はウィーン卿に肩を組んだり、笑顔で話すことも多かったですし。ウィーン卿の方は普段からあまり感情を表に出さない方なので、分かりませんが」
顎に手を当てて何か考え事をするシャーリー。ヴォンメル氏は彼女を見て特に質問がないことを確認すると、今度はマッキャロンとの関係についての話を始めた。
「ジョアンとは、正直言ってあまりいい関係には見えませんでしたね。私の厩舎に所属しているので、モルゲンセン卿の所有する魔獣にもよく乗ってはいましたが、馬が合わずよく口論をしていました」
おかしい。ヴォンメル氏の話を聞いて俺はすぐにそう思った。というのも、マッキャロンの話では彼とモルゲンセン卿の関係は良好ということだったはず。
ヴォンメル氏がわざわざ嘘を吐くメリットがないことを考えれば、マッキャロンが虚偽の証言をしたという事になる。なぜそんなことをするのか。やましいことがあるからに違いない。
俺がそんなことを考えていると、ヴォンメル氏は慌てて声を上げた。
「ああ、でもあいつに人を殺す度胸なんてありません! 小心者で、だからモルゲンセン卿とは馬が合わなかったのですから」
恐らくヴォンメル氏はマッキャロンと親しいのだろう。彼の言葉からは決してマッキャロンが犯人ではないと信じる心が伝わってくる。だが、マッキャロンが嘘を吐いたのは事実だ。それは決して覆らない。
メモを取りながら、俺はマッキャロンへの嫌疑の思いを強める。
方やシャーリーは特に怪しむ様子もなく、あまつさえ余談として次のように質問した。
「これはあんまり関係ないのですが、関係者3人の私生活について少々興味がありまして、お聞かせ願えますか?」
「私生活、ですか?」
「ええ、趣味だったり、付き合いでどこかに行ったりとか」
シャーリーの質問にヴォンメル氏は困惑した様子だった。かくいう俺も彼女がなぜそんな質問をするのか、その意図を図りかねている。
「そうですね。ジョアンは仕事一辺倒で趣味という趣味はないですね。付き合いも酒場で酒を飲むくらいしかありません。
ウィーン卿もあまり遊興にふける方ではないので趣味といってすぐ出てくるようなものは思いつきませんね。まあ、強いて言えば武芸の鍛錬は彼の趣味といえるかもしれません。婦人と私ををよく稽古に付き合わせたものです。
モルゲンセン卿は大変遊び好きで、いろいろなところに連れまわされましたね。カジノや歓楽街のような、どちらかといえば夜の街が多かったです。私には少々刺激が強すぎましたがね」
迷いつつもヴォンメル氏は彼女の質問にそう答えた。対して、シャーリーは「なるほど」とだけ言って特に深掘りする様子もない。
そして彼女はその後、最後の質問として次のように問いかけた。
「昨日の昼過ぎですかね。レース場から一頭のワイバーンが逃走しませんでしたか?」
「え、ええ。よくご存じで。というのも実は私が管理していたワイバーンでして、レースに勝った後の記念撮影の時に突然暴れだして飛び去ってしまったのです。幸い、街のすぐ外に倒れているところを発見されたのですが……」
ヴォンメル氏の解答に俺は眉をひそめる。
ん? ワイバーン? 街のすぐ外……って、
「それ、シャーリーが倒したワイバーンじゃ!?」
俺の大声にヴォンメル氏も同様に驚きの声を上げる。対してシャーリーは今更気づいたのか、と言いたげな表情をしていた。
「ま、まさかホームズさんが捕まえてくださったとは。どうやらご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、僕にとっては些事にすぎません」
「そうですか? それならよかったのですが」
「それよりも気になるのは、そのワイバーンに乗っていた騎手とそのオーナーですよ」
「騎手とオーナーですか。それは……」
シャーリーの問いかけに対し、ヴォンメル氏は言いよどむ。そんな彼に対し、シャーリーは指をぴんと立ててこう推理した。
「マッキャロンとウィーン卿、でしょう?」
「……あなたに隠し事はできませんな。ええ、その通りです。ジョアンはワイバーンにまたがっていて、ワイバーンが暴れだすと振り落とされてしまいました。あいつはその後そのワイバーンを追って走って行ってしまい。ウィーン卿は私と共にこの控室へと避難しました」
悲し気な笑顔を浮かべつつ、ヴォンメル氏はそう言った。彼の表情は自分の知人が容疑者として疑われているいたたまれなさからくるものだろう。だが、シャーリーにとってそんなことは眼中にない。彼女にとって最も大事なのは真相を明らかにすることだ。
「その時ワイバーンに触れた人間は?」
「え? いや、関係者は大体触っていましたよ。マッキャロンは首を撫でまわしていたし、ウィーン卿を頭を撫でていました。婦人も少し怖がりながら首を撫でていましたよ」
「その後、ウィーン卿が怪しい行動をとったりはしませんでしたか?」
「い、いえ! 騒ぎが収まるまでの十数分程度一緒にいましたが、特に怪しい行動はしていませんでした! 少なくとも、彼がジョアンが持っていたという短剣を盗むようなそぶりは決してありません!」
どうやらヴォンメル氏はシャーリーの質問がウィーン卿を疑ってのものだと思っているようだ。まるで弁明するかのように彼はそう答えた。
だが、彼の予想とは違いシャーリーの質問の意図はウィーン卿への嫌疑ではなかったらしい。「それは分かっています」といって彼女はそっけなく言うのだった。
「騒ぎの後はどうなりましたか?」
「え? ああ、魔獣が逃げ出したという事でその後のレースはいったん中止。ワイバーンを探すためにレース場の警備員なども駆り出されたようであわただしい様子でしたよ。私とウィーン卿もレースが無くなってはここにいる意味はなかったのでしかる仕事をした後でレース場を後にしました」
ヴォンメル氏の解答に満足したのか、シャーリーはにこりと笑って、彼に手を差し伸べる。
「ご協力ありがとうございます」
その言葉にヴォンメル氏は少し困惑しながらその手を取った。
◇◇◇
「あれで終わりでよかったのか?」
「ああ、問題ない。犯人はもうわかってる」
「じゃあ、戻るか!」
「いや、まだあと一カ所行きたい場所がある。ワトソン君は先に戻って、自分なりに誰が犯人なのか考えてみたまえ。1時間以内には戻る」
シャーリーはそう言うとどこかへと走り去ってしまった。
「あ、おい! ったく勝手な奴だな。推理しろって無茶言うなよ」
シャーリーの無茶ぶりに頭を抱えつつ、俺はホテルへと歩いて行った。




