聞き込み調査
しばらくして警備員が電球をいくつか抱えた男と戻ってくると、彼らは天井に取り付けてあった電球とそれを取り換える。
取り換えられた電球はすぐさまその光を取り戻し、瞬く間に館内は普段の姿へと戻った。
遅い。まだ来ないのか? もしかしてやっぱり見捨てられた?
そんなことを考えていると、2人に戻った警備員の後ろにシャーリーが現れる。
「あ、ワトソン君! 何をやってるんだい! 早くきなよ!」
俺に向かって手を振るシャーリー。まだ俺をどう通らせるかはわからないものの、俺はシャーリーに従うように彼女の元へと向かった。
「ちょっと、だから確認証がないと入れないと!」
先ほど止めてきた警備員がまたも俺の行手を阻む。まあ、当たり前ではあるが。
「なに? もしかしてまた確認証を忘れたのかい!? 全く君ってやつはそれでもモルゲンセン卿の使用人か?」
シャーリーの言葉に警備員2人は驚愕の顔で彼女の方を振り向いた。もちろん、俺もその1人である。
「モルゲンセン!? それって、かのペンシル・モルゲンセン卿」
「その通り。見えないだろう? 親が彼と親しくてコネで雇ってもらったみたいなものなんだ」
「なるほど、そうでしたか。いや、ですが流石に許可証がないのではお通しするわけには……」
警備員がそう言うとシャーリーは彼に対してこっそりと何かを手渡し、こう囁いた。
「今日はモルゲンセン卿の代理で彼が入る予定なんだ。卿も彼がレースを観ないことには判断しかねる部分があってね。丁度こう言う時のためにこれを預かっておいたんだ。受け取ってくれ」
シャーリーから何かを受け取った警備員は辺りを見回してもう1人の警備員にもそれを渡す。そして2人は無言で頷き合って道を開けた。
「再入場の際には必ずここを通るようにお願いします」
そう言う警備員を横目に、俺はすでに歩き出しているシャーリーの後を追った。
「おい、お前いったい何渡したんだ?」
小声で呟く俺に対しシャーリーは堂々とポケットから出した小さなコインを俺に投げ渡してきた。
手のひらに収まったコインには精巧な図柄が彫り込まれており、光沢からしてメッキではなく本物の金でできていることが窺える。
「おい、これどこで……」
驚きつつシャーリーの方を見ると彼女はひょうひょうとした感じで「モルゲンセンのポケット」と言った。
「お前なあ、普通に犯罪だし、賄賂なんて作戦で俺を入れようとしたのか? リスク高すぎるだろ」
「確かにリスクはあるが、それは君が入れないリスクで僕が追い出されるリスクじゃない」
「どういうことだ?」
彼女の発言の意図を図りかねた俺はそう問いかける。
「まずあの入り口を少し観ていたけど入場には確認をしていたが退場には確認がなかった。つまり一度入れさえすれば疑われる可能性は低い。特に僕はモルゲンセンについて知っている。彼の話をすれば勝手に向こうが関係者だと勘違いしてくれる」
少し間をおいてシャーリーは話を続けた。
「加えて残っていたあの警備員、仕草を観察していたがあくびをしたり伸びをしたり、どう見ても仕事を真面目にこなすタイプじゃなかった。電気が消えた時にもう一方に連絡を任せたのも面倒だったからだ。だから彼に賄賂を持ちかけ、もう片方の警備員も説得させれば君を通すことも十分可能というわけだ」
「ああ、分かった。お前の中で十分に勝算があったってことだな。じゃあ何も言わん」
半ば投げやりに俺はそう返す。するとシャーリーは立ち止まって手をパンと叩いた。
「それじゃあ、聞き込み調査開始といこうか!」
「了解」
とは言ったものの、この関係者以外立ち入り禁止のスペース、どうやらレースの出走する魔獣が列をなして移動している。どうやらここはパドックからコースへ移動する通路らしい。
ジョッキーにオーナーや誘導員、メモを手にした記者らしき人々、様々な人間が入り乱れている。この中から有力な情報を聞き出せる奴を探すとなると相当骨が折れるだろう。
「なあ、この中からどうやって有力な情報を見つけるつもりだ?」
「安心したまえ、もう目星はついてる」
「そうなのか? じゃあ一体誰を……」
「調教師」
◇◇◇
「すいません、少々お話を伺いたい」
シャーリーが声をかけたのは背高の男。スーツに身を包み、シルクハットをかぶり、白い手袋をしたその男はもう1人、恰幅のいい男と談笑をしていたが、シャーリーの問いかけでこちらに顔を向けた。
「ん? キミは一体?」
「私はシャーロック・ホームズ。ロンドンの探偵なのですが、実は今日、近くのホテルで殺人事件がおきましてね。事件の被害者の関係者を探しているのです」
彼女の説明に興味津々といった様子で、男は被害者が誰なのかという事を聞いてきた。
その問いかけに対し、シャーリーが小さな声でモルゲンセン卿の名前を出すと男の顔は一変、極めて深刻なものへと変わる。彼は談笑をしていたもう1人の男にどこかへ行くように言うとシャーリーと同様に小さな声でこう言った。
「一体、誰に殺されたというのだ?」
「それを知るために、協力してほしいのですよ」
男はシャーリーの申し出を聞いて険しい表情をした。手で口を覆い、足踏みをして、この奇々怪々たる探偵を信じるか否か見定めているのだ。
まあ、当然だよな。いきなり話しかけてきて、探偵であるなどというやつをそのまま信じるバカはいない。
名刺でも渡せればいいが、シャーリーは名刺など持っていない。「そんなもので証明できる身分などあるものか」と言って名刺を作るのを頑なに拒否していたのだから。
だが、確かにシャーリーには名刺なんかよりも自分が探偵であるという事を確実に証明できる武器がある。
「怪しむのは当然だ。ので僕が探偵であると証明して見せましょう」
「照明? 一体どのように?」
「あなたのことを推理してね」
「推理とはどういう……」
困惑する男に対して、シャーリーはただ一言「トレーナー、でしょ?」と自信ありげにそう言った。彼女の言葉に驚きを隠せないように目を見開いた男は、続くシャーリーの推理に聞き入る。
「それは一目見てすぐ分かったのですよ、あなたの恰好からしてレースに乗るジョッキーや騎手、レース場の係員でないことは容易に推測できる。ここで最も選択肢に浮かびやすいのは魔獣のオーナーだ。整った服装は一見、金持ちの貴族のように見える。
だが実際はそうではない。もし金持ち貴族ならば自身の富を主張するために装飾品を凝るもの。金や宝石を施した指輪や時計に、ハットやスーツにもさりげない装飾を施したがる。だがあなたは違う。あなたは実に実用的な銀色の時計を身に着け、装飾品は見当たらない。先ほど話していた紳士とは大違いだ。彼はきっとオーナーなのだろう。
そしてあなたがトレーナーだと持った最大の理由がその目線。あなたは紳士と話している最中もしきりにレースコースへ向かう魔獣たちを眺めていた。だがその視線は好奇心からくるものではない。極めて冷静に分析するようなまなざしだった。敵情視察、自分の管理する魔獣が出走するレースの相手の調子や出来を観察していたのでしょう?」
男は彼女の言葉を聞き終わると静かに手を叩いた。
「全く持ってその通りだ。信じられない、すごい観察眼を持っておられる」
「恐悦至極」
少し笑いながらそう言うシャーリーに男は姿勢を正して口を開いた。
「マルクス・ヴォンメル。飛竜競争のトレーナーをしている。貴君を信の置ける探偵と信じ、調査に協力しよう」




