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医大生として怠惰な生活を送っていた俺は、転生した異世界で魔法を駆使する名探偵と共に謎を解き明かす  作者: 河村 大風


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アスコットレース場

 今、俺はシャーリーに連れられアスコットの街を観光しています。


 わかってる、何をやっているんだと思っていることだろう。その気持ちはよーくわかる。だって俺もそう思ってるから。


「おい! ちょっと待てって! どこにいくかだけでも教えろよ!」


「何言ってるんだい? もう着いたよ」


 シャーロックを追いかけるあまり気が付いていなかった。俺たちの目の前に建つ大きな建物の存在に。


「これ、レース場か?」


「そう、アスコットレース場。ここで聞き込み調査をする」


 その言葉を聞いてシャーロックの意図がようやくわかった。確かに被害者のモルゲンセン卿、そして容疑者のウィーン卿は魔獣のオーナー、そしてマッキャロンはジョッキー。


 事件の関係者のうち3人がレース場に関連している。彼らについて聞くならここ以上に相応しい場所はないだろう。


「別に教えてくれたっていいだろ」


「これぐらいすぐ分かれという事さ。というわけで入るよ」


 シャーロックはレース場の正門から中へと入ろうとする。だが門の横に立っていたいかつい警備員が彼女の進入を阻んだ。


「ちょっとお嬢ちゃん、ここは子供は親と一緒じゃないと入れないんだよ」


 警備員の言葉に俺は思わず吹き出した。そんな俺をシャーリーはぎろりと睨む。


 やべ、後で絶対ぐちぐち言われるな……。


 そんなことを考えている間にシャーリーは警備員の方に向き直り冷静にこう返した。


「失礼だな、僕は大人だよ。酒だって飲める」


  彼女の言葉に、意外にも警備員はすんなりと自分の非を認めた。だが今度は入場料をちゃんと持っているのか、と突っかかってくる。


「ああ、連れの彼が持っているよ」


 こいつ、また俺に払わせる気か。


 俺の方を指さしながら言うシャーリーにそんなことを思う。


 彼女の返答に納得した警備員は今度は不敵な笑みを浮かべてシャーリーを見下ろす。


「それは結構、じゃあその服はどうするつもりだ?」


 なるほど、彼が得意げだった訳はこれか。


 確かにこのレース場は貴族や王族等も利用するかなり格式の高い場所だ。もしかしてとは思っていたが、やはりドレスコードが必要だったか。


 これはまずい。極めて。俺は少々ラフではあるもののスーツと言える服を着ているから問題はないだろう。


 まずいのはシャーリーだ。彼女の格好は本物のシャーロック・ホームズ宜しくインバネスコートに鹿撃ち帽。スーツというか、完全に作業着である。


 しばしの静寂が流れる。そしてその静けさの中でシャーリーは深く息をついた。


 まずい、始(・)ま(・)る(・)。


「まず始めにドレスコードについてだが、これはその場の人々の気分を害さず、そしてその場の雰囲気を崩さないことが目的だ。つまり重要なのはスーツやドレスを着ることではなく、身だしなみの整った格好をすることだ。そこで質問だが、僕の服装は整っていないか? 確かに、半袖とか短いズボンなんかは肌の露出も多く、それが気に入らないと言う人間もいるだろう。だがどうだ? 僕の服は人を不快にさせるか? 女がドレスを着ないと人は気分が悪くなるのか? 第一、僕にとってはこれが正装だ! 君のような見ず知らずの他人にとやかく言われる筋合いはない!」


 指を突き立てながら警備員に迫るシャーリー。彼女はなおも話を続けようとする。


「というか、君が最初に僕が子供だという発言だけどね。人の応対をする人間としてどうかしてるんじゃないのか? 僕がこんなこと言うのもなんだか、人を見た目で判断するなとはよく言うことだろう。それなのに君は僕のことを小さいからとそれだけの理由で子供だとみなし、あまつさえ……」


「わ、分かりました! もう十分です! 私が悪かった、全面的にお詫び申し上げます! 大変失礼いたしました!!」


 シャーリーが言葉を言い切る前に警備員は涙目で頭を下げた。その姿を見て溜飲を下ろしたのか、シャーリーも襟を正して「わかればいい」と吐き捨てる。


「それじゃあ入場料もタダでいいね?」


 こいつまじか。あんだけ言った挙句にタダで中に入ろうとするとは。


 警備員も流石にそれは看過できないと、頭を上げて小声でこう言った。


「いやあ、流石にそれは……」


「なんだい? こっちは君の言葉で心に深ーい傷を負ったんだよ。それなのに君は謝るだけか? なんの誠意も見せずに僕たちを……」


「分かりました! タダでいいです! どうぞお通りください!」


「それで良いんだよ」


 そう言い残したシャーリーは我が物顔で正門を潜り抜ける。俺も彼女の後についていくが、門を通る時、地面に涙をこぼしていた警備員の肩を叩き「ほんとすいません」とだけ言い残す。


 これぐらいしてやらないと流石に可哀想すぎて、俺の方も涙が出てくる。


「お前、容赦なさすぎるだろ」


 るんるん気分でスキップをしているシャーリーに俺はそんな言葉を投げかけた。


「何言ってるんだ、感謝してほしいね。僕のおかげでタダで入れたんだから。全く思った以上にうまくいったよ」


「もしかして、最初からそれが狙いで?」


「もちろん。別にこの服にプライドなんてないし」


「もう、なんか、すごいですね」


 もうそんな言葉しか出なかった。だが、彼女が子供に見られて笑ったことも、全てタダでここに入るためだと言うなら咎められることは……。


「あ、でも君が子供扱いされた僕を笑ったことについては少々話を聞きたいね」


 あ、俺も殺されるな、口で。


◇◇◇


 場内を散策している十数分の間、俺はシャーリーから口撃を受け続けていた。俺のメンタルはズタボロだが、別に何もしていなかった訳じゃない。ちゃんとレース場内を観察していたのだ。


 どうやら異世界のレース場は現実世界のものとかなり近いらしい。俺も数度、競馬場に行ったぐらいだが、構造はかなり似ている、と思う。


 パドックがあり、観客席があり、コースがある。もちろん各部分に違いはある。例えばコースなんかは芝やダート以外にも飛行競争用のシンプルな砂利の地面、それに水中の生物用であろうプールのようになっているコースもあった。


 観客たちはレースごとに拍手や歓声を上げ、勝者を、そして素晴らしいレースを讃えている。


 観客席のスタンド内に入ったシャーリーは辺りを見回して何かを探している様子だった。


「いったい何を探してるんだ?」


「関係者専用スペース」


「なんでまた?」


「モルゲンセン卿もウィーン卿もマッキャロンも全員レースを観にくる観客じゃない。むしろレースに参加する方だ。そんな人たちの詳しい話をそこら辺の客が知ってると思うかい?」


「確かに、それもそうか」


「あ、あったあった」


 シャーリーの視線の先には関係者以外立ち入り禁止の文字があった。通路の両脇には制圧用の槍を持った警備員が2人、直立している。


「ってこれじゃあ入れねえじゃん。どうすんだ?」


 先ほどはシャーリーのおかげで入場することはできたが、今回はレース場への入場とは訳が違う。


 オーナーとは、魔獣を所有できるほどの資金力のある証。必然的に、貴族や要人などがほとんどだろう。そんな奴らしか入れない場所の警備が簡単に抜けられる訳はない。


 しかし、シャーリーもそんなことは理解している。彼女は俺の問いかけに対しニヤリと笑い、人差し指を立てた。


 ピリリとその指先から火花が散る。


「こう言う時の魔法さ」


「了解。で、俺は何をすればいい?」


「そうだな、まず僕が電気魔法をちょちょっといじってここら辺の魔法照明をショートさせる。見たところここらには巡回の警備員はいないから、異常を知らせるためにあそこの二人のうちどちらかが報告に向かうだろう」


「なるほど、それで?」


「君は堂々と左側から通ろうとしてくれ。その間に僕が音魔法で音を消して通る」


「おい、俺は捨て駒かよ」


「それは大丈夫、信じてくれ」


 やけに真剣に言うシャーリーに俺は面食らった。その顔に俺は「分かった」と小さくつぶやく。すると彼女は、その後すぐに先ほどの作戦を実行に移した。


 まず流電(フロウボルト)により天井にある魔法照明を狙撃。照明に当たった雷は連鎖的に隣合う2、3の照明にも波及し、それらをショートさせた。


 シャーリーが雷魔法を使ったのは照明を同時に消すためだろう。


 照明が消えるとシャーリーの予想通り、警備員の1人が異常を知らせにどこかへと走っていく。それを見た俺はすぐさま残った警備員の方へ一直線に歩き出した。


「ちょっと、ここは関係者以外立ち入り禁止です」


「え? いいじゃないですか少しぐらい。覗くだけですよ!」


 無理やり通ろうとする俺に対し、警備員は持っていた長棒を突き出す。


「おい、それ以上近寄るなら容赦はしないぞ!」


 警備員が俺に対する意識を強めた瞬間、無音(サイレンス)により自ら発生する音を完全に遮断したシャーリーが横をするりと通り抜けた。


 それを確認した俺は警備員を宥めつつゆっくりと後退りする。


 さあ、ここからどうしてくれるんだ?

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