血と短剣
シャーリーは言葉通り部屋に戻る前に別館の庭を極めて慎重に調査した。庭は正門から各部屋に石畳が敷いてあり、それ以外は芝生が生い茂っている。
先ほど芝生の中から足跡を見つけたことからも、彼女は他に手掛かりとなる足跡がないかを調べているのだろうという事が察せられる。
「だけど、まあ石畳の道があるんだからそこを通るよなあ」
ため息交じりにシャーリーはそう言った。確かに、彼女の言うとおりである。わざわざ舗装された道があるのだからわざわざそれ以外の場所を通る意味はない。
彼女のつぶやきの通り、他のほとんどの場所では足跡及び何かの跡を見つけることはかなわなかった。ただ一カ所、冒険者のローゼンの部屋の周りは幾分か足跡が残っていた。
だが、シャーリーはその足跡にあまり関心がないようだった。理由を尋ねるとローゼンは気の早い性格だからだと言った。気が早く、粗暴であるために玄関ではなく部屋の窓から出入りを行っていたのだろう、と。
ローゼンの足跡よりも彼女が注視したのは石畳だった。
「おい、石畳なんて見たって足跡があるわけないだろ?」
「バカを言え、足跡がなくても痕跡は残る」
「痕跡?」
「靴についていた土や泥、大きな荷物を運べば石畳に綻びが生じることもある。僕がさっきため息を吐いたのはそれを探すのは芝の足跡を見つけるよりも大変だからだ。雨でも降っていてくれればかなり見つけやすいんだがね」
「警察犬か、お前は」
「ふん、誉め言葉だね」
冗談っぽくそう言ったシャーリーだが、突如として彼女の動きがぴたりと止まる。石畳の上に何かを見つけたようだ。
「ワトソン君、これは何に見える?」
彼女の視線の先を見ると、そこには微かに赤く輝く液体が存在していた。
「血、だろ」
「ふむ、まあそうだよね。大事なのはこれが誰の血かという事」
俺は一瞬理解できなかった。そんなものモルゲンセンのものに決まっているじゃないか。
だが、すぐにそれが矛盾していることに気付く。モルゲンセンが殺されたのは部屋の中、こんなところに血があるのは不可解なのである。
「そうか、だから誰の血……」
「ワトソン君も気づいたようだね」
犯人がモルゲンセンともみ合って怪我をしたか、モルゲンセンが殺されたのが実はここで、偽装のために部屋まで運び込まれたのか。
元の世界ならば血液検査でもできただろうが、この魔法世界ではそこまでの科学技術はなく、また血液が誰のものか特定するといった魔法も存在しない。
シャーリーもそんなことを考えていたようで、「考えてもわからないからね」と言って立ち上がった。
「よし、とりあえず006号室に戻るとしよう」
「え? 他の部屋はいいのかよ?」
「問題ない。これだけ手の込んだことをする犯人だ。自分の部屋に証拠を残すようなことは決してしないだろう」
俺の問いかけに対しシャーリーは自信ありげにそう言った。
俺もそう言うのなら、と彼女の後を追って容疑者たちが待つ俺たちの部屋へと戻る。
◇◇◇
006号室に戻った俺とシャーリーは容疑者を集めた。恐らく既に彼女は犯人を特定しているのだろう。きっと出るはずだ、推理モノお決まりの「犯人はあなただ!」と指さす展開が。
「皆さんにお集まりいただいたのはこの短剣についての情報を募りたいからです」
俺の期待とは裏腹に彼女は極めて冷静にそう言った。
あれ? こういう時って犯人が分かったからですって言うんじゃないの?
俺の疑問と同時に容疑者の内、2人が「あっ!」と驚いた声を上げる。その声は冒険者ローゼンとアスコット官僚ウィーン卿のものだった。
「それ、俺がモルゲンセンの野郎から受け取るはずだった儀礼剣じゃねえか!」
ローゼンの言葉にすかさずシャーリーが反応し、儀式剣について彼に質問した。
ローゼン曰く、この剣は100年ほど前に存在していた古の王国において王座の継承の際に使用された儀式用の剣だという。本来は二対の双剣で、どうしてモルゲンセンがその片方を持っているのかは不明。だが、これでこの短剣が凶器であること以前にモルゲンセンと深い関わりがあることが分かった。
シャーリーはその話を聞いて、少しの間黙り込む。だが、すぐに顔を上げて今度は声を上げたもう一人の人物、チャールズ・ウィーン卿にこんな質問を投げかけた。
「ウィーン卿、あなたはなぜこの短剣を見て驚いた?」
シャーリーの質問に彼は口ごもる。その姿はどこか申し訳なさそうな様子に見えた。
ウィーン卿が返答に困っていると、ロンドンの大商人ライゼンが口を開いた。
「その剣はモルゲンセンが彼に贈呈したものだ」
ライゼンが指さしたのはレースジョッキー、ジョアン・マッキャロンだった。ライゼンの言葉にシャーリーは「何?」と目を細める。彼女は続けて何か言おうとしたが、いきなり自分の名前が出たことに動揺したのか、マッキャロンが強引に割り込んで声を上げた。
「ち、違う! いや、違わないが、違う! 確かにモルゲンセン卿は、彼の飛竜にのってロンドンカップを勝った私にその短剣をくれたが、ちょうど昨日奪われたんだ!」
「そんな都合のいい話を信じろと?」
シャーリーはマッキャロンの弁明に対して冷たくそう言い放つ。その圧に対して、マッキャロンは気圧されるように後ずさりをした。
だが彼女はマッキャロンに対してそれ以上、問い詰めることはなかった。どころか、彼女はライゼンの方へと話題を戻した。
彼女はなぜ短剣がマッキャロンのものだと知っているのかと問いかける。するとライゼンは昨日の夜にモルゲンセンから直接聞いたと答えたのだ。
ライゼンの目的はある人物との商談。そのある人物こそモルゲンセンだったのだ。彼は先日、モルゲンセンから一方的に取引の打ち切りを宣言された。それに納得がいかず、モルゲンセンがこのアスコットへと向かったことを知り、彼もまたこの街へとたどり着いたのだ。
「昨夜、近くの酒屋で奴と話した。奴は大いに酔っぱらって話してくれたよ。一週間ほど前のロンドンカップで優勝したこと。そして、その時にそこの騎手に自分の持つ剣をくれてやったこと」
ライゼンの語気は次第に強くなっていく。
「そして、奴がロンドンを去り、このアスコットを新たな拠点として活動していくという事もな」
「ロンドンを去るだって?」
シャーリーがそう問い返すとライゼンは怒りの表情を浮かべながら話をつづけた。
「ああ、国王からの命令でアスコットに行け、と。今回はその下見だったようだ。だいぶ前から話をされていたというのに、奴はわしに何の連絡もなかった。侮っていたのだ、奴は、このわしを!」
ライゼンは拳を強く握りしめていた。その怒りの様相に俺は複雑な気持ちになるが、シャーリーは冷静に今の話を反芻している。
「了解。それじゃあ次はウェリントン卿だ。何故口ごもった。何か言いだしずらい訳でも?」
「それは、まあ、マッキャロン君には多くのレースを勝たせてもらって、世話になっているからね。突き出すようなマネをしたくなかっただけだ」
申し訳なさそうにそう言うウィーン卿を見て、彼の妻であるロゼリア婦人は飽きれるように口を開く。
「全くチャールズは優しすぎますわ。こんなもの彼がやったというのは明らかではありませんか。早くジョアンを捕まえて終わりにすればよろしい」
「そ、そんな! 待ってくださいロゼリア婦人! 私はやっていない!」
「見苦しいぞ、お前。そもそもこそこそと殺すなんて卑怯な真似をしやがって!」
ロゼリア婦人の一言を機に客たちが思い思いの言葉を口にしだす。それは次第に大きくなり、喧騒と言って差し支えないほどに皆が騒いでいる。
そんな中、シャーリーは静かにその光景を眺めていた。
何を考えているのだろうと思っていると、彼女は指をパチンと鳴らし、魔法によって部屋の中に一陣の風を吹かせることで彼らの注目を集めた。
「聞きたまえ! まだ犯人特定には至っていない! 勝手に誰が犯人だと予想するのは自由だが、僕が戻って来るまで余計なことはしないでいただこう」
彼女はそう言うとさらに魔法を行使する。部屋の周囲に光の魔法陣を描き出したかと思うと、その魔法陣から煌々たる光の柱が現れ、瞬く間に光の牢獄を作り出したのだ。
「聖牢《ホーリージェイル》。聖属性の拘束魔法だ」
「おい、てめえ! どういうことだこれはよ!」
「口を慎め、客観的に見て君は犯人たる要素を揃えている。動機、実行可能性、技術。君も容疑者のうちの一人だという事を忘れるな」
眉間にしわを寄せたシャーリーにローゼンはしり込みする。
「まあ安心したまえ、夕方までには戻ってくるさ。それにこの檻にはさして拘束力はない。本来はアンデッドモンスター用だ。脱走しても少しピリッと来る程度さ。あくまで監視の補助と考えてくれ」
そう言うと彼女は俺に「ついてきたまえ」と言って部屋を出て行った。取り残された俺は檻の外でぽかんとした顔をしているルイーズと顔を合わせる。
「すいません。戻ってくるまでよろしくお願いします」
「あ、はい。お気をつけて」
俺はそう言うルーイズにお辞儀をしてから、シャーリーを追って部屋を出た。




