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医大生として怠惰な生活を送っていた俺は、転生した異世界で魔法を駆使する名探偵と共に謎を解き明かす  作者: 河村 大風


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13/22

血塗られた部屋

 シャーリーは事件の起きた部屋、004号室に入るとすぐさま奥の方にあった扉を開けた。


「さて、と。まずは寝室から始めてみようか」


「リビングからじゃないのか?」


「僕はメインは最後に取っておく主義なんだ」


 不謹慎な奴だな。


 そんなことを考えながら俺は開けられた部屋の中を見渡した。


 どうやら別館の部屋はどの室番号においても構造は全く同じらしい。正面に玄関があり、そのままリビングの空間につながっている。


 中央の大部屋の左側に2つ、そして右側に1つ部屋がある。左手前の扉はプライベートスペース、左奥の扉は寝室、右奥の扉は浴室及びトイレにつながっている。


 まずはこの寝室だ。ドアを開けると目の前にはキングサイズのベッドがでかでかと配置されている。そして両脇には照明が設置。


 ドアのある壁には小さな棚があり、引き出しの中には種々のアメニティ、それに棚の上には癒し効果のありそうな観葉植物が数点飾られている。


 そしてドアを開け、向かって右手の壁には高そうな絵画が2つに、中央には窓が設置。ちなみに窓は締まっている。


「ふむふむ、ベッドはかなりぐしゃぐしゃだな。寝相が悪いか、雑な性格か、はたまたその両方か……」


「関係あるか、そんなの?」


「何を言う、被害者の性格理解も事件解決の重要な糸口だ」


 そんなことをつぶやきながらシャーリーは寝室をエーテルグラスを覗きながら見て回る。だが、やはり魔法の痕跡はない。まあ照明には光魔法が使われているためひときわ輝くエーテル粒子が確認できるが。


「カーペットも少しずれているな。ここでもみ合った可能性もなくはないけど、確率は2%ってところか」


 どうやらこの部屋にはめぼしい手がかりはないらしい。そう結論付けたシャーリーは次の部屋に向かう。


 口笛を吹きながら、シャーリーは別の扉に手をかけてゆっくりと開いた。


 その部屋はプライベートルーム。リビングのような開けた構造ではなく、まさにプライベートを意識した落ち着いたデザインだ。


 壁には本棚やクローゼットがあり、正面の壁には大きな窓とその直下に3人掛けのソファがある。


 その他にも一人用の椅子が2つ。荷物を置くための収納棚には被害者の荷物らしきボストンバッグが置かれている。


「これは何か出てくるかな……」


 シャーリーはそのカバンに目を付け、すぐさま中身を確認する。だが、出てくるものは日用品ばかり。これと言って手掛かりになるようなものは見つからない。


「ふぅ、これも外れか。それにしても、被害者は身なりからして恐らく貴族だろうに、随分と持ち物が簡素だな。これでは旅行というよりも物見遊山だ」


 確かにお貴族様にしては荷物も手に持てるようなカバン1つで大変身軽だ。だが観光ではないとしたら何が目的なんだ?


 そんなことを考えているうちにシャーリーは既にカバンのチャックを閉めようとしている。だがその瞬間シャーリーの手がぴたりと止まる。カバンの後ろに何やらキラリと光るものが見えるようだ。


「ん? これは……」


 見事な金の装飾が施された木製の楯。金の装飾の中央には“The London Cup Royal Bounty”、つまりはロンドンカップ恩賞の文字が刻まれていた。


「これは、レースの優勝楯か? 確かモルゲンセンは魔獣のオーナーだったよね?」


「ああ」


 俺がそう言うとシャーリーはなおもその楯をじっくりと眺める。


 しばらくして楯をおいたかと思うと、彼女はすぐさま立ち上がって部屋の扉を開けた。


 リビングを抜け、シャーリーが向かった先は玄関から右手奥に位置する部屋。浴室とトイレだ。


 風呂桶は魔法により贅を尽くしたラグジュアリー。泡風呂、ジェットやウェーブなどの機能を水魔法により実現している。


「全くもって魔法の無駄遣いだな」


 吐き捨てるようにそう言うシャーリーはどうやら寝室以上に見るものがないのか、最低限の確認だけをして浴室を出た。


「さあ、1番重要なのはここだ」


 リビングの中央の大広間には大きなテーブルとそれを囲む4つの椅子がど真ん中に配置されている。


 リビングの先にはキッチンがあり、奥の壁には調理器具や食器棚、氷魔法冷蔵庫などもはや一軒家かと見間違うほどの設備が配置されている。


 だが何より重要なのが、被害者の遺体。テーブルと窓に挟まれた位置に倒れこんでいる。


 シャーリーはゆっくりと遺体の横にかがみこみ、被害者の様子を確認した。


 彼女は傷口がよく見えるように光灯(ライト)で指先に光を灯し、じっくりと傷口を眺めた。


 傷のある喉元の下には血で赤く染まったネクタイがぶら下げられ、その端には被害者の名前ペンシル・モルゲンセンの名前が刻まれている。


「喉元を縦に一突き、か。傷口が極めて綺麗に裂けている。ルイーズ君のような一般人にはこんな芸当はできない。剣術に熟達するか、魔法を使わないと」


 シャーリーははすぐさまエーテルグラスを取り出してモルゲンセンの体を見る。


「やはり」


「何かあったのか?」


「うん、確かに喉元に魔法痕が残っている。だけどかなり微量で、筋力強化や武器強化の魔法とは決して言えない。しかも残存するエーテルの色から見て、これは自然系の魔法だ」


 自然系魔法とは木や植物に関わる魔法である。それらを自在に操ったり、生み出したり、自然の力による治癒魔法なんかも分類される。


 だがそうなると不可思議だ。一体その魔法を何に使ったと言うのか。


 顎に手を当ててシャーリーは天井を見つめていた。そしてもう一度、傷跡を見ると彼女の動きがぴたりと止まる。


「これ、見てみたまえ、ワトソン君」


「は? 傷跡が何だよ」


 俺の問いかけに対し、シャーリーはモルゲンセンの体を持ち上げて、彼のうなじのあたりを見せた。


「綺麗に貫通しているんだ。傷跡の大きさから小刀やナイフのような小さな刃物で刺されたと思っていたけど、傷跡の両端が鋭く裂け、中心に行くほどに傷の幅が広くなっている。この傷跡は剣士の使う両刃刀のような大きな剣や長槍の切り口だ」


 シャーリーは理路整然とそう話したが、俺は彼女の言葉に少し違和感を覚えた。


「うーん、でももしそうならなんでそんな大剣を使うんだ? 密かにターゲットを殺すのにそんな目立つ武器を使うメリットがないだろ」


「まあ、そうなんだよねえ」


「うーん、そういえばさ、投げやりとか弓みたいに飛び道具で殺された可能性はないのか?」


 ふと疑問に思ったことを彼女に投げかける。だが、彼女はすぐさま「その可能性は低い」ときっぱり口にした。


 そんな彼女の言葉にどうしてそう思うのかと問いかけると、「理由は2つ」と言ってその訳を話し始める。


「まず、傷跡だ。槍にしては傷跡が広すぎるし、矢にしては大きすぎる。そしてこの窓の外から飛び道具を使う場合、どうやったって部屋にその武器が残る。今それがないってことは回収したという事。わざわざ部屋の中に入り武器を回収するなら飛び道具を使う必要がない」


「魔法で回収した可能性は?」


「魔法を使うとなるとパッと思いつくのは風か、磁気か、重力かそこら辺だろう。だがその痕跡はここにはない。自然系の魔法痕が残っていたから、蔦なんかを生成して絡めとるって方法もなくはないが、それだけの魔法を使ったらあんな小さな魔法痕じゃ済まないさ」


「となると魔法もなしか」


 俺がそう呟くと、シャーリーは向き直ってモルゲンセンの遺体の左手の方を見やった。彼女が見ているのはおそらくモルゲンセンがが手に持っている鉄の棒である。7の字型に曲がったそれは紛れもなく目の前にある窓の施錠用のものだった。


「これは、なぜこんなものを持ちながら? 彼は窓を開けた直後に殺された? ということは犯人は窓のすぐ外に立っていたのか? なら……」


 シャーリーはすかさず大きな窓の外の下、芝生の茂る庭を見つめる。俺も彼女のように窓の外に身を乗り出した。するとそこには何者かの足跡が確かに残っているのだ。


 足跡は窓の外からぐるりと回り、この部屋の玄関の方へと向かっていた。


「革靴か、ヒールだったらわかりやすかったけど。しかも地面が硬いせいで足跡は判別できるが靴裏の模様までは判別できない」


 シャーリーはそう言ってもう一度室内に向き直る。窓枠をつかんでもたれかかり、先ほどの鉄棒の握られた手を見た。その手の少し横には血痕が飛び散っていて、それもまた不可思議であった。まるで手で水を切ったように血痕が散乱しているのである。


 シャーリーは窓枠についていた泥をサッと落とし、どこかへ向かって歩き出した。


「そう言えば調べていなかったな」


 そう呟いたシャーリーは火の揺らぐ暖炉を覗き込む。風呂場とは違い、炎魔法は使わず、実際に焚き木を燃やしている。おそらく雰囲気作りの一環だろう。


 そんなことを考えていた、その瞬間だった。パチパチ、と何かがはじける音が暖炉の中から聞こえる。


「これは!?」


 そのなにかに気付いたシャーリーはすぐさま水魔法・降水(アクアシャワー)を唱えて火を消し、手を暖炉の中に突っ込む。


 火の中から出てきたのはきめ細やかな彫刻が刻まれた短剣。そして何より重要なのがその短剣にはべっとりと血がついていたという事だ。


 これが凶器だ。


 その血を見て俺はそう確信した。だがシャーリーは疑うように小刀をまじまじと見つめながら、暖炉の焚き木を見つめる。


「炭に灰ということか、魔法の使い道は……」


 そう呟くと同時にまたも彼女はその暖炉の中をゆっくりとかがんでのぞき込む。


 彼女の視線の先は暖炉の壁だった。暖炉の側面、炎のせいで見えていなかったが、かなり年季が入っている。ひっかき傷や、レンガの一部が砕けているかなり深い傷も見受けられた。


 かなり念入りにその傷を確認するシャーリーに俺は首をかしげる。一体この壁が何だというのだろうか。


 そんなことを考えている内にシャーリーは短剣を持って立ち上がり、先ほどの窓の方を見やる。そして手を一直線に伸ばして、まるで何かを図っているかのようなそぶりを見せた。


 俺も彼女と同様窓を見やるがそこからは特に変わったものは見えない。005号室のプライベートルームと、遠くには002号室の玄関と003号室の寝室が見える。


「ここで得られる情報はすべて得られた!」


 俺が彼女の行動が何なのか不思議に思っていると、シャーリーはそう言って玄関から外に出て行った。そんな彼女に俺も慌てて後を追う。


「次はどうするんだ? ルイーズの所に戻るか?」


「いや、少々庭を見て回ろうと思うよ」

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