容疑者たち
「え、ええ。それはいいんですけどあなたは一体何者なんです?」
俺はルイーズの問いかけにシャーリーがロンドンの私立探偵であることを伝え、この事件を解決するために俺たちに協力してほしいと頼んだ。
正直、絶対に断られると思ったが意外にも彼女は俺の申し出を了承してくれた。連れてこられた警備員ともともと別館にいた警備員は反対していたが彼女は彼らをうまく説得してくれた。
そんなルイーズであるが、容疑者たちを移動させることに対しては「ここではだめなんですか?」と首をかしげていた。正まあ、俺もそう思う。
だが、シャーリーは「事件の調査をしているときに現場に人が多いと目障りだ」と冷たく言った。
「大変ですね」
ルイーズは俺の方を見て、笑顔でそう言った。
可愛い。
口から出そうになったその言葉をぐっと飲みこんで、俺は彼女とシャーリーと共に別館にいた容疑者たちに別の部屋に移ってもらうよう誘導する。
その途中のこと。別館の正門をくぐる影が視界の端に映る。それは俺が別館に初めて足を踏み入れた際に目にした老人とその車いすを押す警備員だった。
俺は彼らにここで事件が発生したこと、そして他の人たちには現在別の部屋へと移動してもらっていることを伝える。
警備員の方は驚いた様子だったが、老人の方はそこまで反応がなくただ「分かった」と言って他の人たちのいる部屋へと移動するのみだった。
移動してもらった先は俺たち宿泊していた部屋006号室。
本館から来てもらった警備員たちは6人。シャーリーは彼らの内、2人を別館の正門に、1人を006号室の玄関前に、そしてほかの3人を部屋の3つの窓にそれぞれ1人ずつついてもらうよう言った。
「さあ、これで準備完了だ」
「ああ、頼んだ」
俺がそう言うとシャーリーは俺の顔を見つめて薄ら笑いを浮かべる。
「なんだよ」
「今回は君がやってみるといい」
「はぁ!?」
「もう君も事情聴取で聞くべきことくらいわかるだろう?」
全くもって勝手だ。
そんなことを思いつつも、俺はどこかで心が弾んでいる感覚を覚えていた。
しょうがない、やってやるか!
◇◇◇
001号室
バリエル・ライゼン、78歳、男。ロンドンに住む大商人。移動には車いすを使用しており、このホテルでは別館の警備員に車いすを押してもらっていた。
ホテルに宿泊した経緯は、この街に滞在するある人物との商談のため。
殺害方法が刃物を使った刺殺であり、彼の筋力では実行は難しいと考えられ、加えて死亡推定時刻時は散歩をしていたというので犯行は物理的に不可能だ。必然、車いすを押していた警備員も除外される。アリバイとしては近くの住人に話を聞けばすぐ取れるだろう。
002号室
セディック・ローゼン。27歳、独身。ログレス王国の冒険者ギルド、ログレスナイツの一員であり、シルバープレートの冒険者。ちなみにシルバープレートは下から数えて3つ目の階級である。
彼がこのホテルにいる経緯はシャーリーが推理した通りである。ある希少な武器を報酬として提示していた依頼を受け、それを見事に解決した後、依頼者に報酬の武器を受け取りに行った。
だが、そこで突如報酬の変更の申し出があり、その武器の価値相当の金銭と、お詫びとしてこのホテルの宿泊券をもらったのだと彼は証言した。
死亡推定時刻の時には部屋の一室でトレーニングをしていた。目撃者がいないためアリバイはなし。
003号室
チャールズ・ウィーン、56歳、男。職業はアスコットの街長の補佐官。貴族の家系の出身でもあり、いわゆるお偉いさんというやつだ。また、レース場の競技の1つであるスカイレースに出走する魔獣のオーナーでもある。
このホテルに泊まっている理由は、妻との慰安目的。
ロゼリア・ウィーン、42歳。チャールズの妻であり、同じく貴族。
シャーリーが悲鳴の件で問いかけたのが彼女であり、あの時のロゼリアは毅然とした態度で応答しており、貴族らしい高貴さを感じた。
いや、こんなことはどうでもいいな。
職業は専業貴族とでもいうべきだろうか。他の貴族たちとの交流や王族とのコネクション作り、チャールズがより良い立場に立てるように根回しをしている。またこの旅行を提案したのも彼女らしい。
2人そろって死亡推定時刻時には部屋の中におり、チャールズはプライベートルームで武具の手入れを、ロゼリアはリビングで紅茶と菓子を楽しんでいたという。
武具の手入れと聞いて少々怪しく感じたが、本人曰く貴族の嗜みだと証言。
005号室
ジョアン・マッキャロン。34歳、男。職業はスカイレースのジョッキー、騎手だ。
ジョッキーの中でもかなり実力があり、大レースを数多く勝っている名ジョッキーだとか。ちょうど先日も、ロンドンのレース場でビッグレースを制したらしい。よって、魔獣のオーナーであるチャールズ・ウィーンとも深い関わりがある。
ここに来た理由はとあるオーナーがこのホテルのチケットをプレゼントしてくれたからだと供述。
死亡推定時刻には別館の庭を散歩していたらしい。これもアリバイを証明する目撃者はいない。
そして最後、別館のもう1人の警備員、トム・リール。21歳、男。
もう1人の警備員がライゼンの世話をしていた関係で、今日は常に正門の警備をしていた。悲鳴が聞こえたと同時に制圧棒を手に取り、悲鳴のもとに向かったという。
その前にルイーズが正門を通った時にはそこにいたため、急げば不可能ではないだろうが、犯行をするのに十分な時間があったとは思えない。
また特に変わったところはない好青年で、人を殺すような人間には見えない。
一見共通点のない彼らだが、ある一点、全員に共通するものがある。それは被害者、ペンシル・モルゲンセンとのつながりがある点だ。
まず冒険者ローゼン。彼が受けた依頼の主こそ、被害者のモルゲンセンその人なのである。ローゼンは彼に報酬を勝手に変えられた恨みがある。彼の武器収集に対する熱意が人の命に勝るものならば、ローゼンが犯人である可能性を見出せるだろう。
次にスカイレースの騎手マッキャロン。モルゲンセンはロンドンで名をはせる有力貴族であり、彼もまたレースモンスターのオーナーだった。だが、本人曰く関係は良好であると述べていたが、その時の彼には少し動揺が見えていた。何か隠し事があるように思える、か。
そしてウィーン夫妻。彼らの場合は夫のチャールズがモルゲンセンと同じくスカイレースのオーナーであるためレースで幾度となく勝負をしていた。時にはチャールズが負けたこともあるだろう。だが、金持ちの貴族がそれだけで恨みを持つのはいささか子供っぽ過ぎるか。
ライゼンはロンドンで被害者との深いつながりがあった。数年ほど前から高級品をよく買ってくれる、いわゆるお得意様だったそうだ。だがモルゲンセンはここ数週間で突如、取引を完全に停止すると一方的に通達してきたという。商人として、利益もプライドも傷つけられる行為だ。
そして最後に警備員のトム。彼はモルゲンセンがホテルに宿泊している間、幾度となく応対を余儀なくされた。モルゲンセンの自己中心的な不満によって。とは言っても高々2日足らずの関係、殺したいと思うほどまでに憎悪が膨らむだろうか。
◇◇◇
と、とりあえず容疑者たちから話を聞いた俺とシャーリーは次に現場検証を行うために、ルイーズに彼らを見ているように頼み、部屋の外に出る。
シャーリーは俺が取ったメモをまじまじと見つめて顎をさすっている。なんだか落ち着かない。
直感的には冒険者のローゼンはないように思える。シャーリーへ突っかかっていった態度を見るに短気ではあるものの、彼は冒険者だ。直情的に行動を起こすような人間が死の危険を伴う冒険者を務められるとは思えない。
「うーん、なんとなくだけどマッキャロンが引っかかるんだよなあ。モルゲンセンとは仲が良かったって言ってたけど、動揺が激しすぎる気がする。知人、友人が殺されたってなったらもう少し悲しさが前に出る気がするんだが……」
「うん、君の直感は正しい」
俺の呟きにシャーリーがそう反応した。
「まじ?」
シャーリーが口にしたその言葉に俺は不意に口角が上がる。こいつが俺のことを褒めるなんて滅多にない。そんなシャーリーがまさか俺の考えを認めるとは。
「あ、勘違いしないでくれよ。引っかかるという感性を評価しているのであってその推論までのプロセスはカスだ」
はい、ぬか喜びした俺がバカでした。
「いいかい、彼が怪しいのは動揺をしたからじゃない。その動揺の仕方が疑われていることへの恐怖だけではなく、嘘がバレないかの恐怖からきているからだ」
「はあ」
「疑われているのが恐ろしくて動揺しているなら、その動揺は徐々に収まるはずなんだ。自分の無実を証明するために話をするから、だんだん落ち着いてくるのさ」
「じゃああいつは違ったのか?」
「うん。彼の動揺は不規則である話をしている時にピークを迎えていた。モルゲンセンと仲が良かったと口にした時だ」
「じゃあそれは嘘ってことか?」
「ほぼ間違いなくね。だけどこれだけじゃ断定できない。最も大事なのはこれから行う現場検証だ」
004号室の扉を開けながらシャーリーはつぶやくようにそう言った。




