別館の悲鳴
ワイバーンを倒したシャーリーと俺はアスコットの停留所にて馬車を降りた。運転手はシャーリーに命の恩人だと感謝を述べ、俺たちの乗車代をタダにしてくれた。
俺はほとんど見ていただけだったので俺の分は払うと言ったが、運転手は頑なにタダでいいと言ってきたので俺もその言葉に甘えることにした。
「いやあ、良かったね。僕のおかげでタダでここまで来れた」
歩道を歩きながら、シャーリーはそう言った。
「はいはい、ありがとさん」
また小言を言われるだろうと思った俺は言い返すことはせずに素直に感謝を述べる。
ここからホテルまではそう遠くない、10分も歩けばつくだろう。
街並みはロンドンほど栄えてはいないが、どこかロンドンよりも高貴で荘厳な雰囲気が漂っている。街行く人々の身なりは整っていて、ステッキにシルクハットをかぶっているような紳士までいる。
そんな街並みではあるが、どうやら今日の景色が普段と違うものであろうという事がその雰囲気から察せられた。
というのも、先ほどの街の門に立っていた警備員と同じ服を着ている人々が数多く、あわただしく街を行き来しているのである。
「ワイバーンが正門前で捕まったらしいぞ! 早く向かうんだ!」
「了解しました、隊長!」
「全く、ただの城内警備だっていうのに何でこんなことに駆り出されにゃならんのだ!」
彼らの声をまた聞きしている限り、どうやらシャーリーの倒したワイバーンの処理に追われているらしい。まあ、あんな魔獣が街に出たというのならこれぐらいの騒ぎになってしかるべきだろう。
そんなことを思いながら街中を歩いていると、更に前の方から何やら慌てて走ってくる男の姿があった。その男はこの近代的な街並みにはそぐわぬ、中世異世界然とした恰好をしている。
腰には武器であろう鞭をぶら下げ、マントを羽織り、胸や足には軽装鎧を身に着けている。その姿を見て俺は、恐らく流浪の冒険者であろう、とシャーリーの真似をして推測してみた。
「失礼、通ります! すいません、通してください!」
人ごみを掻き分けながら近づいて来るその男はすぐさま俺たちの横を通り過ぎ、そのまま街壁の正門の方へと走り去っていく。
「一体なんだ、あの冒険者?」
「冒険者?」
俺の言葉にシャーリーはそう返したかと思うと、すぐにクスリと笑った。
◇◇◇
道なりに進み、街の中心部へと歩いて行った先に件のホテルはあった。
きらびやかな装飾こそないものの、壁面に掘られた彫刻はきめ細やかで見る者の目を奪う。扉からかすかにこぼれる光は建物の中の美しさを外のものに見せつけんとしているようだった。
中に入ってまず目についたのは天井にでかでかと描かれている絵画だ。バチカン宮殿を思わせるその天井絵は人間と様々な亜人種、そして竜と神の邂逅を表しているように見える。
俺がまじまじと画を見ている間にシャーリーは既に受付カウンターの所にいた。俺も慌ててそちらに向かうと、前方不注意で近くにいた男性とぶつかってしまう。
「おい、気を付けろ!」
青い目をした、その背高の男は鋭い目つきで俺にそう言った。その男は顔や手にいくつもの傷があり、明らかにカタギではない。そう感じた俺は面倒ごとになる前にすぐさま謝ってその場を後にする。
「シャーロック・ホームズ様とジョン・ワトソン様ですね。確かに確認いたしました」
俺が足止めを食っている間に、どうやらすでにチェックインの手続きは終わったようだ。
「随分と早く済んだな」
俺がそう言うとシャーリーは肩をすくめる。
「どうやらレストレード君があらかじめ色々準備をしてくれていたようだね。さすがは警部、気がまわる」
受付の話によると、俺たちが泊まる部屋はここ本館ではなく別館らしい。本館のように部屋が多く並んでいるアパートのような形ではなく、一軒一軒が完全に分かれている特別仕様だ。
シャーリーは意地でも例を言わないだろうから、俺が代わりにレストレード警部へ特大の感謝をしておくことを誓おう。本当にありがとうございます、警部。
本館と別館は道路を挟んでいるため、車道を横断する渡り廊下でつながっている。俺たちは受付に案内されてその廊下を渡り、別館の方へと向かう。
別館は3メートルほどの壁に覆われており、入り口には金属製の門と横に窓ガラス付きの警備員の詰め所があった。
「リールさん、開門をよろしくお願いします」
「ああ、ルイーズさん。了解です」
ルイーズと呼ばれた受付は警備員に一言声をかけ、門を開けてもらう。
門をくぐり庭へと出るとそこには6軒の建物が建っていた。左右に3つずつ玄関が向かい合うように並んでおり、完全に対称な様相で、建物の形も寸分の狂いもない。
俺が建物の美しさに目を奪われていると、そのうちの1つ、左手の最も奥の001と書かれた建物の扉が開くのが見えた。
中から出てきたのは車いすに乗った老人。その姿は年相応であるものの、どこか威厳を感じる。老人は恐らくこのホテルの警備員であろう男に車いすを押してもらい別館の門の方へと向かっていく。
シャーリーもその老人をちらりと見たが、すぐに向き直って俺たちの泊まる部屋006号室の玄関の前に立つ。俺も止めていた足を動かしてすぐさま玄関へ向かった。
外観はもはやただの一軒家。到底ホテルの一室とは考えられない。部屋の中に入っても、俺はあまりの豪華さにあっけにとられていた。普段住んでいるアパートが悪いと言いたいわけではないが、やはりこういう家を見てしまうと憧れてしまう。
部屋の備品やホテルでの食事、共用設備の説明を終えた後、受付は礼を一つして部屋を出て行った。
「ふう」と一つ息を吐いた後、俺は元の世界で必ずやっていたお決まりの行動をする。ベッドへのダイブだ。ボフッと音が鳴り、ふかふかのベッドが俺の体を包み込んだ。暖かい、癒される。
だが、俺のそんな気持ちはシャーリーの冷たい視線ですぐに破壊された。
「うわ~」
「おい、そんな目で見るな。別にいいだろ!? 長時間固い椅子に座って疲れたんだ!」
「いや、別に。何も言っていないさ。別に君の行動が極めて幼稚で愕然としたなんて全く思ってない」
「うるせえ。お前だってお菓子が好きだったり、何でも負けたらキレる子供だろうが!」
絶対に何か言い返すかと思ったが、シャーリーは素直に「それもそうか」と言って寝室から出て行った。
なんだ、随分あっけないな……。
そんなことを思いつつ、柔らかいベッドの感触を感じた俺はこの2泊3日の宿泊をとことん楽しむことを誓った。
◇◇◇
部屋でくつろぎ、夕食を食べ、ふかふかの布団で夜を過ごす。至福のひと時を過ごし、俺は寝覚めのいい朝を迎えていた。
朝食を食べ終わった俺たちはその後、部屋へと戻りリビングでくつろいでいる。シャーリーはどうやらホテルの図書館にあった魔導書を借りて読んでいるらしい。方や俺はアスコットの地図を眺めていた。
どうやらこのアスコットはこのログレス王国の王族や貴族の別荘地として成立した街らしい。近くに危険な魔獣もなく、また落ち着いた気候に広大な平原の只中にあるため国のお偉いさんたちが羽を休めるのにはうってつけの場所なのだとか。
それゆえに街には豪勢な建物が立ち並び、また金持ちをターゲットとした高級品店や魔道具店が多く並んでいる。俺たちが見た光景にはそういった背景がある。
そして、このアスコットの2つの目玉観光スポット、ウィンザー城とレース場。
ウィンザー城は今では古城となっているが、百年前にはこの地にあった数ある王国の一国、ウィンザー王国の主城だったらしい。
片や、レース場は平たく言えば異世界の競馬場だ。まあ走るのはサラブレッドホースだけじゃなく、異世界らしい様々なモンスターだ。挙句には水を泳いだり空飛ぶ生き物に乗ってレースもするらしい。
正直かなり見てみたい。
俺がどこを観光するか、にやにやしながら地図を眺めていると、横で魔法を発生させる音が聞こえた。
7の字型に曲がった細長い鉄の棒を持つシャーリーはそれをゆっくりと机の上においてある10シリング硬貨に近づける。すると、その硬貨は鉄の棒に吸い寄せられ、パチンと音を立ててくっついてしまった。
「もしかして、電磁石か?」
「その通り。この鉄の棒に雷属性の魔法を付与し、磁場を発生させている」
シャーリーが使っている魔法は流電だ。この魔法は本来、自身のエーテルを空気中に発散させ、その道筋に電気を流す魔法だ。威力はエーテルの消費量に比例するが、燃費が悪く実用性はない。
だがシャーリーはそれを鉄の棒に電流が回転するようにエーテルを流すことで、攻撃とは全く別の磁石という用途を生み出してしまった。
「この世界って、電磁気の研究は……」
「ああ、君たちの世界に比べれば、猿に毛が生えた程度さ」
こいつは俺から得た元の世界の知識を使って、この世界の科学を数段進歩させ得る。俺はその事実に冷や汗すらかいていた。
「で、ちなみにその鉄の棒どこで手に入れた?」
「ん? ああ、窓の留め具を拝借した」
別の冷や汗が出てきた。
俺はすぐさまその留め具をシャーリーから没収し、元あった窓の方へと戻す。
ったく油断も隙もねえ。ぶっ壊れたらどうすんだ。魔法の研究のためなら何だってやるんだ、こいつは。
「きゃー!!」
開け放たれた窓を閉じようとしたその時、外の方から女性の悲鳴が聞こえてくる。
「な!? 今の声……」
俺が言い終える前に、シャーリーは俺を押しのけてその窓を飛び越えて外へと出る。そしてそのまま一直線にどこかへと行ってしまった。だが、それは声の聞こえたほうではない。また別の場所のようであった。
「おい! ああ、もう! また事件発生か!? くそったれ!」
俺はそう思い、玄関を開けて悲鳴の聞こえたほうへと走り出した。




