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第4話:甲冑柔の血脈

早朝。星道場。


――ドォォン!


静寂を切り裂くのは、木床が悲鳴を上げるほどの重苦しい衝撃音だ。


早乙女零緒は、右腕に鈍い痺れを残しながらも、叔父・星広緒との「甲冑乱れ組打ち」に没頭していた。


総重量30キロを超える鉄製の当世具足とうせいぐそくを纏い、地響きを立てて組み合うその姿は、現代のスポーツ格闘技というよりは、戦国・江戸期の戦場における泥臭い殺し合いそのものだ。


共に、両の拳を自らのこめかみと腰にあて、数字の8の字を描くように不気味に腕を旋回させて構えている。これは柳生心眼流を象徴する構えだ。


現代の格闘技医学から見れば、この8の字の軌道は、胸郭を強固に保護しながら肩甲骨の可動域を最大化し、丹田の重心移動による質量をそのまま拳の遠心力へと変換するための、極めて合理的な円運動の循環システムである。


柳生心眼流の起源は、江戸時代初期にまで遡る。


仙台藩の武術家「竹永隼人 兼次」が実質的な流祖であり、彼は「神道流」「久武流」「戸田流」などの戦場武術を修めた後、江戸にて大目付・柳生但馬守宗矩より柳生新陰流の極意を伝授された。


竹永はこれら諸流の粋を集め、「心の眼で敵を見る」という心眼の理を加えてこの流派を創始した。


零緒が学ぶのは、仙台藩の御留流おとめりゅうとして門外不出のまま受け継がれた系統だ。それゆえ、戦場での肉弾戦を想定した「甲冑柔かっちゅうやわら」の形が色濃く残っている。


重い鎧を着用した状態でのステップや、相手の鎧の隙間――喉輪、脇下、股ぐら――を正確に撃ち抜く技法。


親指を人差し指の側面に添え、中指の第二関節を限界まで突き出した『拳固けんこ』の握りで、鉄板の隙間を穿つ鍛錬を何千回と繰り返すのだ。


だからこそ、彼らは自然に人間の解剖学的な急所、経絡の弱点を見つけ出す超感覚を身につける。


先の戦いで、零緒が輝澄の正拳突きを『身持ち』で受け流しながら、その正中線である水月に完璧なカウンターを浸透させたのも、この冷徹な鍛錬の顕れだった。


「……そこまでだ」


広緒の短く鋭い声に、零緒がピタリと動きを止める。面頬の隙間から、荒い呼吸とともに大量の汗が流れ落ちた。


零緒は無意識に、昨日、志馬の『疾風はやて』を受けたブレザーの袖の奥、右腕のボロボロに腫れ上がった前腕部をさすった。皮膚は赤黒い大きな痣になっているが、骨膜に異常はない。


むしろ、鉄の塊を叩きつけられたかのようなその生々しい激痛こそが、彼の冷徹な瞳の奥にある闘争心に、獰猛な火をつけていた。


「腕が鈍っているな。……昨日何があった」


自らの叔父であり、師である広緒の言葉に、零緒はしばし無言のまま鉄の兜を脱いだ。目にかかる無造作なセミロングの髪が、汗で額に張り付いている。


零緒は幼い頃、自宅に押し入った強盗によって目の前で両親を惨殺されるという、壮絶な過去を背負っている。いまは身寄りのない彼を、子供のいない広緒が引き取り、実の子のように深い愛情を注ぎながら育ててきた。


零緒が「国家のルール」を守る警察官ではなく、自身の肉体を最強の武器に鍛え上げる道を選んだのは、未だ捕まらぬ犯人を、いつか自分のこの両手で物理的に『壊す』ため。その復讐心こそが、彼の強さへの異様な渇望の原動力だった。


道場から古びた平屋の食卓に場を移すと、1995年当時のブラウン管テレビから、当時のJ-POPのヒットチャートが小さな音で流れていた。


じゃがいもの味噌汁の白い湯気が立つ朝食の席で、零緒は箸を持ったまま、しぶしぶと事実を口にした。誠修館高校の旧武道棟裏で、名もなき同級生の放った謎の突きに、自らの柳生心眼流が防戦一方のまま吹き飛ばされたことを。


「……噂に聞く、天魔理心流の『疾風』か」


広緒の手が止まり、その顔から一切の表情が消えた。


「叔父さん、知っているのか」


「拳法師、星貞吉ほしていきち……我が祖先にして、明治の時代に柳生心眼流の中興の祖と呼ばれた男が、かつてその生涯をかけて追った宿敵――その流派こそ、天魔理心流だ」


広緒は静かに立ち上がり、薄暗い神棚の奥から、煤けた一振りの古い巻物を取り出してきた。


「貞吉はその天魔理心流を破るためだけに、一子相伝の奥伝を遺した。いいか零緒、お前を打った男は、まだその力を全く制御できていない。肉体の強度が、出力される力に追いついていないのだ。だが、今のままでは、お前も次は確実に殺されるぞ」


零緒は、巻物を引き取る右拳を白くなるほど強く握りしめた。


あの瞬間、死の淵で生き残ったことに安堵してしまった自分への猛烈な苛立ち。


何より、自分をただの「格下」のように処理したあの一撃への屈辱が、古い和紙を握る指先にミシミシと力をこめさせる。


「殺される……? 笑わせるな。あいつは、俺がこの手で『壊す』んだ」


零緒の胸の奥底から沸々と湧き出る想いは、両親を失って以来、忘れていた純粋な強さへの渇望。その凄惨な顔には、狂気じみた笑みさえ浮かんでいた。

志馬にとって、最初の強敵にしてライバルとなる「壊し屋」早乙女零緒についてです。

彼の流派は柳生心眼流柔術。

いきなり登場させるにはマニアックな流派ですが、古流柔術を代表して登場させるには、当て身(打撃技)にも長けたこの流派をおいて他にはないと思いました。90年代、格闘漫画作品の主人公流派のモデルにもなった流派ですね。


第3話で志馬に敗れた彼ですが、この時点での実力でいえば、実は志馬よりも圧倒的に上です。そんな彼が、実在の伝説の達人「星貞吉」の流れを汲む奥伝を習得してさらに強くなっていきます。


クールで影の薄い存在ですが、意外に優しいところもあり、志馬の成長のためにはなくてはならない存在となります。


https://kakuyomu.jp/my/news/2912051603721811936

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