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第43話:パンクラチオン vs 骨法

志馬や僕が、最高学年である3年生の少し落ち着いた日々の空に馴染もうとしていた頃、校舎の下の階、新しく進級した「2年生」のフロアの廊下では、早くも新学期早々、新しい驚異的な「武の嵐」が激しく吹き荒れていた。


「……おいおい、ふざけんなよルーカス! お前、留学してきて早々、また女子生徒からこんな下駄箱に山盛りのラブレターをもらってんのかよ! 少しは俺にその資源を分配しろよな!」


すっかり本居真一もとい しんいちの相棒となった神代和雄かみしろ かずおが、自分よりも頭一つ分以上高い、188cmの圧倒的な金髪碧眼の美男子――ルーカス・アンティゴニデスに対して、廊下のど真ん中で猛烈に嫉妬の火花を散らし食ってかかっていた。


和雄は真一の親友であり、カラオケに行けば熱狂的なイエモン好きとして吉井和哉のマイクパフォーマンスを完璧に真似る、この2年生のフロアの絶対的なお調子者のムードメーカーだった。


「やあ、カズオ。おそらく、Me(ミー)の感覚からすれば、これは恋愛のラブレターではないと思うよ。日本のサムライの伝統的な『果たし状』というやつではないのかい?」


ルーカスは、1990年代大人気だったレオナルド・ディカプリオの甘いマスクに、ブラッド・ピッドの野性味を足して2で割ったような端正な容姿を、困ったように微笑ませ、透き通った海の青さのような碧眼の瞳で、腕に抱えた山積みのピンク色の封筒を見つめた。


その、自分のイケメンぶりに1ミリも自覚のない天然の対応に、和雄は「これだから、海外直輸入の天然物は……!」と廊下で天を仰ぐしかなかった。


だが、その彼らの賑やかな様子を、シャギーの入ったスパイキーウルフカットの奥から、冷徹極まる修羅の視線でじっと凝視している一人の男がいた。


2年生へと進級した、本居真一である 。


「……おい、ルーカス。お前、朝からずいぶると日本の女子生徒の紙切れに浮ついているようだが……。ひとつ忠告しておく。我が誠修館の太陽である輝澄さんにだけは、その西洋仕込みの薄っぺらな愛想の笑顔を1ミリでも振りまくなよ」


真一の言葉の刃は、あのファミレスでの失恋を経て、ほとんどただの言いがかりに近いものだった。


だが、真一にとって、空手着姿の輝澄の空手部勧誘チラシを自室の机の引き出しに宝物として厳重に隠匿しているほど、彼女は絶対に汚されてはならない神聖な女神そのものだった。


「オー、キスミ(Kissmi)……空手道の、あの凛とした彼女のことかい? ミス・オオカワの放つ、直線的で無駄のない突き技には、ミーも武道家として心からの敬意を払っているよ」


「気に入らねえな、その西洋のヘビー級特有の余裕のツラが……。そのパンクラチオンとかいう流派のメッキ、俺の骨法で、今すぐ測らせてもらうぞ!」


真一の身体の軸が、骨法の、正中線を完璧に隠す右半身の不気味な構えへと一瞬でシフトしたため、2年生の廊下の空気の密度が、一変した。


「おもしろい、受けて立とう。シンイチ、君のその東洋の『シノビ』の体術には、ミーも以前から非常に興味深いと思っていたんだ」


フッ、という短い衣服の摩擦音とともに、ルーカスの大きな左の拳が、精密な近代ボクシングの術理をトレースした、目にも留まらぬ最速の左ジャブとなって真一の顔面へと放たれた。


廊下の空気を物理的に切り裂くそのストレートの一撃は、正に最短距離を撃ち抜く「重戦車の如きパワーの打撃」だ。


真一は骨法特有の首一頭分をズラす最小限の体捌きで間一髪、その拳を鼻先一枚で回避するが、ルーカスの大柄な体躯から繰り出されるヘビー級の追撃は、1ミリも止まらなかった。


(チッ、このリーチと体格の絶対値を相手に、廊下の直線での打撃の打ち合いは分が悪すぎる……!)


そう直感した真一は、あえて自ら死角へと潜り込むように低い姿勢を取り、ルーカスの強固な懐のデッドスペースへと一瞬の隙を突いて滑り込み、衣服の襟を掴んでの組み技を強引に仕掛けた。


ただの西洋のボクシング上がりの打撃野郎なら、このまま接近戦の組技で床へと叩き潰すか、あるいは寝技に持ち込んで肘関節を一発で極め尽くしてやろうと考えたのだ。


だが、次の瞬間、真一の視界は上下逆さまになり、彼の身体は中空へとフワリと浮き上がっていた。


「なっ……この、背筋から伝わってくる化け物みたいな力は……!」


ルーカスは、真一の古流の崩しの理合など意に介さぬ圧倒的な古代ギリシャ由来の怪力と背筋力に任せ、真一が仕掛けたクラッチの重心の軸を強引に力ずくで引き剥がすと、レスリングの低空タックルの軌道から、コンクリートの床へと脳天から叩きつけるようなダイナミックな『裏投げ』の弾道で、真一の身体を豪快に投げ飛ばした。


ドガァン! と廊下の床板が激しく鳴り響く。


ルーカスが自らの人生の究極の目標として掲げていること、それこそが、古代オリンピックにおける伝説の総合格闘技――『パンクラチオン』の現代における完全なる再興だった。


ルーカスが体現するパンクラチオンの術理は、近代ボクシングの精密な高速打撃と、相手を地面に縫い付けるレスリングの強固な投擲・関節技術を、決して別々のものとして分断させない。


現代の多くの総合格闘技(MMA)の選手は、打撃を打つための高い構えと、タックルを狙うための低い構えで、どうしてもコンマ数秒、重心の上下運動の予備動作が必要となるのが一般的だ。


しかし、古代の思想を完璧に継承するルーカスは、パンチを放つための「前方への鋭い踏み込み」の質量移動そのものを、そのままタックルのための「最速の予備動作」として完璧にシームレスに同調させて使うことができる 。


真一が組技で有利を奪おうと密着した際、ルーカスがボクサーらしからぬ超反応で即座に投擲のカウンターを合わせられたのは、彼にとって「打つこと」と「組むこと」が、最初から一つの円運動の螺旋の中に完全同化しているからだった。


これに、188cm、90kgという当時の日本の高校生の常識を遥かに超越した強靭な骨格の絶対値が加わることで、柔よく剛を制するはずの忍術の崩しや合気の円運動すら、力学的な「パワーの暴力」で正面から強引にへし折られる絶望的な危険性を孕んでいた。


「悪いが、ミーのパンクラチオンは、投げで相手をコンクリートに組み伏せてからが本番のシステムだ」


「……チッ、床が硬くて腰が抜けそうになったぜ。お前、ただのイケメン外人かと思ったら、クソ真面目にかなりやりやがるな……。だったら、こっちも本気で行かせてもらうぞ!」


床の痛みから這い上がった真一が、ブレザーの折り返しの隙間に隠し持っていた暗器の柄へと指先をかけた、まさにその瞬間だった――。

3年生編の新キャラ第一弾。

2年に留学してきた金髪碧眼のイケメン「ルーカス・アンティゴニデス」です。

武術にテーマを置くと、どうしても西洋キャラは少なくってしまうと思うのですが、ボクシングとレスリングという西洋格闘技を代表する2つの源流ともいえるパンクラチオンを彼の流派としています。


1999年に国際パンクラチオン連盟が結成される前という時代設定になりますが、それとも関係なく、彼は彼なりの真のパンクラチオンの再興を夢見ています。なので、いずれはムエタイの技術も吸収して、死角のない格闘家となっていきます。


30年前に作った原作では、第2部で登場するキャラでしたが、リバイバル版として作り直したいる中で、新キャラいないと寂しいなと思い、留学生として登場させたところ、書いていく内に、真一の友人として勝手に育っていきました。


ちなみに、アンティゴニデスは、アンティゴノスの息子(または子孫)という意味があります。アンティゴノスとは古代マケドニアのアレキサンダー大王の配下の将軍で、後にアンティゴノス朝の初代王となった人物ですね。なのでルーカスの父親はアンティゴノスの子孫だと自称しています。


https://kakuyomu.jp/my/news/2912051606081085185

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