第42話:遠距離戦の松濤館と近接戦の剛柔流
あの廃工場における、暗器を操る武闘派組織「血染めの拳」との命がけの死闘から、数か月の季節が過ぎ去った。
3月の感動的な卒業式を終えて、それまで誠修館高校を象徴する絶対的な「強さ」と「美しさ」の看板だった神谷千鶴先輩は、都内の有名私立大学へと晴れやかに進学していった。
桜の蕾が美しく花開く4月の新学期、僕たち4期生は、ついにこの学園の最高学年である「3年生」という椅子の重みに座ることになった。
その少し前、3年生に進級する前の志馬には、あの事件の後、胸の奥に二つの大きな気がかりが「棘」となって刺さったままになっていた。
一つは、あの夜のコンクリートの床の上で、経験したことのないブラジリアン柔術の密着技術によって、女としての解剖学的な弱点を徹底的に実感させられた大川輝澄が、また元通りの太陽のような笑顔を僕たちの前で見せてくれるかどうか、という心配だった。
「しーば! 朝から廊下でボサッとしてると、上段回し蹴り、入れちゃうよ!」
朝の眩しい春の陽光が差し込む中、お気に入りの緋色のリボンを揺らしながら、微笑みながら見上げてくる輝澄。
彼女のその凛とした鈴の音のような快活な声は元気そのもので、志馬の抱いていた最悪の心配は、どうやら完全な杞憂に終わったようだった。
いや、それどころか輝澄は、あの日、自らの「絶対的な弱さ」を痛感させられたことが最大の引き金になったのか、周囲が絶句するほどの凄まじい執念で、自らの空手を内側から磨き直し始めていた。
――現代の「空手」という武道は、大きく二つの世界に分かれている。
一つは、全日本空手道連盟に属する伝統派の「寸止め(ノンコンタクト)空手」。
そしてもう一つが、あの川住尊に代表される、生身で直接打撃をぶつけ合う「フルコンタクト空手」だ。
一言でフルコンタクト空手と言っても、流派によってヘッドギアやプロテクターなどの防具の有り無し、顔面への手技が許されるかといった使える攻撃の違い、さらには相手を掴んでからの膝蹴りに対する扱いの違いなど、路上における現実のルールには無数のバリエーションが存在する。
輝澄が12歳から金山道場で学び、その骨格に染み付いている『松濤館流』は、剛柔流、糸東流、和道流とともに、日本の空手界において「本土の4大流派」と称される由緒正しき大源流の一つだった。
これら4大流派は、それぞれが独自の凄まじい術理を極限まで尖らせている。
輝澄の松濤館流は、腰の爆発的な回転と引き手の連動による「鋭い踏み込みからの攻撃」を誇り、圧倒的な遠距離戦を一撃必倒で制することに最も特化している。
一方で『剛柔流』は、呼吸法を伴う筋肉の硬化と円運動による「超接近戦」を得意とし、『糸東流』は多くの型を網羅して攻守のバランスが最も美しく取れている。
そして『和道流』は、神道揚心流などの日本古来の柔術の要素を大胆に取り入れ、相手の突き線をいなして投げる体捌きに特徴がある。
さらに時計の針を現代のスポーツ競技から、かつて琉球王国で血の滲むような命がけの禁武政策の中で磨かれた「伝統的な古流武術」へと巻き戻せば、沖縄唐手の三大流派として、剛柔流、上地流、小林流の3つが燦然と挙げられる。
無駄な筋力に頼らず、骨格の無理がない自然な動きでの戦闘に特徴がある小林流。
そして、親指の関節や足の爪先をギチギチと極限まで砂袋に突き刺して硬化させ、人間の急所を一突きで貫く上地流。
この2つは、競技としてのルールをハナから一切拒絶した、剥き出しの血生臭い暗殺術としての伝統的な武術の色合いを、今なお色濃く現代に残している。
ここで、格闘マニアの脳髄に響く一つの奇妙なパラドックス(交差点)が存在する。
本土の競技空手4大流派。そして、沖縄唐手の古流3大流派。
この、歴史も思想も全く異なる二つのカテゴリの双方に、唯一、共通してその名を連ねている異質な流派が存在する。
それこそが、近接戦闘の雄――『剛柔流』だった。
松濤館流の放つ一撃必倒の踏み込みは、ストリートにおいて最強の矛となる。
しかし、それは裏を返せば、あの廃工場の夜のマルコのように、ひとたびゼロ距離へと飛び込まれて寝技の泥沼に密着されれば、自慢の長い四肢のリーチが完全に死に、身動きが取れなくなるという致命的な構造的弱点(死角)を孕んでいた。
「遠距離戦の松濤館の弱点を、至近距離の剛柔流のサバキと呼吸法で完全に補う」
あの日以来、自らの空手の死角に激しい危機感を抱いていた輝澄は、金山先生の紹介により、出稽古の一環としてこの剛柔流の近接捕縛術の理合をも泥臭く学び始めていた。
だからこそ、今の彼女は、敵に組み付かれ、寝技の泥沼に持ち込まれることを恐れていない。
むしろそれを戦術の想定内に完全に収め、超至近距離の密着状態からでも、躊躇なく相手の眼球を突く目突き、股ぐらを破壊する金的打ち、さらには最悪の場合、敵の頸動脈を噛みちぎる「噛み付き」にすら瞬時に移行する、冷徹なまでの路上実戦性を身につけていた。
格闘技オタクを自称する僕、水島奨の戦況分析の目から見ても、今の3年生の大川輝澄の空手は、一つの「実戦武術としての極限の完成」に到達したのではないかと思わされた。
卒業した千鶴先輩を除けば、今の誠修館の仲間の中で彼女こそが『最強』ではないか――。
そう思わせるほどの恐るべき凄みが、肩口まで綺麗に切り揃えられた天然の茶髪ロングボブの美しいシルエットから、不気味に、そして美しく溢れ出ていた。
そして、志馬の胸を焦がす、もう一つの引き抜けない「棘」。
それは、あの換気装置の止まった最深部の白煙の中で、天魔理心流の『引導』の出力を強制発動しかけた際、脳裏に白黒のノイズとなってフラッシュバックした、おぞましい断片的な過去の記憶だった。
返り血に濡れた幼い頃の自分の小さな手のひら、鼻を突くような濃い血の匂い、端的に言えば、自分のすぐ目の前に横たわっていた、もう一つの昏い影……。
「親父……俺が昔、あの薄暗い路地裏で本当に呼び起こしちまった、あの記憶って、一体何なんだ?」
東京での出張から数週間ぶりに帰宅した父親の如月丈に対して、志馬が夕食の畳の上で意を決して尋ねても、丈は「ああ、その話はまた今度な」と、いつもの能天気な笑みを浮かべ、タマネギを大量に入れた六王子ラーメンを頬張りながら、煙に巻くようにはぐらかすばかりだった。




