第28話:誠修館に迫る影
誠修館高校の正門前から千鶴の神速の居合によって恐怖で逃げ去った不良たちは、学校から数キロ離れた、六王子の寂れた薄暗い廃工場へと命からがら逃げ帰っていた。
「……クソっ、何なんだよあの一見綺麗な生徒会長の女は……! 可愛い顔して、刀を抜いた瞬間は完全に本物の化け物だぜ……!」
切断された木刀の断面を見つめ、ガタガタと震える手で当時流行っていたタバコ・セブンスターに火をつけようとしたリーダー格の男の背後に、夕闇を丸ごと飲み込むような圧倒的な巨大な漆黒の『影』が、音もなく差した。
「……たかが模造刀の女一人のハッタリ居合に腰を抜かして、無様なツラしてんじゃねえよ、ストリートの雑魚どもが。でもまあ、可愛いならいいじゃねぇか。楽しみが一つ増えたな」
廃工場の奥の暗闇から響いた、その不気味に低く湿った声に、その場にいた10数人の他校の不良たちの全身の皮膚が、総毛立つような恐怖で一瞬にして粟立った。
廃工場の赤黒い影の中からゆっくりと姿を現したのは――あの金山道場の夜、零緒の鉄貫によって、顔面の骨を粉々に粉砕されて完全敗北したはずの、念流裏座の『外道』――富田英次だった。
英次の顔面はかつての傷の跡が色濃く残り、その濁った両の眼光には、志馬たちへの呪いに近い、執念深い地獄の復讐の炎がドス黒く激しく宿り燃え盛っていた。
「あの『壊し屋』早乙女も……如月ってバケモノのガキも……そして今お前らを脅したその生意気な刀の女も……。まとめてこの俺が、今度は本物の凶器の戦闘部隊で、骨の髄まで跡形もなく叩き潰してやる。
俺たちの後ろには、本物の闇の組織がつくことになった。もうあの誠修館のクソガキどもを怖がる必要なんて1ミリもねえんだよ、そうだろ?
準備が整うまで、あと4ヶ月だ。4か月後には、ガキどもの平和な日常を徹底的に蹂躙して、誠修館高校を最高の生き地獄に変えてやる……その時は、あの空手女も、その生徒会長の女とやらも、お前らにも好きなだけ輪姦させてやる」
英次はいま、念流裏座の人脈と資金を使って、裏社会の闇ルートから、非合法の凶器と近代兵器を使いこなす本物の武闘派の兵たちを、この廃工場に集めている最中だった。
静かに、しかし凶悪極まる狂気の笑みを浮かべて、獲物の肉の味を待つように富田英次は復讐の時を待ちわびていた。
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千鶴先輩の、あのファインダーを置き去りにした神速の鞘走りの居合の美しさに、ただ子供のように酔いしれていた僕たちは……まだ1ミリも気づいていなかった……。
一度は如月の血脈と柳生心眼流の鉄貫によって完全に退けたはずのあの富田英次というストリートのドス黒い暴力の濁流が、僕たち普通の高校生の手の届かない、より巨大で圧倒的な闇の組織の怪物となって、再び誠修館の日常を丸ごと呑み込もうと牙を研いでいることに。
復讐という名の一生消えない猛毒に脳を完全に冒された彼らが、非合法のあらゆる武闘派たちを裏で一つに束ね、誠修館の学び舎への『全面総攻撃抗争』を血眼になって目論んでいる。
それは、僕たちが信じて疑わなかった、あの眩しくて穏やかだったはずの僕たちの「日常」の季節が、音を立てて冷酷に終わりを告げ……
血の匂いと、冷たい鉄の味がする過酷な本格抗争の修羅道へと突き進む、決定的な『終わりの始まり』だった。




