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第25話:骨法の洗礼

数日後。1996年初夏。


真一は、東京都中野区の雑居ビルの一角にある、独特の熱気と緊張感に包まれた道場の重い門を、強い決意と共に叩いた。


中野にある骨法會こっぽうかいの総本部道場は、ビルの中に位置していながら、都会の喧騒を完全に遮断した、奇妙で冷徹な静寂に包まれていた。


真一を出迎えたのは、長く伸びた黒髪と髭、そして眼鏡の奥から獲物の骨格を射抜くような鋭い眼光を放つ男――第52代宗家・溝辺雅史みぞべ まさしだった。


その指定の武道着を纏った圧倒的な佇まいは、まさに現代の路上に突如として現れた「本物の武士」そのものであった。


「ほう……本居真造もといしんぞう先生はお元気かな?」


真造からの直筆の紹介状を一読した溝辺は、鋭い眼光の眼鏡の奥の目をわずかに細めた。


「真造先生の直系の孫とはいえ、我が道場において特別扱いは一切しないぞ。骨法の格闘の門は、常に路上における本物の死線と隣り合わせだと思え」


「望むところです!」


真一の16歳の答えに、1ミリの淀みもなかった。


祖父からその歴史を聞き、数々の書籍や雑誌のインタビューで読み耽った、溝辺雅史の再構築した骨法体系。


その「失われた日本古来の骨法の叡智」を直に学べる喜びに、真一の全身の筋肉は武者震いで激しく震えていた。


溝辺が静かに語る骨法の歴史は、真一が知るどの現代のスポーツ格闘技よりも血生臭く、そして武人としての誇り高いロマンに満ちたものだった。


「奈良時代、大伴家持おおともやかもちの甥にあたる大伴古麻呂おおともこまろが、古くから各氏族に伝わる独自の徒手体術である『手乞てごい』の中でも、我が大伴一族に伝わるものをより高い次元の実戦古流武術として進化させたのが、骨法のすべての始まりだ。かつて橘奈良麻呂たちばなのならまろの乱というクーデターの露見により武装兵に完全に包囲された際、古麻呂は骨法の技術を用い、鎧越しに触れるだけで一瞬にして4人の屈強な武装兵を即死させたという凄絶な伝説が残っている」


「その後、平安末期には新羅三郎源義光しんらさぶろうみなもとのよしみつによる解剖学的な関節技の導入があり、戦国時代には『鎧無よろいなし』と呼ばれた、相手の鉄の鎧の上からでも内部の肉体の中身を衝撃波で打ち砕く拳骨の垂直鍛錬へと昇華された。


そして、常陸の佐竹氏から続くその禁忌の系譜は今、第52代宗家であるこの私へと受け継がれている、というわけだ」


「……ふっ、お前のそのギラついた瞳、私の若い頃の鋭さに非常によく似ている」


血気盛んな真一の全身から放たれる「闘争の気」を瞬時に察した溝辺は、不敵に笑いながら板張りの道場へと彼を案内した。


道場へと続く細い通路のコンクリート壁には、「平成の侍となる強固な意志を持て!」「競技ではなく、常に路上の現実の意識で技を学べ!」といった、溝辺直筆の激しい毛筆の貼り紙が無数に並び、門下生たちの闘志を猛烈に鼓舞している。


道場の正面には『用・美・道』の巨大な垂れ幕が厳かに掲げられ、その下で大勢の弟子たちが、凄まじい熱量と気迫で突き蹴りの稽古に励んでいた。


「大柳、この新入りと『総合乱取り』を1本行ってやれ」


真一はこの時はまだ知る由もなかったが、溝辺に鋭く呼ばれたのは、骨法會の道場生の中でも最高峰の実力者として恐れられる大柳学おおやなぎ まなぶだった。


「はじめ!」


真一は古流骨法の教え通り、右半身の構えから骨盤の回転を乗せた鋭い先制の掌打を放つが、大柳はそれを完全に見切って紙一重のパリングでかわすと、すぐさま低い弾道から真一の膝の皿を的確に踏み抜く、鋭い関節蹴り『突き蹴り』 でカウンターを狙ってきた。


そこからは、凄まじい速度の掌打と関節蹴りの応酬が激しく続いた。


立ち技における打撃の応酬――骨法において『第一次接点だいいちじせってん』と呼ばれる攻防においては、真一の朧月流の地力もあり、ほぼ互角――むしろ真一の関節蹴りは大柳の膝関節に確実にダメージを与えていた。


しかし、次の瞬間の展開で、真一の常識は完全にへし折られることになる。


大柳が超至近距離から放った、全身の質量が乗った強烈な左の膝蹴り。


真一はそれを巧みにガードし、完璧に受け止めたが、衝撃を吸収したその接触の瞬間、大柳の骨格の軸が不気味に密着し、真一の身体が物理的に中空へとフワリと浮き上がった。


(――しまっ、これは、柔道の……『払い腰』……っ!?)


投げられまいと足裏で必死に踏ん張ろうとした真一だったが、溝辺の元で磨き上げられた大柳の格闘連携には、1ミリの澱みも隙もなかった。


打撃から組み合いへと移行するもつれ合いの展開――骨法における『第二次接点だいにじせってん』において完全に有利なポジションを奪われ、真一の肉体はそのまま、床の上での寝技の攻防である『第三次接点だいさんじせってん』の泥沼へと容赦なく引きずり込まれた。


流れるようなポジショニングの移行、一瞬の骨格の隙を突かれ、真一の右腕は電光石火の速さで大柳の『腕ひしぎ十字固め』の形に完璧に極められていた。


パンパンパンと、たまらずマットを左手で叩く真一。


「そこまで!」


大柳が極めていた腕をパッと離し、静かに立ち上がる。


完全なる敗北の合図を送った16歳の本居真一は、胸を突き上げる激しい悔しさと無力感から、マットの地面を右拳で何度も激しく叩いた。


「くそっ……でも納得がいかねえ! 寝技の関節固めなんて、路上のリアルな実戦じゃ全く役に立たないはずだ! もし相手が暗器を持っていたり、敵が複数だったら、下に寝転がった瞬間に踏み殺されて終わりじゃねえか!」


敗北の現実をどうしても受け入れられず、声を荒らげる真一に、宗家・溝辺雅史がゆっくりとした足取りで歩み寄った。


「かつては私も、お前と全く同じように寝技を全否定していたことがあった。だがな真一、本物の武道家たる者は、どのような理不尽な状況、いかなるルールの戦場いくさばであっても、絶対に『勝たなければいけない』のだ。……お前は今、何故この大柳の十字固めに無残に負けたのだ? 骨法の技術が間違っていたからか? 違うだろ! お前自身の格闘家としての地力が、あまりに未熟だったからではないのか!」


溝辺の、五臓六腑を震わせるような圧倒的な怒声が、静かな道場全体に凄まじく響き渡った。


「路上の現実の死線においては、卑怯などという都合の良い甘えの言葉は1ミリも存在しない。もしお前が今の大柳と本物の戦場いくさばで闘っていたら、お前は関節を折られ、その場で完全に死んでいた。おとこならば、常に目の前の死をリアルに覚悟し、いかなる絶望的な状況からでも確実に勝利をむしり取るための総合的な技術を死に物狂いで身に着けろ。そうする覚悟を持たぬ者に待つのは、無残な敗北の二文字だと思え!」


その、本物の侍が放つような強烈な恫喝に、真一は言葉を完全に失い、自らの未熟さを深く恥じ入った。


「……すみませんでした、溝辺先生。俺のプライドが間違っていました……いちから、この中野の道場でやり直させてください」


自らの傲慢な鼻を完全にへし折られ、心を真っ新に入れ替えた真一の瞳が、これまでの不良を壊すための暴力から、真の「平成の侍」としての冷徹な色を帯び始めた。


後に彼が、骨法における最高奥義であり、筋肉を透過して深部の内臓へとダイレクトに透過させる伝説の当て身技――『とおし』を血の滲むような特訓の果てに完全習得することになるのだが、それはまだ先の話であった。


ちなみに、この年の夏、日本ではまだヴァーリトゥード(すべてが有効)ルールでの闘いがほとんど行われていない中、この大柳は多くの日本人格闘技者に先駆けてブラジリアン柔術の達人と対決し、敗北を喫する。


この時の真一の関節蹴りによる膝へのダメージが残っていたのかどうか、それは本人にしか分からない。

「骨法」といえば、90年代の格闘技に興味を持っていた人たちにとってはよく知られていると思います。格闘ゲーム界において、ストリートファイターシリーズと双璧となる餓狼伝説の主人公の1人、アンディ・ボガードの使う格闘技としても知られていました。


そして、本作の主要キャラクターである本居真一が深く関わっていく格闘技——それが「骨法」です。


なぜ本作において、実在の(そして90年代格闘技界で最も劇的な毀誉褒貶を味わった)「骨法」を実名で登場させ、物語の重要な歯車として描くのか。今回はその理由と、本作における「朧月流忍術」との接点についてお話ししたいと思います。



①現実世界の骨法の変遷


1980年代末から1990年代初頭にかけて、堀辺正史ほりべ・せいし氏が率いた「骨法」は、間違いなく日本の格闘技界・プロレス界の最先端であり、ロマンの象徴でした。


アントニオ猪木氏や船木誠勝氏をはじめとするトッププロレスラーたちがこぞって骨法に通い、掌打しょうだの技術を取り入れたことは有名な事実です。当時、少年だった僕たちは、従来の空手やキックボクシングとは一線を画す「浴びせ蹴り」「掌打」「関節蹴り」「独特の摺り足構え」に魅了され、激しい熱狂の中にいました。


創始者の伝説が多分に演出(盛られること)されるのは、他の例を引き合いに出すまでもなく、武道・格闘技の歴史において何ら珍しいことではありません。それが順調に流派として拡大していれば「ロマンに満ちた正義」として語り継がれたはずでした。


しかし骨法は、90年代半ばの『ヴァーリトゥード・ジャパン(VTJ)』という、当時の総合格闘技(MMA)黎明期の冷酷な現実へ、どこよりも果敢に門下生を送り込みました。その結果、オープンフィンガーグローブとタックル&インサイドガードという新しい技術体系の波に呑まれ、一転して「詐欺師のような扱い」を受けてしまうという過酷な悲劇を辿ります。


ですが、私は思うのです。

「あの果敢な挑戦と敗北だけで、骨法が提示した実戦の理合すべてを偽物と切り捨てるのは、あまりに一方的で冷酷な見方ではないか」と。



②科学的に格闘技界に影響を与えた「先見性」と「理合」


実際のところ、骨法が格闘技界に残した科学的・技術的功績は極めて巨大です。


・掌打による脳震盪のノウハウ

拳を痛めずに頭部へ強打を打ち込み、手根部の衝撃波で脳を揺らす技術は、グローブのない路上戦ベアナックルにおいて極めて理にかなった解剖学的選択でした。


・1st / 2nd / 3rd接点(第一次〜第三次接点)の構造化

「遠距離の打撃戦(1st)」から「組み合い・投げ(2nd)」、「寝技の攻防(3rd)」へとシームレスに移行するという段階的概念を、早くから提示していた先見性は目を見張るものがあります。


・関節蹴り・金的・正中線防御

右半身を前にして正中線を隠す構えや、相手の膝関節を鋭く打ち抜く関節蹴り、下から掬い上げる金的打撃など、従来のスポーツ格闘技が「反則」として排除してきた「路上(喧嘩)の現実」を徹底的にシステム化していました。


この極端な右半身の構えは、素手で打ち合う現代格闘技のリングの上では欠点も多いのは確かですが、路上の現実を想定した喧嘩芸としては、対武器もしくは自分も武器を持っている状態。金的など一撃で勝負がつく状態であれば、このような防御力の高い構えの有用性は評価されてもよいと思います。


③本作における「朧月流忍術」と「骨法」の接点


本作で「朧月流忍術」を修める本居真一が、なぜ現代の骨法會(作中では溝辺雅史宗家)に入門するのか。


忍術における体術として「骨法」の名前が見られるのは事実ですが、忍法体術の一つの科目として忍術における「骨法」と堀辺氏が提唱する「骨法」はまったくの別物かもしれません。中国からの伝承説のほうが有力とされていますが、本作では堀辺氏が提唱するように日本古来の武術として奈良時代から各地で伝わり、それを古流骨法として受け継いでいる忍術流派として朧月流忍術を定義しました。


おそらく、ストリートファイターシリーズに登場するくノ一「いぶき」の格闘スタイルが「忍術」となっているにも関わらず、実際の技はかなり骨法に寄せているのも私と同様の理由であると思います。


真一は、溝辺宗家が提示する「路上の現実」を貪欲に吸収することで、自分の足元にある朧月流の骨法術を現代戦闘へと完全アップデートさせていきます。

堀辺氏の自伝(『骨法の奥義』『喧嘩芸骨法』など)に描かれた熱い哲学と技術論をベースに、真一という現代の忍びが「喧嘩芸」として骨法を研鑽していく姿を描きたいと思っています。


④故・堀辺正史氏への敬意を込めて


『天魔のシヴァ』では、すべての格闘技・武道・武術に対して最大の敬意リスペクトを持って描写することを原則としています。


栄光も挫折もすべてを呑み込み、あえて時代の矢おもてに立ち続けた「喧嘩芸骨法」。

創始者である故・堀辺正史氏が遺された数々の技術論や著書、そして時代の渦中で闘い続けたその生き様がなければ、現代の総合格闘技の発展も、そして本作における本居真一という魅力的な忍びの覚醒も存在しませんでした。


時代に挑み、敗れ、それでもなお武の理合を追求し続けた一人の武道家へ、溢れんばかりの敬意と感謝を込めて。

本作における「骨法」の凄絶な戦いと立ち回りを、読者の皆様にお届けできれば幸いです。


https://kakuyomu.jp/my/news/2912051604945978678

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