第24話:忍術修行
誠修館高校のある六王子の街から、1996年当時のローカル電車とバスを乗り継ぎ、さらに険しい未開の山道を徒歩で登った先に、本居家の隠された修練場はある。
新緑の青葉が鮮やかに芽吹く静かな森の中、金属と金属が激しくぶつかり合う澄んだ破壊音が、不気味に木霊していた。
「動きのキレが甘いぞ、真一!」
凄まじい咆哮の叫びとともに放たれたのは、実戦用の数条の鋭い鉄製クナイだ。
誠修館高校1年生の本居真一は、朧月流の鋭いステップを踏みながら、愛用の忍者刀の硬い鞘の部分でそれを正確に火花を散らして弾き飛ばした。
だが、火花が散ったその刹那、祖父である本居真造が、既に真一の完全な内懐の間合いを潰して肉薄していた。
真造の得意とする得物は、古流忍術十八門の象徴――『鎖鎌』だ。
鉄製の分銅が、まるで意志を持つ生き物のように中空を不気味な8の字で泳ぎ、真一の足首を絡め取ろうと鋭く襲いかかる。
真一は驚異的な跳躍力で宙へと跳んでそれを力ずくで回避すると、地面への着地と同時に自らの刀を潔く捨て、無防備になった真造の懐のデッドスペースへと果敢に潜り込んだ。
相手の右手首を古流の捕縄術の要領で固め、骨盤の重心を深く沈めて一本の軸で放つ――『逆一本背負い』。
相手の関節を解剖学的な逆方向へと過酷に極めながら、全体重の質量を乗せて地面に叩きつける、古流武術の非情な技術だ。
当然、現代の柔道のスポーツルールでは一発で反則・失格となる、文字通りの実戦の壊し技である。
しかし、数々の修羅場を生き抜いてきた老忍・真造は、空中で猫のようにしなやかに身を翻してその関節極めの破壊を完全に無効化して着地すると、その回転の勢いのまま鎖鎌の柄を力任せに振り抜いた。
バシィィィン!!
「ぐはっ……!?」
風を切り裂き、不気味な唸りを上げる鉄の鎖分銅が真一の無防備な側腹部を強烈に打ち据え、彼の身体は泥まみれになって地面へと無残に叩きつけられた。
冷たい土の上、首筋に鎖鎌の鋭利な刃をピタリと突きつけられ、真一は悔しげに両手を上げた。
「……降参か?真一」
「……ああ、降参だ。クソッ」
「なあジジイ、俺はもっと現代の路上における『本物の喧嘩』に強くなりたいんだよ」
真一の短く逆立った脳裏には、先日の夜の公園で街灯の下で見た、あの如月志馬の放った、人知を超えた天魔理心流の螺旋の拳の軌道が、強烈な残響として焼き付いていた。
朧月流に伝わる古流骨法も、確かに徒手空拳の技術体系を謳ってはいるが、それはどこまでいっても武器を失った際の補助技術であり、忍術十八門の総合生存戦略の一部に過ぎない。
純粋な素手同士の、1対1の絶対的な破壊力という一点においては、あの『引導』の超人的な出力にはどうしても及ばないのが、現在の残酷な現実だった。
「喧嘩だと? ならば実戦の路上でも、その忍者刀や鎖鎌を持っていけ。鉄の分銅を回せば、素手の不良など10人や20人は間合いに近寄ることすらできんぞ」
「無茶言うなよ、一発で警察に銃刀法違反で捕まっちまうだろーが」
「警官隊ごとき、ワシなら30人くらい道連れにしてやるがな……ふふふ」
怖い事を平然と言って不敵に笑う真造だったが、たしかに完全武装をした真造ならやりかねないと思う真一。
「ジジイの鎖鎌が凄いのは認めるけどなー、俺が本気で知りたいのは、武器に頼らないこの『素手』の肉体だけで、奴を……あの如月志馬を完全にねじ伏せるための格闘の術理だ」
祖父の真造は、孫の鋭い一重の瞳の奥に宿る、かつてない本気の熱量を見つめ、静かに鎌の刃を収めた。
「……忍術とは本来、いかなる手段を使っても生き残るための総合生存戦略。ただ目の前の敵を殴り倒すことだけが究極の目的ではない。だがな真一、お前がそこまで『徒手格闘』の極致による打倒を望むというなら、今の時代に行くべき場所は世界に一つしかない」




