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第11話:引導

激しく肩で息をし、今にも膝から崩れ落ちそうな志馬の満身創痍な姿を見て、富田英次と残る2人の男たちは、下品極まる嘲笑を隠そうともしなかった。


「なんだぁ? 新顔のガキか。今から俺たち、この上質な女とお楽しみなんだわ。お前はそこの特等席で大人しく指をくわえて見てろよ」


「あ、もしかして、お前もこの子のセクシーショーが生で見たくて、ヨダレ垂らして急いできたのかなー? 確かにいい身体してるもんなー!」


男たちが下劣な声を上げて爆笑した、まさにその瞬間だった。


空気が、肉眼で見えないレベルの衝撃波で爆ぜた。


輝澄の身体を足蹴にしていた男の一人が、言葉通り大砲で撃たれたかのように真後ろへ「吹き飛んだ」。


凄まじい質量で道場の壁まで一直線に突き飛ばされ、何が起きたか脳で理解する間もなく、頸椎を激しく揺らされて瞬時に戦闘不能へと追い込まれる。


ノーモーション、テイクバックを一切排除した神速の踏み込みから放たれた、天魔理心流が誇る螺旋の衝撃波――『疾風はやて』だ。


「……ッ、このバケモノ野郎!」


生き残っていたシゲルが反射的に位置を取る。


武智の回し蹴りを完全に返り討ちにした時と同じく、ゆったりとした長い袖の下に隠された重厚な鉄板手甲を顔面の前に交差させ、志馬の追撃を跳ね返そうとした。


(馬鹿め、自滅してまたその細い骨を粉々に砕いてやる!)


流れるような反転運動から放たれた強烈な後ろ回し蹴りは、シゲルの鉄板手甲によるガードの上から、彼の70キロを超える巨体を軽々と跳ね飛ばした。


道場の片隅に吊るされたサンドバッグに激突し、脳の揺さぶる衝撃の中でなんとか顔を上げたシゲルが見たのは、物理的な時間の流れを置き去りにして、既に目の前に肉薄していた志馬の『左の拳』だった。


ドォォッ!


首が真後ろにもげるかのような圧倒的な衝撃音。


背後のサンドバッグがクッションとなり即死こそ免れたものの、鼻骨から眼窩底の骨を完全に粉砕されたシゲルは、白目を剥いたままそのまま板の間に崩れ落ち、二度と動かない肉塊となって戦線から離脱した。


天魔理心流に伝わる脳内麻薬多量分泌システム『引導』による超人的な覚醒は、アドレナリンやβエンドルフィンを脳内に異常分泌させ、肉体の生存リミッターを焼き切って五感を人間の限界値まで引き出す。


しかし、志馬は確かにその脳内麻薬の効果によって現在一切の「痛み」を感じてはいないが、彼の現実の肉体は悲鳴を上げて自壊を始めていた。


まだヒビが入って完治していなかった右手首は、無理すぎる異常出力の反動により、解剖学的にあり得ない方向へとグニャリと曲がっている。


さらに今の一撃を放った左の拳も、皮膚の肉が激しく裂けて血まみれになり、先ほどの人間離れした蹴りを放った右脚も、筋繊維が限界を超えて断裂しかけていた。


「な、なんだこいつは……!? 人間じゃねえ、化け物か!」


冷酷な不良のリーダーであったはずの英次の心に、生まれて初めて明確な死の「恐怖」が不気味な芽生えを見せた。


彼は咄嗟に数メートル後方へと距離を取り、ジャージの袖から引き抜いた暗殺用の鋭いクナイを、狂ったように立て続けに投げつける。


志馬は『引導』による人の枠を超えた反応速度でそれを躱すが、そのあまりに急激な肉体の制動が、すでに限界を迎えてダメージの蓄積していた右脚の筋繊維に完全にトドメを刺した。


「……っ」


ついに肉体のバランスを完全に崩し、板間に膝をつく志馬。


その一瞬の隙を逃さず、英次の放った最後の一本となったクナイが、無防備になった志馬の左腕を深く、肉を抉りながら貫いた。


「が、あぁぁぁああああッ!!」


その凄絶な絶叫の叫びと共に、志馬の肉体を支えていた『引導』の脳内麻薬の供給が強制的に解除された。


覚醒の魔法が解けたことで、今までアドレナリンの膜に覆い隠されていた、全身の骨折、肉離れ、刺し傷の凄まじい激痛が一気に彼の神経細胞を焼き焦がす。


「ハァ、ハァ……まったく……クソガキの分際で苦戦させやがって。何なんだ、この気味の悪い化け物は……」


荒い呼吸を整え、目の前の怪物が倒れたことでようやく安堵した英次が、腰のベルトから一際鋭い、肉を削ぐための短刀をギラリと抜き放った。


「さすがにもうそのボロボロの体じゃ立てねえだろうが、念のため二度と跳ねねえように両足の腱を切らせてもらうわ」


冷酷な殺意をその濁った瞳に湛え、英次が動けない志馬へとゆっくり歩み寄る。


無防備な志馬の足首に向けて冷酷な刃が振り下ろされようとした、まさにその時だった。


「まったく……こんな雑魚相手に何苦戦してやがる、如月」


そう言って、壊れた入り口の影からゆっくりと歩み出てきたのは、指定ブレザーを肩で揺らし、不敵で冷徹な笑みを浮かべた早乙女零緒さおとめ れおだった。

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