昼休み
弁当の中に入ってる玉子焼きに箸を伸ばす俺の横では隣の席をこちらに近づけた緋田原が俺と同じく弁当を広げており、正面では前の席の椅子を反転させてこちらを向いた状態の神白が座っている。
期せずして神白と緋田原という混ぜるのに危険を感じる面子で昼食をとることになってしまったけれど。
彼女たちの間を取り持ちつつ雰囲気を穏便に保つには何を話すべきだろう。
そんな風に俺が無難な話題を探していると、俺が何か思いつくよりも先に横の緋田原が口を開いた。
「不思議なんだけど、神白はなんで一々私に絡んでくるわけ? 別に、あんたに何かした覚えなんてないんだけど」
「なぜ、と言うなら先ほども言った通り私が緋田原さんと仲良くしたいからよ。緋田原さんの姿勢には学ぶべき所が多いと思っているから。いろいろと傍で見てみたいの」
「はあ、よくわかんないわね」
無理もないことではあるが緋田原には神白の語った理由が腑に落ちなかったらしく、彼女はため息を零しながら怪訝そうな表情を浮かべている。
「神白は大体こんな感じだから、あんまり気にしない方がいいぞ」
「そういう藍川は随分神白のこと詳しいのね」
「緋田原にもなんとなくわかるだろうけど、神白の距離感はちょっと独特な部分があるからな。話してるうちに、嫌でも慣れるんだよ」
「それは……少しだけ想像できちゃうのが微妙だわ」
未だに神白への心象があまりよろしくないからか、返事をする緋田原の表情は本人の台詞通り些か苦々しい。
「ねえ、藍川君」
「なんだ? 神白」
「あなたと私では緋田原さんからの扱いが違う気がするのだけど。これは何が原因なのかしら」
「何って、改まって聞かれると言語化するの難しいんだが。とりあえず、そういうこと聞くのは本人のいない所にしような」
「なぜ? 緋田原さんは意識的に対応を変えているのでしょうし、私がそれに気づくのも承知の上でしょう?」
緋田原と上手く会話するための方法を本人の前で話し合うのが気まずいという感覚は神白には理解できないものらしく、彼女は本気で不思議そうにしている。
「なんか、こうして話してる所見るとあんたらのこと余計にわからなくなるんだけど。前は仲良くないとか言ってたけど、本当は付き合ってたりする?」
「いいえ。私は付き合うことを提案したけど断られてしまったわ」
「あ、馬鹿!」
神白が余計なことを言い出したせいで、思わず声が出てしまった。
事実を告げただけで本人に含むところがないのはわかっているが、それと他人が今の発言をどう受け取るかは別問題だ。
案の定、緋田原は神白の顔を見つめ返しながらばつが悪そうにしている。
「そう。それは、悪かったわね。辛いこと思い出させちゃって」
失恋直後の緋田原は自分の境遇を重ねて同情的になっているようだが、そんな理由で神白と緋田原の仲が改善されても困る。
そもそも、神白が告白したというのは嘘ではないもののほとんど誤解のようなものだ。
「待て。アレはそういうんじゃないというか、神白は俺のこと好きでもなんでもないぞ」
「藍川、付き合えなくて相手を振るの自体は仕方ないけど、そういう言い方はどうかと思うわよ」
「いや、マジで違うんだって。神白、お前からもなんとか言ってやれ」
急に女子からの告白を軽く扱う最低男みたいな扱いをされたことに納得できず神白へ話を振ると、彼女は数秒だけ顎に手を当て考え込んでから何かを思いついた様子で頷いた。
「確かに、好きという言葉を恋愛的な意味で捉えるなら、私が藍川君のことを好きだとは言えないかもしれないわね」
「ほら、本人もこう言ってるだろ」
「それに……」
神白からの援護射撃を得て俺がなおも言い募ろうとしたところで、神白は呟くように台詞を続けた。
「あのとき藍川君が私の告白を断ってくれたのは却ってよかったと思うわ。仮に藍川君と付き合うとして、その始まりがあれなのはなんだか違う気がするから」
「神白?」
基本的に、神白の言っていることはあのときの告白が本気じゃないという俺の主張に沿うものなはずだけれど。
その言い回しは俺の想像とは違っていて、上手く言語化できない違和感が俺の胸中に渦巻いていく。
「何? 藍川君」
「いや、俺とお前が付き合うことなんてないだろうし、気にし過ぎじゃないか?」
「それはそうだけど。なんとなくよ」
正面からこちらを見つめる神白はいつも通りのすまし顔で、さっきの台詞に深い意味なんてないんだろうとは思うけれど。
今までの神白とは少し印象の違う台詞だったせいか、どうにも意図を図りかねる。
「ちょっと、目の前でいちゃつくのやめなさいよ。私、今は他人の幸せそうなところなんて見たくない気分なの」
「だからそんなんじゃないし、お前ちょっと余裕なさ過ぎだろ」
緋田原はまだ昨日のことを引きずっているらしく、失恋話には共感を示し好意的に接する一方で反対の話題には必要以上に過敏になっている様子だ。
まあ、こうして冗談めかして話す余裕くらいはあるようだし、それほど心配する必要はなさそうだけど。
「ところで、緋田原さんには一つ頼みたいことがあるのだけど」
「頼みたいこと? 何よ」
「よければ一緒にテニスの練習をしない?」
「はあ? なんで私があんたとそんなことしなきゃいけないのよ」
緋田原は突然の提案に驚いたようで、神白の方を見ながら目を細めている。
というか、なんなら俺も普通に驚いたんだが。
相変わらず段階を踏まないというか、いきなりよくわからん方向へアクセル踏み込んでくるな神白のやつ。
「私が球技大会の打ち上げに誘われたとき、断り方を間違えて緋田原さんを怒らせてしまったでしょう?」
「え、ああ。そういやそうだったわね」
「言い訳になるけれど。私があんな風に断ったのは球技大会に対してなんの思い入れもなかったからなの。だから、事前に誰かと一緒に練習をすれば打ち上げをしたがる人たちの気持ちもわかると思って。確か、緋田原さんも私と同じで出場種目はテニスだったでしょう」
一応、学校行事に前向きなこと自体は悪いことではないのだろうけど。
それで緋田原が協力する気になるかというとそんなわけもなく、当たり前だが彼女の反応は芳しくない。
「あんたって、ほんと……はあ」
緋田原が大きくため息を吐いてから、仕方なさそうに神白の方へ視線を向ける。
「まあ、五時間目は体育だし、どうせ球技大会の練習やることになるから、そのときなら少しくらい付き合ってあげるわ」
だいぶ怪しい部分はあるけれど。
一応は上手くまとまったようだし、神白と緋田原の関係もこれで少しはマシになったのだろう。
別に俺は関係ないんだが、二人で話していてもそこまで険悪になっていない神白たちを見るとなんだかちょっと安心してしまった。




