協力関係
屋上で神白と向かい合うこと数秒、突然の告白を受け俺が困惑していることを理解したらしい神白は瞬きの後で再び口を開いた。
「ごめんなさい。説明が足りなかったわね。今日のお昼、藍川君は私が言葉選びを勉強すべきだと言ったでしょう?」
「え、ああ、うん。確かに、そんなこと言ったな」
「だから、藍川君に教えてもらおうと思って」
じっとこちらを見据える神白は今ので説明すべきことは全て言い終えたみたいな空気を纏っているけれど。
正直、俺は彼女が何を言いたいのか未だ理解できないままだ。
確かに俺は昼休みにもっと言葉を選ぶよう伝えたし、神白が言い出しっぺである俺に手伝えと言うのならそれは理解できる。
だが、彼女の言葉選びの問題から何をどう飛躍させたら俺と付き合うという話になるのだろうか。
相変わらず、訳が分からない。
「悪い。神白、もうちょっと詳しく説明してくれないか。周りと上手くやれるような話し方を教えろって言うなら、それは普通に手伝うけどさ。なんで付き合おうなんて話になるんだ?」
「だって、他者とのコミュニケーションについて学ぶなら、日常的に誰かと会話した方が上達するでしょう?」
「それはまあ、そうかもな」
「けれど、私は学校に親しい人間がいないから。藍川君と親密な関係を築くことで頻繁に会話する相手を作りたいの」
「いや、言わんとせんことはわかるけども。それなら、付き合うんじゃなくて友達でいいだろ」
俺の至極当然の突っ込みに対し、神白はもどかしそうに口元をもにょもにょと動かしてから、ゆっくりと口を開いた。
「けれど、私が一方的に利用するだけで藍川君になんのメリットもない関係というのも、それはそれで不健全でしょう? だから、付き合うことでバランスを取ろうと思って」
なるほど。
つまり、神白は彼女と付き合うことが俺にとってメリットであると考えているわけか。
いや、まあ、確かに神白のことは美人だと思うし、もし神白のような彼女ができたら嬉しいけれども。
それを自分で言っちゃうところも含めて、やはり彼女はいろいろズレていると言わざるを得ない。
「他人とまともにコミュニケーションを取りたいなら、とりあえずそういう極端な発想をやめるところから始めような」
「あら? 何か問題があった?」
神白の惚けたような返事は普通ならふざけていると思うところだが、彼女の場合はたぶん本気で疑問に思っているのだろう。
「問題しかないが。つーか、メリット云々なんて考えなくても、てきとうに話しかけてくれればそれでいいよ。お前が変なことしてると思ったときは、俺も勝手にいろいろ言うから」
あまり腑に落ちてはいないようだけれど。
神白は暫し感情の読みにくい顔のまま黙り込んでから、小さく頷いた。
「そうね。私としては協力が得られるのならそれでいいし、無理に関係性を規定するのはやめておきましょうか」
持って回った言い方のせいもあって相変わらず何を考えているのかわからないけれど。
本人なりに改善しようという意志はあるようだし、これで教室での言動も少しはマシになるだろう。
◇
ざっと見た感じ七割程の生徒が登校してきた朝の教室にて、俺がホームルームが始まるまでの時間をスマホをいじって潰そうとしていたところ視界の隅に長い黒髪が映りこんだ。
教室前方の扉から入って来た黒髪の持ち主は迷いのない足取りでこちらへ近づいてくると、俺の机の前で立ち止まった。
「藍川君、ホームルームまでまだ時間があるし少しお喋りしましょう」
「……まあ、いいけど」
俺の机の前で立ち止まった神白の真面目腐った顔は知り合いと朝の雑談をするにしては少々硬い気がするけれど。
彼女なりに前向きに取り組んだ結果ではあるのだろうし、あまりにも直截的な話の切り出し方も含めてひとまずはあまり気にしない方がいいだろう。
「ありがとう。けれど、私は気の利いた話題なんて思いつかないから。藍川君、何か面白い話をして」
「そう言われて面白い話ができるやつなら俺は今頃クラスの人気者になってるよ。神白、その話の振り方は相手を困らせるだけだから今後はやめような」
「そうなの? 藍川君も意外とつまらないのね」
やっぱり煽っているとしか思えない物言いだけれど。
神白のこの手の発言に一々腹を立てていたらきりがない。
一応、神白に協力すると言ったわけだし今は根気強く説明していくしかないだろう。
「相手を馬鹿にしたいわけじゃないなら、つまらないとかそういうネガティブな評価は口に出さない方がいいぞ」
「なぜ? 親しくしようとしている相手に本心を偽るのは健全とは思えないけれど」
「例え本音でも言わない方がいいこともあるんだよ。褒め言葉なら例えお世辞でも言われて悪い気はしないけど、マイナスな評価って事実だろうとムカつくだろ」
「そうかしら。相手の機嫌を取るためだけに事実と違う評価を伝え合うなんて、不毛だわ」
本心からこういうことを言える神白のある種のストイックさは見方によっては美点かもしれないけれど。
同時にそりゃ周りから浮くだろうなとも思う。
当たり前だが、教室でちょっと話すだけのクラスメイトに自分の欠点について正直に指摘してくれる真摯さを求めている人間なんてまずいない。
「そりゃ、相手が部活とか勉強で本気のアドバイスを求めてるならな。でも、望んでいない相手に欠点をあげつらうのはただの押し付けだ」
「……押し付け」
少しは思う所があったのか、神白は小声で呟いたきり暫く黙り込んでから僅かに目を伏せた。
「わかったわ。確かに、藍川君の言うことにも一理あるかもしれないわね」
本人なりに納得がいったからなのか、神白はおもむろに体の向きを変えるとそのまま教室中央にある自分の席へ向かって歩いていった。
◇
朝の反応からして、多少人とは感性のズレた部分があるにせよ神白だって話せばわかってくれる。
俺は彼女についてそんな風に思っていたし、事実としてそれは間違いではないと思うのだけれど。
残念なことに彼女の持つズレは俺ごときが予想しきれるものではなかった。
より具体的に言うなら、昼休みになって早々に席を立った神白は弁当箱を手に持つと迷いなく緋田原の席へ向かっていった。
「緋田原さん、よければ私と一緒にお昼を食べましょう」
「……意味わかんないんだけど。あんた、なんのつもり?」
弁当箱を持ちにこりともしない無表情で立っている神白と、そんな彼女を見て眉をひそめている緋田原。
およそ和やかな昼食の風景には似つかわしくない組み合わせを前に、俺は思わず仲裁に行くのも忘れて教室の天井を仰いだ。
「凛太、なーんか神白と緋田原が面白いことになってるけど、あれお前の入れ知恵か? いつの間に仲良くなったのか知らないけど、今朝神白となんか話してたよな」
完全に他人事モードの呑気な台詞が聞こえてきたので、仕方なく天井を仰いでいた顔を下ろし視線を横に向ける。
「俺が入れ知恵するなら、そもそも緋田原に話しかけるよう言うわけないだろ」
「ま、そりゃそうか」
相も変わらず呑気な良二は隣で面白がるように薄っすらと笑みを浮かべており、俺にどこか試すような目を向けた。
「で、どうすんだ? 別に凛太が何しなきゃいけないってもんでもねーと思うけど。あれ、放っとくか?」
「はあ……それ、絶対ろくなことにならないだろ」
良二に言われるまでもなく、神白たちをあのまま放っておくつもりはない。
正直剣呑な雰囲気の中で割って入るのは気が重いが、さりとて放置して今以上に悪化されるのも困る。
俺は神白や良二のような良くも悪くも自分の道を行く人間が嫌いではないが、そういう人間が周りに馴染めず排斥される所を見るのは嫌いなのだ。




