呼び出し
味もよくわからないままに神白から差し出されたカルボナーラを食べ終えてから今度こそ取り皿をもらってそれに自分のペペロンチーノを乗せ差し出すと、神白は皿と俺の顔を見比べてから不思議そうに目を瞬かせた。
「わざわざお皿をもらわなくても、フォークで直接わけてくれればいいのに」
神白からすれば無駄に皿を増やしているように見えるのかもしれないけれど。
俺としては、流石に自分が使う予定のフォークを彼女に差し出すのは躊躇われる。
「まあ、でも、こっちの方が食べやすいだろ」
これ以上続けたい話題でもなかったのでてきとうに流してから、自分の皿にあるペペロンチーノをフォークで口に運ぶ。
「あ、美味いな」
流石に店で出てくるだけあって、口にしたパスタは塩辛くなりがちな自作のものとは違いピリッとした感じはありつつも食べやすく旨味が強く出ている気がする。
「確かに、美味しいわね」
神白の方もパスタの味には満足したようで、心なしか柔らかい表情で俺がわけたペペロンチーノを口にしている。
「そういや、神白ってテニス上手かったけど経験者だったりするのか?」
ふと先日の体育での一幕を思い出して尋ねると、神白はふるふると首を横に振った。
「いえ、特に部活などに所属していたことはないわ。一応、小さいころは休みの日に父から手解きを受けていたこともあるけど。子供の遊びレベルよ」
「ふーん。その割には結構上手かったけどな。確か、緋田原にも勝ってただろ」
「緋田原さんを馬鹿にするわけではないけど、しょせんは素人同士だもの。勝ったからといって自慢できるようなものではないわ。そういう藍川君はどうなの? あなたも出場種目はテニスでしょう?」
「俺か? 俺はまあ、芳しくないな。正直、一回戦突破できれば上出来レベルというか。たぶん、当日は早々に敗退して暇になるから、良二が勝ち上がるようならそっち見にいくけど。あいつまで負けたら大会が終わるまで休憩室で暇潰しだ」
間近に迫った球技大会について話す中で不意に神白が口を閉じ、難しそうな顔で何やら考え込み始めた。
ただの雑談だし何も悩むようなことはないと思うのだが、神白の表情が妙に真剣なせいで変に声をかけて思考を中断するのも憚られる。
「もし、藍川君が暇だったら、そのときは私を応援してくれないかしら」
「はあ、そりゃ、同じクラスだし全然いいけど」
何を言われるのかと身構えていた割に出てきた要求は普通だったので、特に問題はないのだけれど。
神白でも他人に応援して欲しいと思うのは意外というか。
こういう行事だと周りからの声に関係なく一人で黙々とベストな結果を出そうとするタイプだと思っていたので、少し驚いてしまった。
俺や良二が敗退しても自分は勝ち上がって試合を続けているという前提で話してるところは神白らしいし、却って安心するけれど。
こんなことを言い出す辺り、神白は神白で球技大会を前に少し浮かれているのだろうか。
まあ、俺の返事を聞いた神白はほっとした様子で相好を崩しているので、俺が応援するくらいで満足してもらえるなら幾らでも応援に行くが。
◇
「じゃ、また月曜にな」
昼食を終え店を出たところで神白に別れの挨拶をすると、彼女は小さく頷いてから躊躇いがちに口を開いた。
「その、藍川君。また、誘っても構わないかしら」
「もちろん。暇だったら付き合うし忙しかったら断るから、そんな気を遣わなくてもてきとうに誘ってくれればいいぞ」
神白は他人を遊びに誘うのに幾らか抵抗があるようなので殊更に気楽な調子で答えてから今度こそ別れようとしたところ、ポケットに入ってるスマホから着信を知らせる電子音が響いてきた。
取り出して画面を確認してみれば、そこには緋田原の名前が表示されている。
彼女から電話がかかってくる理由に心当たりはないのだけれど、一体なんの用件だろうか。
「出てもらって大丈夫よ」
神白にも促され、通話ボタンをタップし電話に出る。
「もしもし。何か用か? 緋田原」
「あ、藍川! 前の生徒会長って、あんたのお姉さんだったの!?」
「……そうだけど、いきなりなんなんだ」
電話に出るなり聞こえてきたのは興奮した様子の緋田原の声で、なぜだか彼女が口にしたのは姉貴についての質問だった。
一応、俺たちが入学したときの生徒会長は姉貴だったのだけれど。
俺たちが姉弟だなんてこと殊更に喧伝したことはないし、特別親しいわけでもない緋田原が俺と前生徒会長である姉貴の繋がりを知らないの自体はわかる。
わからないのは、なぜ彼女がとっくに卒業した姉貴のことなんかを気にしているのかだ。
「生徒会のみんなでご飯食べてたら、前の会長と副会長の人に会ったのよ」
前の会長とは話題に出ている姉貴のことで、副会長というのは姉貴の幼馴染で姉貴が生徒会長になるとき半ば強引に付き合わされ副会長になったらしい久那城由実のことだ。
その二人に会って俺と姉貴が姉弟だという話題が出たからこんな電話をかけてきたということか?
理解できなくはないが、わざわざ電話なんかせずとも月曜日に教室で聞けばいいことのような気がするのだが。
「えっと、それがどうかしたのか?」
「稲田会長の好きな人は前の会長なの!」
緋田原が稲田会長のことを好きなのは知っていたけれど。
緋田原の想い人である稲田会長の好きな相手が、姉貴?
それは、知らなかった。
ただ、俺にそんなことを言われてもやはりどうしようもないのだけれど。
「それは、結構本気で驚いたけど。姉貴と稲田会長の関係なんて俺にはどうしようもないぞ」
「そんなの言われなくてもわかってる。けど……ねえ、藍川。あんた、この後時間ある?」
「え、まあ、暇っちゃ暇だけど」
神白との約束も済ませちょうど解散するところだったので、この後の俺に予定があるかと問われれば特にない。
ただ、今の緋田原のテンションは明らかにおかしいし素直に答えるのには些か抵抗を覚えてしまう。
「じゃあ、一時間後にこの前の喫茶店で!」
一方的に集合場所を告げてきたと思った次の瞬間、通話は一方的に切られスマホから緋田原の声が聞こえてくることはなくなった。
「……嘘だろ、あいつ」
にわかには信じられないが、緋田原のやつこっちの返事も聞かずにこの前失恋の話を聞いた喫茶店に俺を呼び出しやがった。
いくらなんでも緋田原はここまで横暴な性格ではなかったはずだが、どんだけ余裕ないんだ今のあいつ。
正直あまり気は進まないが、暇って言っちゃったしな。
今の緋田原がどんな状態なのか気にならないでもないし、一応様子を見てくるか。
「神白、ちょっと用事ができたから俺はもう行くぞ」
「それって、緋田原さんの所?」
「ああ。なんか、急いでるっぽくてな」
話し声が聞こえていたらしい神白の問を肯定すると、彼女は僅かに目を伏せほんの一瞬妙に寂し気な表情を浮かべた。
「……そうね。藍川君は一人ではなかったわね」
「神白? どうしたんだ?」
ほとんど聞き取れない小声で何事かを呟いた神白に声をかけても彼女が返事をすることはなく、彼女はそのまま何事もなかったかのようにいつも通りのすまし顔に戻った。
「なんでもないわ。それでは藍川君、さようなら」
「え、ああ。じゃあな」
さっきの神白の反応はよくわからないが、あまり遅くなると緋田原との待ち合わせに遅刻しそうだし俺はそれ以上拘泥することはなく別れの挨拶を返してから指定された喫茶店へ向かった。




