あーん
スクリーンに映し出された主人公がレーザー銃で敵を撃ち抜き、流れるBGMが彼の勝利を祝すような希望に満ち溢れた響きへ変わる。
映画の内容がエピローグに移るタイミングで飲み物が欲しくなりドリンクホルダーのある右側へ視線を移すと、そこには食い入るようにスクリーンを見つめ実に楽しそうにしている神白の姿がある。
映画の内容はシリーズの知識にあやふやな部分がある俺でも十分面白いと感じたし、スター・サーガを観ることにした神白のチョイスは中々に良いものだったと言っていいだろう。
満足感を抱きながら観ているうちに映画は主要人物たちが日常へ帰っていくシーンと共に終わりを迎え、シアターの中に再び明かりがついた。
俺と神白はどちらからともなく立ち上がり、周囲の人の流れに乗って劇場の外へと歩き始める。
「面白かったわね。本編ほどの派手さはないけれど、アクションシーンはしっかり盛り上がっていたし別の外伝出身のサークスが主人公たちのピンチに駆けつけてきたのには驚かされたわ」
「サークスって、あの鎧着込んだキャラか。俺は他の外伝見たことないから神白ほど感動はしなかったけど。それでも、ちゃんと熱くなるシナリオだったと思うし本編とは違ったテイストのストーリーになっててこれはこれで面白かったよ」
俺と同じく映画の内容に満足した様子の神白と共に感想を言い合っていると、おもむろに彼女が視線を時計に向け時間を確認し始めた。
「もういい時間だし、ついでに何か食べていきましょうか」
「え、ああ。そうだな。とりあえず、フードコートでも行くか?」
「いえ、この近くに行ってみたいお店があるの。せっかくだから、そこにしましょう」
神白の方から誘ってきたのは少し驚いたけれど。
映画の後の予定に関しては結局ノープランで来たし、彼女に希望があるというのなら俺としてもちょうどいい。
「わかった。じゃあ、案内頼むぞ」
「ええ。任せて」
店へ向かうため並んで歩き出したとき横目になんとなく神白の顔を見てみると、彼女は心なしか満足そうに息を吐き出していた。
◇
神白に連れられてきたのは看板を見落とせばそこが飲食店だとは気づかず通り過ぎてしまいそうな地味な見た目のイタリアンの店で、神白曰くここはパスタが美味しいらしい。
パスタは好きだしそれは大変結構なことなのだけれど。
メニューに書かれている金額は普段行くファミレスの二倍近くあるものばかりで、払えないことはないが一人だと入るのを些か躊躇ってしまいそうなお値段だ。
まあ、どう考えても俺みたいな学生じゃなく近所に住んでる大人をターゲットにしてるのは店構えの時点で明らかだったし、価格も特別高価というわけではないのだろうけど。
良くも悪くも、神白と一緒じゃなければ選択肢には挙がらないタイプの店なのは間違いない。
「私はカルボナーラにするわ」
「そうか。俺もカルボナーラ……いや、せっかくだしムール貝のペペロンチーノにするか」
せっかく店で食べるならということで一番好きなカルボナーラではなく家で使うことはまずないムール貝のパスタを頼んでから、運ばれて来た水に口をつける。
「それにしても、藍川君がここまで付き合ってくれるとは思わなかったわ」
「は? どういう意味だ?」
「私と約束したのは映画を観るところまでだったでしょう? それに、安易に他人を食事に誘うのはよくないとも聞いていたから」
「ああ、そんなことか」
確かに、以前神白が一人で緋田原と一緒に昼飯を食べようとか言い出したときには話が拗れるのを止めるため窘めるようなことを言ったけれど。
あのときと今では根本的に状況が違う。
神白的にはその辺りのことがいまいちピンとこないのかもしれないが、言葉にすれば大したことではない。
「あれはあの時点じゃろくに話したこともない緋田原にいきなり言い出したから問題だっただけで、俺に対してなら気にする必要ないっての。つーか、飯食うのも嫌だと思ってるやつ相手なら映画に誘われた時点で断ってるし」
少しの間、神白が俺の顔を正面から見据えたまま動きを止め、その後で不意に伸ばした手を俺の頬に添えた。
「神白? 何やってるんだ?」
訳がわからず問いかけると、神白は不思議そうに首を傾げてから俺の頬に添えていた右手を引っ込め自分の手のひらをじっと見つめ始めた。
正直、最近は神白の奇行にも多少は慣れてきたつもりだったけど。
今回はいつにも増して彼女の考えていることがわからない。
「何? 何かしら? 藍川君の話を聞いていると、あなたは私に触れられても嫌とは思わないのか、すごく気になったの。ねえ、なぜ私はこんなことが気になるのかしら?」
「いや、お前にわからないなら俺にもわからんが」
神白は何やら自問自答を繰り返している様子だが、当然ながら彼女にわからない奇行の原因が俺にわかるはずもない。
まあ、今は俺以外誰が見ているわけでもないし、別段責めるつもりもないけれど。
一応、誰彼構わず同じことをして問題にならないよう軽く注意はしておくべきだろうか。
「別に俺は気にしないけど、他人に触られるのが嫌ってやつもいるだろうから今の他のやつにはするなよ」
「それは、ええ。藍川君以外にはしないわ」
結局、神白がなんのつもりでこんなことをしたのかは曖昧なままだけれど。
彼女が嘘を言っているとも思えないので、この件に関してはこれ以上気にする必要もなさそうだ。
「あ、来たな」
厨房の方から頼んだパスタが運ばれてくるのが見えたので、神白から視線を外し店員さんが皿を置けるよう水を横にどける。
「んー、やっぱカルボナーラもうまそうだな」
運ばれてきたパスタはどちらも美味しそうなのだが、隣の芝生はなんとやらと言うべきか。
神白の注文したカルボナーラは家で作るのとは違ってチーズがふんだんに使われており、殊更上等に見えてしまう。
もちろん、自分で頼んだ品に文句があるわけではないので言っても仕方のないことではあるけれど。
「気になるなら少し味見してみる?」
「いいのか? じゃあ、俺のペペロンチーノと交換ってことで」
気を使わせてしまったのかもしれないがせっかく神白が申し出てくれたのでありがたく頂いてしまおう。
そう思って取り皿をもらうため店員さんを呼ぼうとしたところ、俺の目の前にスプーンの上で巻かれたカルボナーラが差し出された。
「はい」
思わず神白の顔を見ると彼女はいつもと同じすまし顔のまま俺に向かって自分のスプーンとフォークを使ってカルボナーラを差し出しており、普通に考えればこれで味見しろということなのだろう。
いや、うん。
神白は気にしないんだろうなとは思うし、俺の方が変に気にすると却ってそっちの方がキモいよなとは思うのだけれど。
同級生の女子からあーんされるシチュエーションなんてラブコメの中でしか見たことのない身としてはこういうことをされると微妙に身構えてしまう。
「どうかした?」
「ああ、いや、なんでもない。それじゃ、ちょっともらうぞ」
小首を傾げる神白を前にこれ以上挙動不審なところを見せるのは憚られたので、下らない考えを打ち払って差し出されたカルボナーラに口をつける。
目の前に差し出された時点でチーズの風味とかは強く感じていたし、出来合いのソースを使って自分で作るのとは比べ物にならないくらい美味しいんだろうなとは思うけれど。
他のことばかり気になっていたせいか、カルボナーラの味は自分でも不思議なくらい記憶に残らなかった。




