待ち合わせ
風呂上がりにベッドの上で寝転がりタブレットをいじっていると、不意に机の上に置いていたスマホから通知音が聞こえてきた。
手に取って内容を確認してみれば、そこには神白から送られて来たメッセージが表示されている。
土曜日の午前十時、駅前にあるショッピングモール内の映画館で集合。
メッセージの内容は帰り道で交わした約束の詳細で、特に異論のある箇所もない。
了解の返事を送ってからスマホを持ったままベッドの上に腰を下ろし、何となくメッセージを最初から読み直してみる。
待ち合わせ場所と時間を確認するだけの簡素な文章は神白らしいといえばらしいけれど。
果たして、俺はどこまで気を使うべきだろう。
神白の場合、映画を観た後はそのまま即さようならというパターンも十分ありそうだけど。
そうならなかった場合のことも考えて、モール内やその近辺で遊べそうなところくらい事前に調べておくべきだろうか。
普段なら相手が行きたがってる所くらいなんとなくわかるが、神白に関していえばその辺りの機微が全く読めない。
いろいろ調べた挙句、特に役に立ちませんでしたってパターンが一番虚しいし、神白相手に変にあれこれ考える必要もないか?
神白と出かける土曜日のことを考えて俺があれこれ思いを巡らせていると、ノックもなしに部屋の扉が開かれ部屋着の姉貴が姿を現した。
「おい、ノックくらいしろよ」
「あー、ごめんごめん。てか、それよりもあんた今度の土曜日暇? 由実と買い物行くのに荷物持ちが欲しくてさ。付き合ってくれるならお昼くらい奢ってあげるわよ」
姉貴は俺より二つ上の大学生で、栗色の髪をボブカットにして赤みがかった色のアンダーリム眼鏡をかけている色白な女だ。
小さい頃は会う大人の大半からそっくりだと言われていたし、今も並んで歩いていると姉弟だということはすぐにバレるので多少なりとも似ているのだろうとは思うけど。
ノックもなしに人の部屋に侵入したのをおざなりな謝罪一つで済ませ、こっちの返事も待たずに自分の用件をつらつらと話し始めたこの女と似ていると言われるのは些か複雑な気分だ。
これで、去年は鳥羽田高校の生徒会長を務め何も知らない下級生からはおしとやかな優等生として慕われていたのだから、つくづく猫を被るのだけは上手いと言わざるを得ない。
「土曜はクラスのやつと映画観に行くから無理」
「ふーん。じゃあ、仕方ないわね」
姉貴は納得したようだしこのまま部屋を出ていくのを待ってもいいのだけれど。
こう見えて姉貴は家の外で他人と上手くやることに関しては俺の上位互換みたいなものなので、試しに神白との約束のことでアドバイスを求めてみるのもいいかもしれない。
「なあ、姉貴だったらあんまり遊んだりするイメージないやつから映画に誘われたら、映画観終わった後の予定ってどうする? 普通にそのまま解散でいいよな?」
呼び止められるとは思っていなかったのか、姉貴は部屋の外へ向かいかけていた足を止めると意外そうに俺の方へ振り向いた。
「それって、相手は女の子? 二人で行くの?」
「そうだけど」
「じゃあ、その子の趣味に合わせて二つか三つ周る場所考えときなさい。遊ぶイメージはなくても向こうから誘ってきたんだから、嫌とは言われないわよ。というか、あんたってこんなに鈍かった? そのくらい言われなくてもわかるでしょ」
「いや、普通ならそうだろうけど。今回は相手が特殊というか」
上手いこと神白を表現する言葉が見つからず俺が言い淀んでいると、姉貴はがぜん興味を引かれた様子で目を輝かせ始めた。
自分で聞いといてなんだが、姉貴のやつ完全に面白がってるし早くも聞いたのを後悔してきた。
「へー。なんだか面白そうな子と仲良くなったのね」
「あいつの場合、面白いというよりは何か変なこと言い出すんじゃないかと不安になることの方が多いけどな」
「あら、いいじゃない。凛太は昔から振り回されるの好きでしょ」
「いや、そんなもん好きになった覚えはないけど」
「そう? でもあんた、小さい頃から私や由実の後ろについてきて、自分一人じゃ行かないような場所に行くの喜んでたじゃない」
「あれは俺が逃げようとしても姉貴に捕まって無理やり付き合わされたんだろうが」
この姉は学校の中なら比較的大人しいのだけれど。
人目を憚る必要がなくなると途端に好き勝手し始めるため、小学生時代の夏休みは友達と一緒になってインドア派の俺を肝試しだの虫取りだのと何かにつけて強引に連れ回していた。
当時の俺は力で姉貴に勝つことができなかったので抵抗虚しくおもちゃにされていたけれど、あれを根拠に振り回されるのが好きとか我が姉ながら記憶を美化し過ぎだろ。
「麗しき姉弟愛をそんな風に言うなんて、凛太もすっかり思春期ね」
「うるさい。真面目に答える気ないならさっさと自分の部屋に帰れよ」
俺が手を振って追い払う仕草をすると、姉貴は愉快そうに笑ってから少しだけ表情を引き締めた。
「ま、詳しいことは知らないけど。凛太は昔からいい子になろうとし過ぎるところがあるし、たまには合理を忘れるのもいいんじゃない?」
「はあ? なんだそれ」
「なんでもかんでも理屈に当てはめればいいわけじゃないってことよ」
俺じゃなく神白に聞かせた方がよさそうなアドバイスだかなんだかよくわからない台詞を残してから、姉貴は今度こそ俺の部屋から出ていった。
結局、あまり参考にはならなかったけれど。
思えば神白が当日の段取りを俺に任せたいなら素直にそう言う気がするし、映画を観た後に多少遊ぶにしてもそこまで気を張って考える必要もないか。
「ふあ」
気を抜いたせいかつい口をついて出た欠伸を噛み殺してから、俺はスマホを机の上に戻した。
◇
休日ということもあり次々と人が通り過ぎていくショッピングモール内の映画館で待つこと約五分、俺がスマホをいじりながらたまに顔を上げ待ち人を探していると人混みの奥に目当ての顔を見つけることができた。
「おはよう。思ったよりも早く来ていたのね。待たせてしまったかしら?」
「いや。それより、まあまあ人いるし早めにジュース買っとかないか」
待ち合わせ場所に現れた神白はシャツの上に水色のカーディガンを羽織り白のスカートをはいた普通に可愛い装いで、いつもと違って長い黒髪を赤色のシュシュでまとめている。
神白のことだしひょっとするとものすごく奇抜なファッションで来るんじゃないかとか思っていたが、そんな俺の予想に反して今の彼女は休日のショッピングモールによく馴染んでいる。
「今さらこんなことを聞くのもなんだけど、藍川君はスター・サーガシリーズをどのくらい見たことあるの?」
「一応、本編映画は全部見たことあるけど。最初の方の作品見たのは結構前だから、若干記憶が怪しい部分はあるな。神白は?」
「私は映画本編に加えてドラマ版の作品も一通り目を通しているわ」
チケットを確保した後でジュースを買うための列に並び神白と話していると、彼女は心なしか弾んだ声で本日観る予定のスター・サーガについて予想よりも濃い答えを口にした。
確かに、スター・サーガは派生の映像作品もいろいろ作られていたはずだけど、正直俺はあまり把握できていないしこの分だと作品に対する知識では神白に到底及ばなそうだ。
「好きなんだな」
「ええ。元は家で父が見ているのを横で眺めていただけだったのだけど、今では私の方が詳しいかもしれないわね」
休日ということもあり売店の列にはそれなりの人数が並んでいた気がするけれど。
取り留めもない話を続けているうちに、気づけば大して待つこともなく俺たちの順番がやってきた。




