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5:徒花令息、待機する

 空は絵の具を塗りたくったような雲ひとつない晴天だ。まさに入学日和である。まあ、本当の入学式は二日後にあるのだが。


 ノエルがヴィクトールのために悪役になることを決意してから早数日。ノエルたちはセシルに学院を案内するため校門の近くで、セシルの到着を待っていた。

 ノエルの隣にはヴィクトールが、そしてヴィクトールの斜め後ろには彼の護衛役であるグレン・モンテーニュが立っている。


 グレンは王妃の甥にあたる人物だ。モンテーニュ侯爵家は代々騎士を生業としている家系である。ヴィクトールの暗殺未遂事件以降、元来騎士を志しヴィクトールと年齢も近く信頼のおける身の上だったグレンはヴィクトール付きの近衛騎士として育てられてきた。グレンは今年で十八歳になるが、護衛のためヴィクトールと共に同学年としてこの学院に在学している。グレンはヴィクトールにとって数少ない信頼できる友人でもあった。


 赤みがかった茶褐色の頭髪はキッチリとオールバックにされている。鋭さを帯びるその瞳は森林に聳え立つ木々の葉を思わせるような深緑だ。そして、右のまぶたから頬にかけては一筋の傷跡が残っている。

 精悍な顔つきと筋肉質で長身な肉体、それに加え生来の寡黙さも相まってグレンの風貌は人々に威圧感を与えた。


 グレンは無口な上に無表情で顔は怖いし体はデカいし正直言って何を考えてるのかわからない。しかし、グレンは他者から基本的に舐められがちなノエルにも丁寧に接してくれる数少ない人物であるため、ノエルはグレンに対しとても好感を持っていた。ヴィクトールのためにいつもがんばってくれている、というのもノエルからするとだいぶポイントが高い。

 そう、ノエルはグレンに仲間意識を抱いているのである。立場は違えど、二人はヴィクトールのことを支え守りたいと思っている同志なのだ!


 ――まあ、その仲間意識もノエルが一方的に思っているだけではあるのだが。


 寡黙なグレンと、成長と共に口を噤むようになったノエルの間に、基本的に会話はないのである。二人の主なコミュニケーションの方法は会釈だった。



「今日はいい天気でよかったね」


 そうしてノエルが暇を持て余していると、ふいにヴィクトールが口を開いた。ノエルがその声に反応してヴィクトールを見上げたときには、ヴィクトールは既にノエルを見ていた。


 おそらくこのシルヴェストル王国で、気象予報士の次に天気の話をしているのはヴィクトールだろう。ノエルと話をするとき、ヴィクトールの提供する話題は主に六割が天気の話だった。ちなみに残りの四割は体調についてである。


「……よかったです」


 ノエルは小さく頷いて端的にそう返す。相変わらず会話は広がらない。ヴィクトールはその返事に曖昧な笑みを浮かべ、それからそっと視線を逸らした。



 幼い頃はノエルが延々と好きなだけ喋って、それにヴィクトールが相槌を打ったり返事をする形だったので、ほとんど静かな時間というものはなかった。ノエルは本来ならばとてもおしゃべりなたちだったのである。

 しかし、今ではノエルがヴィクトールに話しかけること自体が少なくなってしまったため、二人の間に会話はないに等しい。


 自分から話しかけることをやめたらこんなにも会話が減ってしまうのだと思うと、ノエルは少しばかり悲しくなった。それでも今までずっと、ヴィクトールに相応しい婚約者になるためだと自身を鼓舞して生きてきた。

 ノエルの中では「王子に相応しい婚約者」というものは物静かで落ち着いているイメージだったのである。そもそもヴィクトールが落ち着いた人物のため、なおさら自分もそれに見合うようにならなければと思っていた。


 しかし、ヴィクトールの婚約者であることを諦め悪役になろうとしている今、もう相応しい存在であろうとする必要はないのかもしれない、とノエルは思った。むしろ、ヴィクトールにはこれから嫌われなければならないのだ。


 ヴィクトールに嫌われて、婚約破棄をされるのだ。そして、みなに祝福されながら結ばれる二人をノエルは遠くから眺めることになるのだろう。


 たった一人で。



 ノエルはその考えを一旦頭から打ち消すように首を横に振った。そして、今はこれからやってくるセシルに集中しようと気持ちを切り替える。ここが正念場なのだ。先のことなど考えなくたっていい。



 + + +



 ノエルは悪役になることを決めたあと、次に考えたのは今日のことである。何事も最初が肝心だ。ノエルの悪役としての人生は今日、セシルと対面した瞬間から始まることになる。

 そして今日のために、ノエルは最強に完璧な計画を考えてきていた!



 ノエルは頭の中で計画をおさらいする。


 まず、セシルがやって来たら手っ取り早く悪印象を植え付けるため、ノエルはとにかく何かしら罵倒するつもりだった。

 セシルは元はと言えば平民だ。ある程度は事前にマナーなどを教わってきたかもしれないが、それでも所詮は付け焼き刃だろうと予想している。ノエルはマナー講師に何度も怒鳴られてきた過去を思い出した。ああいうのは一朝一夕で身につくものではない。そこで「全然マナーがなってない!」などと言えばおそらくセシルは傷つくはずだとノエルは確信していた。


 例えヴィクトールの幸せのためだとしても人を罵倒するというのは心苦しいが、これもノエルが悪い人間だというのを印象付けるためなのでやらざるを得ないのだ。ノエルはセシルに心の中で謝罪した。


 そして、おそらくこの辺りでヴィクトールはノエルを軽蔑し始めることだろう。当たり前である。初対面でしかも何も悪いことをしていない相手を罵倒したのだから。

 この時点でもうだいぶ辛いが、そこで諦めるわけにはいかない。最初の罵倒は所詮は前置きである。ノエルは悪役でありながらも二人の愛のキューピッドにならなければならないのだ。むしろここからが本番なのである。


 ノエルはぼんやりとそのシーンを想像し、脳内でリハーサルをした。



『えーん、えーん! ノエル君酷いよ〜!』


 夢で見て覚えているのは主に姿だけだ。セシルの口調はよく知らないため、これはあくまでもノエルの想像である。


『ああ、ごめんごめん。少し言いすぎたみたいだね。仲直りの証に君にプレゼントがあるんだ』

『えー? プレゼントー? 一体なんだろー?』


 そこで、すかさず持参していた水筒を取り出すのだ。中には火傷しない程度にぬるい紅茶が入っている。ノエルが朝イチで丹精込めて淹れた紅茶だ。

 すると、ノエルは素早く蓋を開け、セシルに頭から紅茶をかける!


 紅茶ビチャー!

 セシル、ギャー!

 怒るヴィクトール!


『くっそー! セシルめー! 覚えておけよー!』


 最後に捨て台詞を吐きながら走り去るノエル!


 そして、残された二人が恋に落ちる――これが三日三晩寝ずに考えたノエルの完璧な計画の全貌である。


 また、ヴィクトールは氷魔法と風魔法を使うことができる。そのため、セシルがびしょ濡れになっても風魔法で乾かしてあげられるので、その面でも完璧な計画だとノエルは自負していた。ここで二人の仲はぐっと縮まるはずだ。


『えーんえーん! びしょ濡れになっちゃったよー!』

『わー、かわいそうにー! 大丈夫、僕の魔法で乾かしてあげるよー!』


 風ブワー!

 セシル、乾燥!


『あ、ありがとうございます……』

『どういたしまして……』


 見つめ合う二人。そして二人の距離は段々と縮まっていき――



「うわー!! 僕だってまだしたことないのにー!!」

「えっ何!? ノエル大丈夫!?」


 ノエルは自分の想像で多大なるダメージを負った。頭を抱えながらその場に崩れ落ちる。それから、いくらなんでもさすがに展開が早すぎるだろうと頭を振った。

 ヴィクトールは例え恋に落ちたとしても、出会ったばかりの人間にキスをするような人間ではない。ノエルはうんうんと頷いて、二人の距離が縮まっていくシーンを頭から消し去った。


 二人の仲が深まっていけばゆくゆくはそういうことになるかもしれないが、少なくともそれは今ではない。ヴィクトールのために悪役になる覚悟はあるが、二人の仲睦まじい姿を見る心の準備はまだできていないのである。


「僕はヴィクトール様の婚約者だ……集中集中」


 ノエルは小さな声で己を鼓舞した。


 なお、この計画においてグレンが介入した場合のことなどは何も考えてはいないが、ヴィクトールに危害を加えるわけではないのでおそらくグレンは静観しているだろうとノエルは楽観視している。もちろん、セシルに紅茶を避けられたり、反撃される可能性も考えてはいない。


 ノエルはちょっぴり思慮が浅かった!

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