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3:徒花令息、頼まれる

 ヴィクトールの暗殺未遂事件から王宮で働いていた者たちは一斉に見直され、王宮の警備は更に強化された。検知系の魔術によって毒物や危険物の類も常に警戒されている。それから、ヴィクトールにはほぼ四六時中、護衛が付くようになっていた。


 そのためノエルがわざわざ心配する必要などないのだが、どうしても食べ物に関してはヴィクトールよりも自分が先に食べないと落ち着かなくなってしまっていた。

 毒物の心配などほぼないし、本当に毒物が混入していたとしても、それが遅効性のものなら全くの無意味な行動だが長年の習慣のようなものなので仕方がない。


 とにかく、ノエルは数種類のベリーがふんだんに使われたショートケーキを頬張った。

 そして、目を見開いた。


「っ……!」


 まろやかな甘い生クリームが舌の上でとろける。やわらかなスポンジ生地は軽やかで、しっとりと焼き上げられていた。そして、ベリーの甘酸っぱさが丁度いいアクセントになっている。生クリームもたっぷりと使われているが甘すぎるということはなく、ベリーの酸味のおかげですっきりとして、いくらでも食べることができそうだった。

 ノエルは噛み締めるようにこくこくと小さく頷いた。問題はなさそうだ。そして、おいしい。無意識のうちに頬を緩ませ、ノエルは次々にケーキを咀嚼していった。


「……」


 ノエルがそうしてケーキに感嘆している間、ヴィクトールはテーブルに頬杖をつき目を細めながらノエルを眺めていた。自分の目の前に用意されているケーキには目もくれていない。ヴィクトールはしばらくそうしていたが、おもむろに居住まいを正すと彼は自身に注意を向けるために小さく咳払いをした。

 それからようやくノエルがケーキからヴィクトールに意識を移すと、ヴィクトールは曖昧な笑みを浮かべていた。


「実は頼みたいことがあるんだ」


 そう言いながら、ヴィクトールは自身の分のケーキの乗った皿をノエルの前に置くと「食べていいよ」と勧めた。ノエルは腹の底では困惑しつつも、ゆっくりと頷く。丁度自分の分を食べ終えていたところだった。


「……つまり、このケーキを食べてほしいということですか?」

「うーん、それとこれとはまた別かな」

「そうなんですか? ……いただきます」


 ノエルはヴィクトールの様子をちらちらと伺いながらも二個目のケーキを口にした。二個目でも変わらずおいしい。


 しかし、考えてみるとヴィクトールから頼みたいことがあるなんて言われたのは、はじめてかもしれないとノエルは緊張する。ヴィクトールからの頼みを断るつもりなど断じてないが、何か難しいことだったらどうしようかとノエルの鼓動は緊張でいつもより早くなっていた。


「学院に新しく編入生が来るんだ。僕たちと同じ二年生だよ。それでね、僕は生徒会長として、彼に学院を案内することになったんだ」


 ケーキが気管に入りそうになって、ノエルは咄嗟に咳き込んだ。


「えっと、大丈夫……?」

「編入生をヴィクトール様が直々に案内するんですか!?」

「ああ、うん。……彼には少し特殊な事情があってね。彼の学院生活をサポートするように頼まれているんだ」


 ノエルは絶句した。その編入生とやらが何者かも特殊な事情とやらも知らないが、王族がそんな役目を任されるなんて信じられなかった。編入生の世話なんて、生徒会長だからとわざわざやらされるような仕事ではないのではないかとノエルは眉を顰める。全くわけがわからない。


「……ここからが本題なんだけど、もしよかったらノエルも案内を手伝ってくれないかな?」

「はい」


 そのあまりにも素早いノエルの回答に、ヴィクトールはそれが了承の意味の「はい」なのか、ただ単に相槌が重なっただけの「はい」なのか一瞬判別が付かなかった。


「任せてください。僕も同行します」


 ノエルが重ねて返事をすると、ヴィクトールは数回瞬きを繰り返した後に「ああ、うん。よかった」と言葉を漏らした。


 ノエルがすぐさま同行を了承したのには理由がある。そう、それはどこの馬の骨ともわからないような編入生が、ヴィクトールに危害を加えないか監視するためである!


 編入生を案内すると聞いた時点で二人を追跡することはノエルの中で確定していたが、ヴィクトールからの提案によりコソコソする必要がなくなったのはありがたかった。これで堂々とその編入生とやらが無礼な真似をしないか見張ることができる。一体その編入生が何者なのかは知らないが、ヴィクトールを少しでも傷つけるような者ならば絶対に許さないとノエルは決意していた。

 ちなみに、学院の中でも常にヴィクトールのそばには護衛が付いている。そのため、仮に編入生がヴィクトールに何かをしようとしても、ノエルより先に護衛が素早く対処するだろう。しかし、そんなことは今のノエルの頭になかった。


「あの、ヴィクトール様、ところでその編入生というのはどのような方なんですか……?」


 僅かに緊張を携えながらも、ノエルはヴィクトールに尋ねた。さすがに筋骨隆々の巨漢だったりしたら敵わないかもしれない。いやまあ、相手が巨漢でなくとも大抵の人間よりノエルは弱いのだが、そこは一旦目を瞑った。


「うーん、僕も彼には会ったことがないから人柄はよく知らないんだけど、どうやらとても勇敢な人らしい」

「勇敢……」


 ノエルのどこか曖昧な反応に、ヴィクトールは理解を示すようにゆっくりと頷いた。


「それから――」


 続けて何かを言おうとしていたヴィクトールだったが、中途半端に口を開いたまま動きを止める。少し時間をかけて軽く息を吸って吐くと、ヴィクトールはテーブルに置いていた自身の手に視線を落としたまま話を再開した。


「……それから、彼は元々孤児だったんだ。一年ほど前に伯爵家の養子になったみたいでね、学校に通うのもこれが初めての経験らしい」


 ヴィクトールの言葉にノエルは思わず瞠目した。ヴィクトールがわざわざ関わり合うような相手だと聞いて、てっきり他国の王族かそれに準ずるような身分の相手だと思っていた。しかし、今は伯爵家の養子とはいえ元孤児だなんて驚きだ。信じられない、と声に出してしまいそうだった。


 確かに学院は優秀ならば身分も関係なく平民であっても特待生として受け入れているものの、こんな事例はいくらなんでも聞いたことがなかった。

 学校に通ったことのない人間が正式に一年から入学するわけでもなく、編入という形を取ることにどうしても違和感を覚える。特別扱いをされているのは火を見るより明らかだった。


「ど、どうしてヴィクトール様がその方のために時間を使わなければならないんですか? 案内なんて他の者でもできるじゃないですか。生徒会長の仕事ではないと思います。わざわざヴィクトール様がそんなことしなくたって……」


 ノエルの訴えにヴィクトールは眉尻を下げた。それから口角を上げようと試みたようだが、結局のところうまくいかず小さく息を吐く。


「彼には特殊な事情があると言ったよね」

「……はい」


 ノエルはしぶしぶ頷いた。不服な気持ちをケーキを食べることによって誤魔化した。


「……彼はね、君と同じ――光魔法の使い手なんだよ」


 銀製のフォークがノエルの手から滑り落ちて、ケーキの乗っていた陶磁器の皿にぶつかる。静まり返った二人の間にその音は嫌に響いた。


「ああ、そうだ。すっかり忘れてたよ。まだ言っていなかったよね。彼の名前は――」

「セシル・メレディス」


 ヴィクトールの言葉を遮るように、ノエルの口からその名がこぼれ落ちた。


「あれ、もう知ってたんだね」

「……はい。まあ……そう、ですね」


 いや、知らない。本当はそんな名前聞いたこともない。ただ、覚えている。


 ノエルはその人を知らないけど知っていた。


 セシル・メレディス。元孤児で平民だったが、メレディス伯爵家の養子になった少年。ノエルと同じ、光魔法の使い手。

 ノエルは覚えていた。そうだ、覚えている。あの夢の内容を覚えている!


 ――セシルはあの夢に出てきた少年だ。ヴィクトールが、笑いかけていた少年だった。



 + + +



 光魔法の使い手は王族との婚姻が決められている。その理由は数百年も前のシルヴェストル王国のとある出来事まで遡ることとなる。



 王太子殿下であるシャルル・シルヴェストルが病に倒れた。その報せが国中を駆け巡るのに、そう時間はかからなかった。


 当時はまだ治療法の確立していない未知の病だったらしい。国中の医者たちも早々に匙を投げてしまい、ただシャルルの命が尽きるのを待つだけの日々が続いた。ほぼ全員といってもいいほどに、皆がシャルルを諦めていたのである。


 そんなある日、とある平民がシャルルのもとを訪れた。その平民こそが光魔法の使い手で、シャルルの学友でもあったエマという女性だった。エマは辺境の小さな病院で働いていたが、シャルルの噂を聞きつけて急いで駆けつけたのである。

 医者で元学友とはいえ平民で名も知られていないエマがシャルルのもとに辿り着くまでは一苦労だった。しかし、国王たちは藁にもすがる思いでエマをシャルルの眠る別邸へと招いたのだ。



 ――そして、エマは光魔法により瞬く間にシャルルの病を治したのである!



 エマはシャルルを救ったことから聖女と呼ばれ、救世主として国中から持て囃された。それから、当時では信じられないことだったが国王からの推薦と民衆からの熱い支持により、エマは平民でありながらもシャルルとの婚姻を許されたのである。


 エマの活躍はシャルルの妻になったあとも留まることを知らなかった。シャルルはエマのおかげで一命を取り留めしばらくしてから無事に王位を継承した。それからエマは王妃としての公務の傍ら医療系の魔術の研究に従事し、なんと同性同士での妊娠をも可能とさせたのである! その研究は不妊治療にもある一定の効力を発揮し、国中の人々は再び聖女の活躍に熱狂した。


 エマはとても優秀な女性であった。



 それから、人々は聖女であるエマを見て「光魔法の使い手こそが王族の相手に相応しい存在だ」と捉えるようになっていった。そうして、いつしかシルヴェストル王国では光魔法の使い手は身分や性別など関係なく、王族との結婚が義務付けられるようになっていったのである。



 ノエルはその恩恵を一身に甘受している存在だった。



 + + +



 光魔法の使い手は年々減少の一途をたどっている。ノエルたちの世代では、光魔法の使い手はノエル以外にはいないはずだった。だからこそノエルはヴィクトールの婚約者でいることができたのだ。

 しかし、そこに新たに光魔法の使い手であるセシルが現れてしまった。



 つまり、ノエルの唯一の優位性がなくなってしまったということだった。

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