第3章 3月(4)
「星杜学園1年 波原小春 168㎝ 60㎏。 けっこう大食い!」の続編なので、当小説内で直接的にはわからない人物関係・背景・エピソードも出てきますが、ご容赦下さい。
小春が懸念しているような事は、はたして起こるのでしょうか。
桐生や友哉のクッキーの行方は?
残り数回、ラストまでお楽しみ下さい!^^
(もしも、クッキーを渡そうとした相手の女子生徒が、さっきの子のようにごめんなさいだったら……)
(いや、でもその子がクッキーを受け取ってくれれば、別に問題はないわけで)
(だけど、万が一、万が一にもあたしの投じた特別プレートが優先されることになるとしたら……)
(大衆の面前で、もしもこのあたしがクッキーを受け取るハメになったら……)
私の背中を冷や汗が流れ落ちる。
(だってあたし、そんな事知らなかったし、ただ深く考えないで……)
体育館の中で進行しているまわりの事柄は、もうすでに眼中からは消えている。私の頭の中に次々と浮かんでは消える、これから起こるかもしれない情景を考えるだけで、めまいがしそうになる。
(それよりも何よりも、当の本人に勘違いされる可能性が大なわけで……)
きっと俯き加減で一人、ぶつぶつと呟いていたんだと思う。何かの拍子で、はっと我に返って顔を上げた私の前に、一人の男子生徒が立っているのに気がついた。
同時に、私の名前を呼ぶ、麻莉子の声も聞こえてくる。
「小春ちゃぁん、小春ちゃんってばぁ!」
そして私の前に立つその男子生徒と目が合う。
「きっ、きりゅう?」
私の前に立つ生徒は、なんと桐生誠也だった。ステージ上に居たはずの桐生が、なぜ私の前に立っているのかを不思議に思うよりも前に、桐生が私の名前を呼ぶ。だが、この喧騒の中、何人の耳にその声が聞こえたかは分からない。
「小春」
桐生の声は、かつて聞いた事がないくらいに優しい声だった。
「なっ、なんで桐生がここに?」
とまどいまくりの私には、そう返事をするのが精いっぱいで、でも次の桐生の言葉を聞いて、さらに腰が抜けそうになる。
「俺と踊って下さい」
桐生はそう言うと、私の前にあまりにも似つかわしくない(桐生にとっても、私にとっても)、かわいらしい紙袋の包みを差し出したのだった。
「いぃっ!?」
今、桐生はなんて言った?
『オ・レ・ト・オ・ドッ・テ・ク・ダ・サ・イ』なんて、言わなかったか?
私は、みじろぎもせずに桐生の顔を見つめていた。瞬きをする余裕さえもなかった。
(き、き、きりゅうが、な、な、なんで、あたしなんかに!?)
(し、し、し、しかも。踊って下さいって……なに!? 踊って下さいって!??)
「小春ちゃぁーーーーん、早く返事をしなきゃぁ~。いつまで金縛りになってるのよぅ~」
麻莉子の声だ。
(そんな、いつまで、って言われたって)
「あの、その……桐生、踊る……っていうのは……」
「今日はホワイトダンスパーティーだ、小春。おまえが俺にチョコを投じてくれたのなら、俺とワルツを一曲踊ってくれないか」
「「「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
っと、女子生徒たちの悲鳴が上がる。
『小春ちゃぁん、どうなの、入れたの? 入れなかったの?』 と、麻莉子の声が遠くから聞こえる。
私に向かって差し出された、かわいらしい桜色した紙袋が目の前で少し揺れていて。
「おぉーーーーーーっとぉ。第4位のチョコ王子の桐生くんは、なんと同じクラスの波原小春さんにクッキーを差し出しましたぁ! やはり、星杜学園の映画撮影で行動を共にする時間が長かったことは、2人の気持ちを密にしたという事なのでしょうかっ!?」
どうして、あたしに!? 桐生とあたしは、中学時代から仲は良くなかっていうのに? 距離が近くなったと言っても、それは映画の設定上での話だけでしょ??
「波原さん、固まっています。はたして桐生くんの申し出を、受け入れるのか、それとも、先ほどに続き、二度めのごめんなさいになるのかっ!?」
皆の視線が集まっていた。ある人は好奇のまなざしで、ある人は悲痛なまなざしで。
「小春、どうなんだ? チョコは俺に入れてくれたのか?」
桐生の言葉に、私の思考が少しずつ動き始めた。そうだった。ここで考える必要は何もないのだ。チョコを入れたか、入れないか、それを伝えればいいだけなんだ。
「あの……あたし」
視線を外してはいけない。それは桐生に対して失礼になるだろう。大きく息を吸った。
「桐生、ありがとう。でも、ごめんね」
私の言葉の後で、館内がどよめいた。桐生の肩が、大きく一つ上下する。
「そうか」
桐生は、一言だけそう言うと、くるりと背を向けてまたステージ上へ戻ろうとする。その後ろ姿を見た私は、今更ながらに膝がガクガクと震えていることに気付いた。
「ま、ま、ま、麻莉子~~~、なんで桐生は、私なんかに~~~~!?」
私は、思わず麻莉子に覆いかぶさるようにして抱きつく。
「なんでってぇ~。もぅやっぱ小春ちゃんは、にぶちんだよぅ~。これは2人ともかわいそうだよねぇ~」
麻莉子はそう言いながらも、続けて小さな声で。
「でも、まずはぁ、友哉くん的にはセーフって事だから、いっかぁ~」
(セーフ?)
「ほら見てよぅ、友哉くんのあの安堵に満ちた顔ったらぁ~、おっかしぃねぇ~。さっきまではぁ、ガチガチに緊張して青い顔してたっていうのにぃ~。友哉クン、小春ちゃん以上に死にそうな顔していたんだよぅ~」
なんで友哉が死にそうな顔をしなければならないんだろう。
桐生にチョコを入れた女子生徒の中から、抽選で名前を呼ばれた一名が、ステージに上がる。これまた羨みと嫉妬の入り混じった悲鳴が飛び交い、その女子生徒は、顔を真っ赤にしてステージ上の桐生の横に並んだ。
(あたしなんかより、よっぽどお似合いの2人に見えるからね、桐生)
桐生に対する少しの後ろめたさ(どうして後ろめたいのかは自分でも分からなかったが)を、そんな言葉でごまかしてみたものの、続いてもっと大変な事が起こりうる可能性がある事に、私はたいそうおびえていた。
(どうか友哉が、自分にチョコを入れた女の子を選んでくれますように――)
心の中で、繰り返し、何度も何度もそう唱え続けていた。




