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「どういうことだと思う?」
僕は本を片手に問いかける。
「どうって。デートの誘いじゃないの?」
返ってきた返事はとても淡白なもので。
僕の散らかった自室で、セナと二人、ベッドに腰かけて、本を読み耽る。今日はそういう日だった。
「デートか。そういう感じでもなかった気がするんだけどな」
何の話かと言えば、夜凪さんのことだ。
僕と彼女は、夜中に、ひっそりと会う関係だった。はずなのだ。それが何故だか訳ありそうな顔をして、僕を昼に誘ってきた。
いつもと違うということは、それなりに理由がある訳で。
「律は考えすぎなんだよ。いいじゃないか。デートでもなんでも、私は嬉しい。悩むということは律が人付き合いを始めたということだからね」
「誰目線だよ」
「親目線、かな」
「ママ、お茶取って」
「はーい、お口開けてねー」
セナは僕の頭を胸に引き寄せ、コップに入ったお茶に指を浸すと、指先を僕の口へと運ぶ。
僕はどうせ直前でやめると思っていたのだが。彼女は止まらない。
「ちょっと待って。セナ、なんだか特大にやらしい気配がする」
「そう言わずに、ほら」
彼女の手が迫ってくる。僕は諦めて、受けいれた。
お茶を一滴、彼女の指から飲ませてもらう。
もう一滴、もう一滴と、彼女の指から滴る雫を舌の上に乗せ、喉を通っていく。
僕は次第に次の一滴が待ちきれなくなっていき、縋るように口を開けて待つ。吐息が漏れる、鼓動が早くなる。そんな僕の顔に、セナは満足気にして、また僕の口に一滴垂らす。
やがて僕の呼吸が荒くなって、セナが鋭い、何か滾っている瞳をし始めた辺りで僕は理性が働いた。
「……セナ、もう充分だから」
「そう、……もう一滴くらいいっとく?」
「遠慮しとくよ。なんだかこれを続けたら取り返しがつかなくなる気がする」
「そっか、残念」
気を取り直して、本に目を向け直すと、何処かから視線を感じる。まさかと思って部屋の扉をほうを見てみたら。そこから未耶が覗いていた。
「兄さん」
部屋の扉が思い切り開かれる。
「セナさんといちゃつくのはいいですが、私を忘れないでください」
未耶は部屋に侵入してくると本棚から幾つか本を取り出し、僕の隣に腰かける。
「兄さんの隣は私のものでもあるんですから」
未耶は僕を背もたれにして本を読み始めた。
「相変わらずのブラコンだね。未耶ちゃんは」
セナはベッドに寝ころぶと僕の膝に脚を乗せて寛ぎ始める。
「セナさん、これはブラコンなんて生易しいものじゃありません」
「ほう」
「いいですかセナさん、日常とは当たり前だから日常なんです」
「つまり?」
「私は当たり前から兄さんがいなくなったら生きる理由がなくなってしまいます。それに家に兄さん成分が充満してないと呼吸できません。人生終了です」
「……重たい愛だね」
セナの感想に、僕も乗っかりたいところだった。
「ところで兄さん、私はさっき盗み聞きをしていたのですが」
「うん。うん?」
「デートのご予定があるとかないとか」
「うん。デート、なのかな。この間言った」
「楓さんですか」
「そう。未耶はどう思う? やっぱりデートかな」
「そうですね。兄さん的にはデートかどうか怪しいんですよね」
「なんというか、デートの誘いにしては思いつめていた気がする」
「ならデート、ということにしておきましょう」
「それ、僕だけ思い上がってるみたいじゃないか?」
「いいんですよ。思いつめていたならば、デートだと思って最大限尽くしてあげてください。その思いやりはきっと伝わります」
「……そいうものかな」
「そういうものです」
未耶は本に視線を落としたまま微笑んでいる。それは優しさの塊のようだった。
「未耶ちゃんの言う通りだね。律、精一杯エスコートしてきなさい」
セナは足で僕を突いてくる。
「他人事だと思って……」
「他人事だからね」
僕は腹が立ったのでセナの足裏を指でなぞる。
「んっ、ちょっと律……! ふはは……!」
「どうだいセナ、あんまりふざけたこと言ってると僕の手がどんどん上に上がっていくけど」
「律……! それは色んな意味でまずいよ……!」
笑い続けるセナに僕は太ももの辺りまでで勘弁してやった。
「はあ……。律、覚えててよ? 今度仕返しする」
「受けて立つ」
「兄さん、やり過ぎです」
未耶に脇腹を突かれる。
「大丈夫だ未耶。セナは案外喜んでるから」
「適当言うんじゃないよ」
セナが心外、といった顔になっていた。
「ところでセナ、夏休みの課題は終わったか?」
「律、私が初日に全て終わらせるタイプだと知って言ってるね? 決めた、仕返しに絶対写させない」
「わかった、僕が悪かった」
「そんな雑な謝罪で許されるとでも思ってる?」
「じゃあどうしろっていうのさ」
僕はセナに詰め寄る。
「逆ギレとはいただけないな。ならこうしよう。今日の夕飯は君の目の前で、私が未耶ちゃんに食べさせてもらおうかな」
「待てセナ、それはあまりにずるくないかな。僕だって高校に上がってから一度もしてもらってないのに」
「逆に中学まではしてたんだね……」
「当たり前だろ」
僕は憤慨していた。セナだけなんて、絶対に許されない。
「なあ未耶、セナだけなんてありえないよな?」
未耶は本に視線を落としたまま考え込んで、結論を出した。
「じゃあこうしましょう。兄さんとセナさんで食べさせ合いっこで仲直り。これでどうでしょう」
「未耶、それは一体何の意味があるんだ……?」
「見ていて私が楽しいです」
「そうか……」
駄目だ。未耶も自分のことしか考えていなかった。
「いいじゃないか律。私が食べさせてあげよう。きっと美味しいよ?」
「いや、いい。未耶のほうが絶対美味しいから」
「なんだよ、乗ってくれてもいいのさ」
セナは「あーあ」と、残念そうに本へ視線を戻す。
それからは互いに静かに本を読んでいて。
僕は今晩の夕飯に思いを馳せながら、夕方あたりまで読書の時間は続いた。




