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『家に迎えに来て』
そんなトーク画面を見つめて早数十分。僕はチャイムを鳴らそうか迷っていた。
夜中、夜凪さんの家に迎えを頼まれて、一応、着いたことも連絡したのだが。既読もつかないし。ただ、こんな深夜に年頃の娘を連れ出す男とはどうだろうか。ご両親に合わせる顔がない。
そんなこんなでもう十分ほど待っていると、玄関の扉が開く。
「お待たせ」
彼女は平気な顔で僕の隣に立ち、勝手に歩き始める。
その太々しさに感服しながら僕も後ろをついていった。
「大分待ったよ、もう帰ろうかと思った」
「そこは全然待ってないよって言うとこでしょ?」
「僕も最初はそう言おうと思ってたけど、待ったものは待ったからね」
「そ。でも待った甲斐があったでしょ?」
彼女は見せつけてくる。
何をって、その身体を。
ショートパンツに肩の出たシャツ。今日の夜凪さんは大胆だった。
「夜凪さん。もうちょっと淑女らしくして」
「安達君がジャージでも滾るっていうから、あえて攻めてみたのに。駄目?」
「駄目ではないよ。でもね夜凪さん。恥じらいって大事だよ」
「難しいのね」
彼女は納得したのかしてないのか。どっちともつかなかった。
「安達君。今日はコンビニに行きます」
「それはいいけど。何をしに?」
「アイスを食べに」
彼女はご機嫌なのか、鼻歌を口ずさんで僕の先を歩いていく。懐かしい歌だった。
「ねえ安達君。君って幽霊とか信じる?」
「夜凪さんってオカルトとか好きなの?」
「別に。で、どうなの」
「うーん。信じてはいない、かな。まあいたらいたで面白いとも思うけど」
「じゃあ私が幽霊ですって言ったら?」
「触ってみてもいい?」
「やらしいのは駄目」
「冗談だよ。でも夜凪さんみたいな幽霊だったら大歓迎かな」
「どうして?」
「可愛いから」
「正直だね。そういうの嫌いじゃないよ」
そう言って一歩先をいく彼女の先にはコンビニの灯り。さて、どのアイスを食べようか。
「安達君。奢って?」
「もっと可愛くおねだりしてくれたら考えなくもない」
「私そういうの苦手」
「じゃあこう言おう。僕の手を握って、『駄目?』って」
僕が目一杯女の子ぶって言ってみるとどうだろうか。夜凪さんはかなり引いていた。
「ごめん夜凪さん、その反応は傷つくよ」
「大丈夫。私も心が抉れたから」
結局、彼女の精神にダメージを与えた結果、僕がアイスを奢ることになった。どうしてだ。
会計を済ませてコンビニの外に出ると彼女は駐車場の隅にしゃがみこむ。僕も壁にもたれかかった。
彼女はアイスの袋を開けてアイスを眺める。全然食べようとしない。実はそんなにアイスが好きじゃないんだろうか。
僕がずっと見つめていると彼女も気づいたのか睨み返してくる。
「見ないで安達ちゃん」
「ごめん。でもせっかく奢ったんだから美味しそうに食べてほしくてさ」
「……それもそっか。ありがとね安達君」
そう言って彼女は一口齧る。これでもかと無表情だった。
僕も食べるかと、アイスの袋を開ける。一口齧ろうとしたところで、横目に彼女の顔が目に入る。その横顔が気になって、僕は口を閉じた。
「夜凪さん、どうかした?」
「え? どうもしないけど」
「そう」
それから、彼女は喋らなかった。無言でアイスを齧るだけ。
やっぱりよくわからない女の子だ。絶対何か言いたそうなのに。それとも僕の勘違いだろうか。でもそうなら、ずっと黙ったりしなさそうだし。
僕はアイスが手に垂れてきた頃、未耶に言われたことを思い出した。自分から寄り添ってみるべきだと。寄り添うってどうしたらいいかわからないけれど。僕は彼女だから話せることが、話したいことが一つあった。
「夜凪さん」
呼んでみると彼女は腑抜けた顔で僕を見る。僕は意を決して話始めた。
「あのね夜凪さん。実は僕、前にも言ったけど、昔彼女が居たことあって」
「……」
「一応聞くけど、それはどういう反応かな」
「面倒臭い別れ話とか聞かされるのかなって反応」
「そう言わないでよ。――それでさ、僕、もう別れてるんだけど。どうしても納得いってないことがあるんだ。それを夜凪さんに聞いてほしくて」
「どうして私?」
「いい具合に他人だから、かな」
僕は妹にすら話していない愚痴の吐露を始めた。
「僕の彼女、それはもう我儘でさ。色んな無茶に応えたよ」
「例えば?」
「人と話すな、とかかな。女子だけじゃなくて、男子と反しても怒られた。後スマホは完全に管理されてたし、夜中によく通話もかかってきたっけ」
「それ、生きてるだけでしんどくない?」
「当時はそれでも幸せだったんだよ。恋は盲目。彼女の期待に応えることで生を実感してた気がする」
「じゃあなんで別れたの?」
「そこがこの話の肝で」
僕は息を溜めて勿体ぶった。
「実は僕、妹がいてね。それはもう可愛い妹なんだけど」
「いくつ?」
「中三。年頃の女神」
僕は見せたくて堪らないから彼女にスマホから写真を見せる。
「へえ。似てるね」
「目元とかね」
「で、妹さんが何か関係あるの?」
「僕妹がなにより大切でさ。全ての物事に置いて第一優先されるのは妹なんだ」
「きもいね」
「直球だね。まあそれはいいとして。……ある日彼女に言われたんだ。私を一番にしてって。それで僕は言ったんだ。言っちゃったんだよね。わかったって」
「あー、なるほど」
「察しの通りでさ。僕は彼女を一番にできなかった。そしたら言われたよ。『シスコン屑野郎。私の時間を返せ』って。ついでにビンタのおまけつき」
僕は思い出して頬を擦る。
夜凪さんはと言えば。心底どうでもよさそうにしていた。
「夜凪さん、興味無さそうだね」
「だって、しょうもないもの」
「それはそうだ。でもね夜凪さん。僕にとってはいい思い出なんだ」
「ビンタされたのに?」
「ビンタされたのにね。僕は彼女のことが忘れられない。別に寄りを戻そうとかは思わないんだけど。でもまあ、納得出来てないこともある」
「そう言ってたね」
「最後の別れ際にさ。彼女言ったんだ。『あんたほど期待に応えてくれない男はいない』って。酷くない? 僕期待に応えようと結構頑張ったのにさ」
「でも駄目だったってことじゃないの?」
「そうかな。だって僕、着たくない服着させられて、デート中も神経張り詰めてエスコートして、中学生なりにお金も工面して、日々の生活でも彼女の言うこと聞いて、色々犠牲にしたんだよ? それでさっきの言い草は酷いと思わない?」
「……ちょーどうでもいい」
僕がつらつらと不平不満を連ねたせいで、彼女の興味関心がどんどんと薄れていた。
「夜凪さん、僕の気持ちになってみてよ」
「無理。安達君ほどアホにはなれない」
「アホってなんだよ」
「だってそうでしょ? そんな女、さっさと別れればよかったのよ」
「わかってないな夜凪さん。彼氏彼女がいるって、結構気持ちが良いものだよ?」
「でも結局別れたじゃん」
ばっさり言われてしまう。その通りだった。
「まあ、そうだね。……僕は結局、彼女がいることに浮かれていただけだったかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて?」
「……浮かれているだけでした」
「よく言えました」
夜凪さん、容赦ないな。
「まあ、そんな感じだったんだ。僕はそれがずっと誰にも言えなくて」
「言う相手、私でよかった?」
「勿論、夜凪さんでよかった。どうでもよさそうに聞いてくれたのが特によかった」
「それはどうも」
僕は溶けたアイスを口にする。手がべとべとだった。
「それで夜凪さん、君はどうしたのかな」
僕はやっと、本題に入った。
「どうしたって?」
「夜凪さん、様子がおかしいから」
「私はいつも通りだよ」
「じゃあここで問題です。僕が元カノの話をしているとき夜凪さんは何回虚無な目をしていたでしょう」
「……それ、数えてたの?」
彼女が僕をジト目で見つめる。
「正解は十三回でした」
彼女は未だ僕を見つめる。
「……安達君。君、幽霊は信じる?」
「またその話? 夜凪さんはオカルト路線に走るのかい?」
「……ちょっと考えさせて」
彼女はそれだけ言って立ち上がると、コンビニにまた入っていく。
置いていかれた僕は、残ったアイスを呑み込んで夜空に向かって耽る。
「ちょっと急ぎすぎたかな」
本題に入る前に。もうちょっとクッションを挟むべきだったかもしれない。
でも僕は気になってしまったのだ。未耶やセナ曰く、他人に興味のない僕が、柄にもなく気になって。事を急いたのは慣れないことをしたせいだろうか。そして少々疲れたのも慣れないことをしたせいだろうか。
でも、気になったのだ。僕はあまり夜凪さんのことをしらない、けれど。あの横顔は、ちょっと悲しそうというか、虚ろというか、何か困っていそうで。僕はついお節介を焼いてしまったのかもしれない。
「安達君」
僕は突然話しかけられて肩を震わせた。コンビニから出てきた彼女はお菓子を一杯に買い込んでいた。
「夜凪さん、それは?」
「今日はもう帰るから。これから家で食べる用」
その量を食べるのか……。
「今日は早いね」
「うん。それでね安達君。次の予定なんだけどさ」
彼女は、なぜだか気恥ずかしそうだった。そして片側の髪をかきあげて、言った。
「今度は、お昼に会わない?」




