2-4
二日目の日程も、セナ目当てに人数が増えてにぎわった日にはなったけれど。つつがなく終わって。
僕はまたホテルの部屋で一人、同部屋の人もいないから寛いでいた。風呂も済ませてベッドに寝ころんでいたのだけれど、そんな静寂は破られた。
スマホに着信。なんとなくそんな気はしていて、そしてその予感は的中する。夜凪さんだった。
僕が通話に出ると開口一番彼女は言うのだ。
『来て』
「あの。えっと。そちらに向かえばよろしいので?」
『五分ね』
それだけで通話が切れる。僕はしかたなし、重い腰をあげて部屋を出た。
一応、誰かに見られると面倒だなと、こっそりと移動する。
そうして夜凪さんの部屋の前まで来て、扉をノックすると。彼女はそろりと扉を開けて顔を覗かせるのだ。
「いらっしゃい」
彼女は「入って」と僕の手を引く。僕はされるがまま仲へ入り、彼女のベッドの上に座らされる。そして彼女も僕の隣。ではなく。膝の上に座った。
「夜凪さん?」
「別にいいでしょ、これくらい」
彼女は僕の腕を取ると自分の腰に手を回させて、抱き留めさせる。それで満足なのか、僕によりかかって瞼を閉じて。完全にリラックスしていた。まあ、そういうときなのだと。僕も理解して腰を抱き留める力を強めた。
「今日はどうだった?」
僕が尋ねると彼女は浅くため息をつく。
「そうね。疲れたかな」
「僕も」
僕は今日の顛末を彼女に話す。それを聞いて、彼女は興味深そうに「へえ」と。吐息混じりに呟いた。
「ねえ安達君。藍那さんの様子はどう?」
「どうって。まあ戸惑いつつ、なんだかんだ内心喜んでいた、みたいな」
「そっか」
その返事はどこか含みがあった。夜凪さんは一度、セナの記憶を体験しているから。セナと話したこともないのに、僕よりセナに近くて、理解していて。だからその含みに僕は引っかかりを覚えた。
「夜凪さんも、やっぱりおかしいとは思う?」
「そりゃね。彼女が戸惑うのも、それでも受け入れちゃうのもよくわかるけど。それに明確な答えを求めないのがよくわからない、かな」
「セナならそうするってこと?」
「うん。どうだろ、彼女は――」
夜凪さんはそこで言い淀む。
「夜凪さん?」
「やっぱなんでもない」
「なんでもないことはないでしょ」
「いいの、なんでもないの」
夜凪さんは不服そうに僕の腕から逃れると、立ち上がって僕をベッドに突き倒す。そしてそのまま上に飛び乗った。僕は衝撃で呻き声をあげながら彼女を受け止める。
「夜凪さん、手加減して……」
「重い?」
「お、もくないです……」
「よし。いい子だね」
彼女は僕の上から転がり落ちて僕の腕に頭を収める。
「ねえ夜凪さん。今日は一段と甘えてくるじゃない」
「駄目?」
その言い方はずるくて。僕は流れるまま彼女の髪に指を絡めた。
「ねえ、明日はどうするの?」
彼女が聞いてくる。
「ああ、明日はセナと、回る予定なんだけど……」
言いながら僕は言葉尻が弱くなっていた。だって、夜凪さんが虚ろな、呪い殺されそうな目で僕を睨みつけるから。
「安達君。私はね? 別に君を縛りつけたいわけじゃないんだよ? それはわかるよね?」
「……はい」
「でもさ? 一言くらい、私に確認取ってくれてもよかったんじゃない?」
「……おっしゃる通りで」
彼女は深く息を吐くと僕の頬に手を添える。
「今回はまあいいけど。でもわかってよ? そういうことされると、私の孤独が加速する」
「……はい」
「私は弱いから。わかるよね、言いたいこと」
そう、僕の頭を掴んでまじまじと見つめてくる。
彼女は。夜凪楓は、僕がいるから孤独じゃなくなった。だから僕は彼女と運命共同体でなくてはならないのだ。良くも悪くも、道ずれなのだ。そういう約束を、あの日、消えるかもしれなかった日にしたのだ。
それは一般的には健全な形ではないかもしれないけれど、僕も彼女もそれを良しとしているし、そのおかげでより強固に繋がっているから。故に僕は彼女に、忠誠に近いものを誓わなければならないのに。
僕はどうしてか頭に夜凪さん以外がちらついていた。
「安達君、今なに考えてる?」
そんな迷いを、彼女は見逃さない。
「えっと。夜凪さん可愛いなあ。とか?」
「安達君って本当に嘘が下手だよね。藍那さんのこと考えてるでしょ」
「……」
「図星か。まあいいけどさ。いいけど」
彼女は全くよくはなさそうで。
僕の頭を自分の胸に抱き寄せる。その薄い胸は、彼女の想いがよく伝わった。よくないな、不安にさせてしまって。
「藍那さんにばっか構わないでよ?」
「わかってる」
とは言いつつ。僕はそんな彼女にあまり温もりを余り感じられていなかった。
「? 安達君?」
その異変にも彼女は勘づきそうになっていたから、僕は誤魔化すように彼女を抱き留めて、なるべく、努めて優しく、囁いた。
「なんでもないよ」
「……そっか」
なんだろう、幸せなはずなのに。罪悪感。
僕は彼女に触れる手に、迷いが生じているような。そんな気配に知らないふりをした。




