2-3
修学旅行は二日目に入る。僕は慣れないベッドで目を覚まして、妹がいない朝に憂鬱を覚えながら身支度を整える。
今日はクラスの班ごとに行動だった。僕もセナも、簡単に言えば余り者で。そしてそんな僕らと組むのもまた余り者で。何の繋がりもない即席グループ、今日はただこなすだけの一日だと思っていたのだが。
僕が班の面々と合流したときにはそれはもう始まっていた。
なにか騒がしい。と、僕が集合場所に顔を覗かせると。どうしてかセナが絡まれていた。それは一応危ない人ではなさそうで。同じ制服、他のクラスだろうか。制服を着崩し、派手目な男女グループ。
会話に聞き耳を立てていると、どうやら今日一日、この二グループで旅行を巡りたいらしく。というか、彼らはセナが目当てのようで。あれこれ理由をつけて彼女に迫っていた。
セナはそれはもうたどたどしく受け答えをしていて。断ろうにも断れないような具合で。僕以外の班員はまあ、余ってしまうくらいだから。ただそれを傍観してるだけ。
僕も大変そうだなと、傍観していたかったのだけど。目敏く、セナが僕を見つけてしまった。目が合った。
途端、彼女は僕のほうに走ってきて、僕の影に隠れてしまう。するとどうだろうか。彼ら別班の男子たちに僕は目をつけられてしまった。
どうしよう。彼らが僕に迫ってくる。
「律、なんとかして……!」
僕の後ろでセナが喚いていた。そんな無茶言われても。
「君、藍那さんの友達? よかったら今日一緒にどう?」
そう、細身の背の高い男子に気さくに声をかけられる。
「突然でごめんね? 俺らどうしても藍那さんと一緒がよくてさ。あ、でも急にお邪魔しちゃって悪いから、行き先とかそっちで決めていいし、あんまり邪魔もしないようにするから。どうかな」
「はあ。どうって言われても」
強引ではありつつも、物腰柔らかいし、立場も弁えているようだし。後顔が良いし。悪い人間ではなさそうだった。
「律、断って」
セナが耳元で囁いてくる。くすぐったいな。
「君、名前は?」
そう、男子が尋ねてくる。
「安達です」
「そっか。安達君、どうにかお願いできないかな」
その男子は僕の名前を呼んで、懇切丁寧に頭を下げてくる。これは。そういうことなのだろうか。そういうこととは、まあ、セナとお近づきに、みたいな。それにしては隠さな過ぎだけれども。
まさかまさかだ。あのセナが。いやまあ、身体だけなら人を惹きつける。ただ、やっぱりおかしい。だってセナは誰とも接点もなく、人に好かれたい割には人を遠ざけていて。基本他人に冷たい。昨日の新幹線での光景も一旦はスルーしたけれど、今になって思いだす。これは異常事態だった。
「断って」
セナは切羽詰まって僕に懇願してくる。どうしようか、これ。僕に断る勇気なんてないし。この男子結構誠実そうで、気が引けてくるし。
そんな中、その男子は思い切って宣言した。
「藍那さん、今日のご飯とか全部奢ります。どうでしょうか……!」
まさかの金で釣る作戦に出てきた。
「……なるほど?」
後ろでセナが興味深そうにしている。見事に釣られていた。
「セナ……?」
僕が呆れているとセナは咳払いをして誤魔化す。
「いや、うん、そうだね駄目だね」
男子は更に頭を下げてお願いしてきた。
「今日一日だけ僕にください……!」
僕はその真摯な姿勢に躊躇ってしまって。なんかもう面倒になってきたし、言ってしまった。
「わかった」
「ちょっと律⁉」
セナが耳元で叫ぶ。うるさいなあ……。
「まあいいじゃないかセナ。滅多にない機会だし。この際交友関係を広げたらどう?」
「それ私が同じこと言ったら君どうする?」
「キレる」
「だよね? 私もだよ? 私のことよくわかってるよね?」
「なら自分で断ったら?」
「それは……」
「諦めろセナ。僕はもう諦めた」
「この……。裏切り者……!」
セナはそう僕に腹を立てて肩を握り締めてくる。そして男子のほうは「やった……! ありがとう……!」と、涙ぐんで僕の手を握り締めてくる。僕は前後から揺すられて、目が回りそうだった。
とまあ、こうして二日目が始まる。なんだか予想に反して、気苦労の多い一日になりそうだった。
*
六人と六人、大所帯になってしまった僕たちグループは誰もが知っているであろう名所に足を運んでいた。世界遺産にもなっている、十三メートルの高さにある寺、らしい。
僕はグループの後ろで大人しくその絶景を眺めていた。紅葉はもう少し後のようだけれど、それでも木々に囲まれ、高いところから見えるのはいい景色ではあった。釘が使われてないとかいうこの建物も、趣深いものがある。
そんな景観を未耶にも見せてやろうと写真に収めながら、念のためセナのほうも気にかけていたのだが。そちらはもういっぱいいっぱいのようだった。
「藍那さん、ここ綺麗だね」
例の男子に話しかけられれば、セナは困ったように薄ら笑いを浮かべる。
「あっと、うん」
「一緒に写真撮ろうよ」
「え? まあいいけど」
そうスマホを構えられて、セナは引き攣った顔で写真に収まっていた。
「二人だけずるいって。私らとも撮ろー?」
そこへ女子たちまで混ざって、セナを囲む。これがちゃんと人間をこなしてきた者か。流石のコミュニケーション力だった。
何台ものスマホを向けられて、セナは固まっていたがそんなのお構いなしに写真は撮られていく。セナの不器用な顔が記録に残されていく。
「安達君たちも!」
まさかの僕ら余り者にまで声をかけてくれる。断るのも悪いし。僕らも混ざることになった。
十二人、肩を寄せ合って画角に収まる。
と、ふと僕は視界にそれを収めてしまう。セナの隣に立った例の男子がセナに寄り、肩に手を添えていた。その姿に、どうしてだろうか。普段だったら何の気にも留めないのに。頭にこびりついてしまって。それから、この感情はなんだろうか。もどかしく、腹立たしく。セナに触れるなと思ってしまって。僕は苛立ちが募っていた。
写真を撮り終わると、例の男子が僕に話しかけくる。
「安達君、インスタやってる?」
「ああ、まあ」
「じゃあ交換ね」
そう、流れるように彼とインスタが繋がってしまった。どうしよう、これ。しばらくしたらブロックしとこ……。
セナのほうは女子たちともインスタを交換していて、どうやら大人気のようだった。まさかセナのこんな場面をみることになるなんて。相変わらず慌てふためいているけれど。
「じゃあそろそろ行こっか」
そう男子たちが口にして、僕らは寺を後にした。
*
昼時、僕たちは中華料理屋に入ることになった。なんでも、ここ独自の中華料理が食べられるとのことで。
目的の店内に入り、セナは後から入った六人に周りを固められる。僕は隅っこで大人しくメニューを眺めていた。が、セナの方ほうも気にかけておくか。
相変わらず、セナが一方的に話しかけられていた。趣味とか、彼女は成績が良いから勉強のこととか、ちょっと踏み込んで、恋人の有無、とか。セナはたじたじながらも意外と会話が続いている。
そんな感じで注文を済ませ、暫くして品が届き。僕は彼らを余所に食べ始めた。チャーハンと春巻きを頼んだのだけど、案外あっさりしていて。特に春巻きが絶品だった。
そうして食べ進めていると、セナたちは食事のシェアなんかを始めていた。そういうことをあっさりやってのけるものだから、セナも流れに押し切られていて。可哀想に。と思うのと同時に、ちょっと心がざわついた。なんだろうか、僕もそういうことをしたかったのだろうか。セナと? いやまさか。
そんなどうでもいいことに煩わされていると、セナの怒りを孕んだ、縋るような視線が飛んでくる。これはあれだろうか。見てないで助けろということだろうか。
しかし僕にそれを求められても。僕は首を横に振り、視線を逸らして食べるのを再開した。涙目になりながら僕に訴えかけているような気がするが。というか絶対むくれているが。僕は無視した。僕には荷が重い。
ともかく、そんな昼食を終えて。僕たちは次の目的地へと向かうこととなった。
因みに、宣言通り男子がセナの食事代を払っていた。有言実行。期待を裏切らなかったようだ。
*
次に僕らが足を運んだ場所は、真っ赤な大鳥居と佇む社殿。神苑とか言う庭園もあって。とても壮麗な場所だった。
それらを面々と写真を取りながら回っていたのだけど。
僕はついついセナを視線で追ってしまっていた。これはきっと、あれだ。そう。心配なのだ。僕と同類で、ずっと人に絡まれていて、疲れないかと。
ついでに、男子たちの距離が近くて、もうちょっと離れろと思わなくもないのだけど。でも、普段だったらこんなこと考えなくて。僕は僕らしくもないその変化にやきもきしながらも、やはり遠くから眺めてしまっていた。
果たして、僕はここまでセナに思い入れていただろうか。
そんなふざけた、というか、ふざけていると、そうであってほしいという思考から逃れられないでいると。男子達が一旦手洗いでその場を後にする。それでも残った女子たちにも彼女は絡まれていたのだけど。写真を取ってくると、そう言い訳して彼女が人から離れた隙を僕は見逃さなかった。
彼女の後を追いかけて声をかける。
「セナ」
彼女はぴくりと肩を震わせた。それから振り返ると胸を撫で下ろす。
「なんだ律か。よかった……」
「よかったって。相当お疲れのようで」
「そうだよ。律が断らなかったから」
彼女は僕に向かってわかりやすく悪態をつく。
「人のせいにするのか?」
「そう言われると私が悪いみたいじゃん。確かに断れなかったのは私だけどさ。律には思いやりが足りないよ」
「思いやってるからこうやって声をかけにきたんだけど」
「そう、ありがと」
彼女は心の籠ってない感謝を述べて、それからスマホのカメラを構えて写真を撮り始める。僕はそんな彼女に一つ、少々咎めるようになってしまいながらも聞いてみた。
「なぁセナ。ちょっと楽しんでるだろ」
彼女の肩がまた震える。ゆっくりとこちらに振り返った。
「……悪い?」
「悪くない。でも無理もよくない」
「そうは言っても。嬉しいものは嬉しいのさ。君ならわかるだろう? 私がどんな人間か。こんな機会滅多にない」
彼女は僕に過去を思い出させる。そう、彼女はそういうどうしようもない人間だった。
そして。僕もどうしようもない人間だった。なんとなく、なんだろう。彼女は僕の友人なのだと主張したくなって。
「セナ、揉んでいい?」
「私は痴女なの?」
「違うの?」
「違う。これでも乙女なんだから。というか律、彼女がいながらどうなの? その発言」
「夜凪さんは寛大だからきっと許してくれるよ」
「甘え切った発想だね。いつか痛い目見るといい」
セナはそんなことを言いながら頬は緩んでいて。今日はあまり見られなかった顔だった。僕と話して気が緩んだのか。
そんな彼女を見て僕は、なんだろう。今日ずっと重たかった胸がほんの少し軽くなったような。気のせいだろうか。
「でもさ、律」
彼女は瞬間、改まって空気を変える。少し、張り詰めた眼差しだった。
「この状況、どうなんだろうね」
「どうって?」
「いや、だってこんなの。おかしいじゃない」
それは彼女が人を引き寄せていることだろうか。
「まあおかしいはおかしい、けど。……そうだな、でも現実そうなってるわけでさ」
僕も確かに、異常だとは感じているけれど。
「そう。そうなんだけど。律は――」
そこまで彼女は言いかけて。俯いて。
「……そうだね。そういうこともあるか」
か細い声で一人納得していた。
「ねえ律。明日は空いてる?」
明日は、三日目は自由行動で。夜凪さんと一緒に、と思っていたのだけれど。どうにも僕はそれを言うのを躊躇っていた。
「セナは?」
「いや、なんか昨日から何人かに誘われててさ。でもそろそろ疲れたから、明日は律と一緒がいいかな、なんて。今日あんまり話せてないし」
「わかった」
僕は即答していた。
「……いいの? 夜凪さんは?」
「大丈夫。別に約束はしてないし」
友人との時間も。まあ大切だろう。夜凪さんも多分、きっと。うん。理解してくれるはず。
「誘った私が言うのもあれだけど、あんまり彼女を不安にさせちゃ駄目だよ?」
「でも最近は、ずっと夜凪さんといたから。偶にはセナとの時間を作ったっていいさ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
そう言って彼女は僕に寄って軽く肩で小突いてくる。
僕はどうにも胸が透き通るような感覚になっていて。この旅行も退屈ばかりではないようだった。




