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修学旅行とは、僕みたいな自称孤高を気取っている面倒臭い人間には退屈で。ひとまず一日目。新幹線で旅先に着いてから、決められたルートを巡る。
寺だとか、歴史だとか。僕は全くもって興味はないのだけど、学校行事とはあまり自由がきかないもので。僕は淡々と、古めいた街を練り歩いていた。
なんだか金の寺だとか、枯山水とか言うのとか。まあ、よく創作の舞台になる場所だから、今まで読んできた世界にいられているのは気分が良いものだけれども。
ただそうだな。やはり修学旅行では来たくなかったかな。
僕は一つ寺や名所を巡る度、考えてしまうのだ。夜凪さんと来れていたらよかったな、と。
だってそうだろう。例えばこの場所特有の落ち着いた街並み。ここに夜凪さんが立っていたら。それはもう映えるに違いない。着物なんて着てくれていたら尚良い。彼女の銀の髪はさぞ似合うことだろう。歴史的建物を背景に、古風な夜凪さん。そんなの、堪らなく幸福だ。
それならば。これはあれだ。下見としてならこの旅行も悪くないかもしれない。そう捉え直せば断然気の持ちようも変わってくる。
僕は打って変わって、胸躍らせていた。スマホのメモ片手に、巡った場所で夜凪さんとしたいことを書き連ねていく。僕は、周りから見たら不審者極まりなく、制服でいるおかげでぎりぎり成り立っているようなものだが。一人で頬を引き攣らせていた。さぞ気持ち悪いことだろう。それでも、僕は夜凪さんにあげられそうなものがまた一つ増えて。簡単に言えば気分がよかった。
*
一日目の日程がつつがなく終わり、僕はホテルのベッドの上でスマホを見つめていた。
夕飯も終えて、後は適当な時間に風呂でも入って寝てしまうだけなのだけど。僕はちょっとそうする気になれなかった。
夜凪さんと話したい。
僕は彼女とのトーク画面を開いては消してを繰り返していた。きっと彼女も話し相手なんておらず、退屈はしているのだろうけれど。なんとなく。躊躇っていて。
まあ一応、彼氏なのだし。気軽に通話くらいかけてもいいものだと。僕は意を決した。
コール音がして即座に、彼女は通話に出てくれた。
『安達君。これは違うの』
彼女は開口一番言い訳から始まった。
「違うって、なに。別に私はスマホと睨めっこして僕からの連絡なんて待ってないんだからねってこと? びっくりしてすぐ通話に出ちゃったわけじゃないしって言いたいの?」
『……安達君。君は本当にいい性格してるのね』
「それはどうも」
『ねえ、今暇? まあ暇に決まってるか』
「君と同じでね」
『じゃあロビー集合で』
そう言って彼女は通話を切る。僕はちょっと話せればそれでよかったのに。彼女は僕に会いたいらしい。全く、仕方がないな。
僕は軽い足取りで部屋を飛び出て、ロビーへと降りる。
エレベーターから出て辺りを探すと、夜凪さんがソファの上で手を振っていた。僕は彼女の元へと駆ける。
「こんばんは安達君」
彼女は髪を片側に下ろして、いつか見た、ゆるいジャージで袖を余らせていた。
「じゃあ行こっか」
彼女はそう立ち上がる。どうやらホテルから出かけるつもりらしい。僕の意向を無視するスタイルは相変わらずで、まあそれでもいいのだけど。僕は彼女についていく。
ホテルから出ると外にはタクシーが待ち構えており、夜凪さんはそれに乗り込む。
「夜凪さん、どこ行くのさ」
「え? ラーメンを食べに」
そう、彼女は当然のことであるかのように言う。
「……見つかったら怒られるよ?」
「そのときは安達君のせいにする」
「君は本当にしょうがないね」
僕は呆れつつも、彼女に続いてタクシーに乗り込んだ。
彼女は運転手に行き先を伝えると僕に寄りかかってくる。僕がそんな彼女に視線を落とせば、首元には銀に光る、シンプル目なネックレスが見えていた。
「やっぱり、よく似合ってる」
「ん? ああこれ」
彼女は首元に優しく触れる。
それは、まあ、そう。言ってしまえば僕から彼女への誕生日プレゼントだった。
それで。うん。僕も同じものを身に着けている。これを買うのは非常に迷ったけれど。何故なら見るからに浮かれてしまっているから。それでも。浮かれてもいいと思ってしまって。
「安達君顔に出すぎ。嬉しいのはわかるけどさ」
「だって。一応君に似合うものを時間をかけて選んだわけで。その、さ」
僕は言いようもなく心が高鳴っていて。それを彼女はわかってくれていて。
「うん。ありがとね」
「どういたしまして」
彼女は頭を僕に擦りつける。
「それで、安達君はどう? 修学旅行。楽しい?」
「それ聞いちゃう? というか、僕からも同じことを聞きたいよ」
「まあそうだね。私たちにとっては退屈か。部屋ではどうしてる? 同室の人、いるでしょ?」
「すぐ出ていった」
「あー。私も」
揃いも揃って、駄目駄目だった。きっと彼女のほうも大変気まずい空気が流れていたんだろう。
彼女はくすりと笑う。
「まあいいじゃない。それはそれでさ」
「そうだね。同室に人には申し訳ないけど、外れを引いちゃったってことで」
僕は僕の肩で吐息を漏らす彼女の髪に指を通す。
「ところで夜凪さん。僕高校卒業してからの予定が一つできたんだけど」
「奇遇だね。私も」
「卒業したらまた来よう。きっと楽しいからさ」
「うん」
僕らはそんなことをふんわりと約束した。彼女の短い返事だけで、僕は満足だった。
タクシーに揺られて、僕たちは、街並みがよかったとか、今度はホテルじゃない宿に泊まりたいとか、今日のことを振り返って。あっという間に目的地に着く。
タクシーから降りると、こんな夜中でもそこには行列が出来上がっていた。どうも有名な店らしく、彼女は意気揚々とその列に並びにいく。僕としては正直並ぶのは億劫だったけれど。彼女が食べたいのだから仕方がない。
僕たちはラーメンの味に期待を膨らませながら最後尾に並んだ。
「安達君、最近はどう?」
「なに、その抽象的なの」
「いやさ、私最近はそれなりに楽しいんだよ。君はどうかなって」
「僕は変わらないさ。けど、夜凪さんがいるおかげでつまらなくはしてないかな」
「そう。ならいいけど」
「夜凪さんこそ、楽しいだけじゃないんじゃない? 色々変わったでしょ」
彼女は思い巡らせて、「まあ、確かにね」と。瞼を下ろす。
「部活始めたから、嫌でも人と関わっちゃう。後輩には好かれてるみたいだけど、先輩からの心象はあんまりかな」
「なんかわかるかも。夜凪さん面だけはいいからね。第一印象で、後輩は惹きつけるけど、先輩は煙たがるかも」
僕は疎いけれど。そういう対人関係に。
「面だけってなに。君は私のこと好きなんじゃないんですか? 顔だけですか?」
「そういうところも好きだよ」
「……調子いいこと言っちゃって」
とは言いつつ、僕がそう適当に返しても満更でもなさそうなのが夜凪さんなのだ。
「でも部活楽しいんでしょ?」
「うん。私思ったより運動神経よくて。実力が上がっていく感覚、悪くないよ。煩い先輩よりタイム速いのも気分いいし」
「しれっとそういうこと言うよね」
「今度大会見に来ない?」
「呼んでくれたらいつでも行くけど」
「じゃあそのうちに」
そうして話している内に、待機列が少し動く。
「そういえば安達君。お母さんがさ」
「待って」
「待たない」
彼女はそう言ってくれるけれど。僕は彼女の母親に申し訳が立たないところがあって。
「お母さん、また来てって。なんならお父さんも一緒にご飯にでも行こうかって言ってたけど」
「そっかー……。行けたら行くよ」
「それ禁止」
「だってさ……」
僕は正直、彼女の母親に合わせる顔がないのだ。深夜に女の子を連れ回し病院送りにして、かと思えば今度はお付き合いの許可を貰いに来て、僕と付き合ったからこの地に留まってと我儘を通してもらって。どれだけ困らせて、娘のことで気苦労をかけさせただろうかと。
「夜凪さん。心臓がもたないよ」
「慣れて」
「……」
「黙って逃げるのも禁止」
「……わかったよ」
僕は渋々了承した。ああ、僕の平穏が遠ざかる……。
「ところで夜凪さん、新しいお父さんとはどう? こういうのあんまり聞くものじゃないかもだけどさ」
「ああ、うん。まあぼちぼち。上手くやってるかな」
彼女はそう、なんてことなさそうに言う。
「あんまり、干渉してこない人だから。とにかくお母さんにご執心って感じ。とりあえず、大事にはしてくれてるんじゃないかな」
「そっか」
「あと、お金の面でも心配がなくなった。そこはあんまり子供が気にするなって言われてるけどさ。元々お母さんも稼いでるほうだったけど」
確かに。彼女の家は広かったし、疑いようもなく金持ち仕様だった。
「お父さんが稼いでるおかげでお母さんとの時間が増えたってのもある。前よりよく話すよ」
僕は嫌な予感がした。
「ねえそれ、僕のこととかあれこれ話してないよね」
「まさか。安達君が毎日私のお弁当楽しみにしてるとか、段々遠慮なく私に触るようになってきたとか、抱きしめるとき腰をそっと撫でてくるとか。言ってないよ?」
……やけに具体的だな。
「……そう。言ってないならいいよ。言ってないなら」
「うん。心配しないで。私嘘つかない」
いい笑顔でそう彼女はいい放つ。とても嘘くさかった。
そう話していると、また列が進む。
「安達君は両親にまだ話さないの? 文化祭も来てなかったよね?」
「まあ、うん。来るなって言ったし」
「なんで」
「だって。……恥ずかしいじゃん」
「……は?」
彼女は大変間抜けな顔をしていた。
「安達君、そういうお年頃だっけ」
「絶賛そういうお年頃だよ」
「文化祭で手繋いでるとことか見られたくなかったんだ?」
彼女はそう、気分良さそうに揶揄ってくる。いい性格をしていた。
「そうなの。見られたくなかったの」
僕は半ば投げやりだった。
「でもさあ、それ逆に怪しくない?」
「まあ、うん。たぶんばれてるんだろうなあ……」
「じゃあもう言っちゃいなよ」
「……その内に」
「またそれ。あーあ。私君の彼女だってちゃんと認めて欲しいのになあ。もしかして私との将来にまだ迷ってる? 私のこと捨てちゃうの?」
「それはない」
「じゃあちゃんとして」
「……正月辺りにでも」
「言ったね?」
「はい、言いました」
「うん、よろしい。楽しみにしてるから」
彼女は目を細めて僕の肩を叩く。そう上機嫌になってくれたのはいいのだけれども。僕は気が重かった。だがしかし、通らなければならない道なのだ。まだ時間はあるから。ちょっとずつでも覚悟を決めようじゃないか。差し当たっては、彼女の両親との食事会。ばっちりと彼氏、やろうじゃないか。
そんなところで列は進み、僕たちはやっと店内に入ることができた。
二人並んで座り、ラーメンが届くのを待つ。横へ視線を向ければ、ラーメンへの期待が隠せない夜凪さんがいた。
そんな彼女を眺めて数分、やっとラーメンが届く。
なかなかな見た目だった。中央に盛られた葱に、これでもかとその周囲に並んだ叉焼。一口啜ってみるとあっさり目な豚骨醤油。たっぷりな葱と食べるのがいい。
夜凪さんのほうはと見てみれば。一心不乱に啜っていた。それならいいかと、僕もラーメンに集中する。
食べ終わる頃にはお腹も満たされ、味も大満足だった。
二人して食べ終わり、店外に出ると彼女はぐっと伸びをする。
「いやー、美味しかったね」
「それには同意するけど。こんな夜中にさ。カロリーが気になってしょうがない」
「安達君。それは野暮ってものだよ」
「夜凪さんって太らないよね。基本馬鹿みたいに食べてるのに」
「失礼だな。ぶくぶくな彼女がいいの?」
「いや。夜凪さんのお腹触り心地いいからできれば太らないでほしい」
「だよね、安達君いつも触り方やらしいもんね」
「嫌?」
「ううん」
「そっか」
そう言って、彼女は僕の手を取る。指を絡めて、力を強める。
「いこっか」
そう彼女が見つめるから、僕も微笑み返して。
何も言わずとも。僕たちは夜の街で二人。しばらくぶりの散歩だった。




