2-1 心酔少女は渇きを知る己であれ
僕はその光景に現実感がなかった。
夜凪さんとあれこれとあってから月を跨いで、今は肌寒くなってくる頃。十月の終わり。この時期の高校二年となると、修学旅行という行事が待ち構えており。
今僕は新幹線の中で一人静かに運ばれていた。
と、何が現実感がないかと言えば。僕のたった一人の友人、藍那セナに異常が発生していた。彼女は僕と同種の、一人を好み、他者と関われない人間。のはずなのだけれど。どうしてかその他人と仲睦まじくしていたのだ。新幹線の車内で、同じクラスの人間と席を向かい合い、肩を並べ合い、談笑し、菓子の類を共に食べ、ありがちな高校生だった。なんて違和感だろうか。
彼女は。そうだな。藍那セナという人間を僕が勝手に語るのであれば。中学時代まで遡ろうか。
僕が彼女と出会ったのは中学三年の冬だった。今から二年ほど前か。
彼女は。僕がそう、杠雪菜という強烈な女の子といることに疲れて、公園にふらっと立ち寄ったときのことだった。先客だったのだ。彼女が公園のベンチを占領していた。僕は若干荒んでいたからそれが忌々しくて、彼女に声をかけた。そしたら彼女、こう返してきたんだ。
『私、君みたいな人好き。他人を下に見てそうで』
僕の股下を手でなぞって。そう誘うんだ。
僕は正直怖かったし。逃げ出したくて。でも彼女の下腹部を掴む手から逃れられなくて。それから彼女はまた災いをもたらしそうな口を開いた。
『君は私のこと好きになれそう?』
まあ当然、初対面で好きも何もなくて。
ただ。
そんなことを言う彼女の顔が、悲痛だったから。必死だったから。その癖、どこか艶があって、大きな瞳は引力があって、深みを帯びていたから。僕は何か言わなきゃと、要らないことを言った。言ってしまった。
『胸が大きい。尻も。それは好きかな。後顔も悪くない』
そんなことを言ってしまった。彼女のことを何も知らないと言っても、もうちょっと言いようはあった。けれど、僕は言ってしまった。言い訳をするなら、そう。荒んでいたから。
僕は言ってすぐ失敗したと思った。撤回しようとした。けれど彼女は言ったのだ。
『揉んでみる?』
なんて。言ってきたのだ。
僕は手を伸ばした。だって彼女が誘うから。彼女は僕の手を取って自分の胸に押し当てた。感想を述べるなら、彼女の胸は極端に柔かった。手が沈む感覚。僕はとりあえず彼女に感謝を述べた。
それからだった。僕と彼女が公園で会うようになったのは。
僕は当時、雪菜という彼女に辟易していて。セナはそんな僕に好きに身体を許したから。僕は彼女の元に通い詰めた。ちょっとしたストレス発散だった。僕も彼女も人付き合いが下手くそだというのもあって、歪な関わり方だった。
会う度彼女に触れた。それもとても濃く。大胆に。
それしかできなくて。そうして彼女の身体に詳しくなっていった。
会って、会話を重ねて。僕は彼女の身の上を聞いた。
彼女は片親で、母親と暮らしているらしいのだけど。
まあ。簡単に言ってしまえば。ネグレクト。家には誰もおらず、人格は孤独で形成され、肯定されず、彼女は愛情というものを知らずに育っている。それから友人もいなくて。学校にも居場所がないようで。不登校を極めだしたらしく。食事も侘しく。打ち込むことも、勉強くらいしかなく。というか、彼女にとって勉強は唯一のアイデンティティのようで。存在証明のようなもので。唯一、放置された環境でもできたことのようで。ただ、それも誰にも認めれてはいないようで。
僕から見て彼女は飢えていた。人に。だから多分、僕が触れるだけで舞い上がってしまうのだと思う。だって触れる度、彼女の頬が綻ぶのだ。言ってしまえば犯罪行為を僕はしているのだけれど。彼女はそれを受け入れる。だってそれしか自分を認めるものがないから。
僕も如何なものかと。一度、もうここには来ないと告げたことがあるのだけれど。
彼女は泣いた。静かに泣いて、僕に訴えた。口では別にいいと言いつつ、僕の手を離さなかった。僕は正直身体以外彼女に興味はなかったのだけど。そう縋られてしまうのに、僕は弱かった。から。通い詰めた。
そんな折に、僕は雪菜と別れた。それをセナに告げたら案の定、彼女は迫ってきたのだ。私の彼氏にならないか、と。
僕はほんの少し揺れた。彼女の身体は魅力的だったから。でも、ほんの少ししか揺れなかった。彼女は。僕が受け止めるには重た過ぎたから。
それでも。彼女は僕の隣にいた。それしかできないから。そうしないとまた独りだから。
僕も僕で、雪菜と別れてからもずっと一緒だったから。空いた隙間を埋めてくれたようで。大事にしたい気持ちはあった。ただ、それだけで。やっぱり彼女はよくて友人だった。
だから、高校に入ったときは面食らった。どうして同じ高校で、同じ部活に入っているのか。ちょっと運命なんてものを感じてしまった。そんなことになったから、僕たちは場所を公園から部室に移していた。
二人きりの部室で、すれすれの触れあい。
ただ、それも徐々に穏やかなものになっていった。僕は雪菜のことを忘れてきていたし、セナも、成長していたのだ。精神的に。だから僕たちの触れ合いは自然に消えていった。残ったのは冗談みたいな言葉の触れあい。まあ偶に、今でも触ってしまうのだけれど。
言ってしまえば。承認欲求と愛情。誰かに認められたい。そんな欲望に憑りつかれた女の子。それが藍那セナで。
故に。今に戻ってもう一度視界に収めて見れば。彼女が他人と触れあって、語らいあっているのは満たされているようで、でもやっぱり違和感で。ただまあ。現実としてそうなっているわけで。
これはあれだろうか。無意識の僻みが入っているのだろうか。いや、僕に限ってそれはないか。
ともかく。彼女に僕以外に友人ができるなら喜ばしいことだ。
僕はそう、一旦彼女の異変を無視して。窓の外に視線を向ける。
とりあえず。退屈な修学旅行の始まりだった。




