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 カレンダーを捲っても、体感、季節としてはまだ夏で。

 僕はと言えば。職員室をやっと後にしたところだった。怒られていたのだ。当然のことなのだけれど、僕は夏休みの課題というものに一切手をつけておらず、またそのことを開き直っており。態度が不真面目と言うことで余計に怒られた。だが反省した顔でいれば案外許されるもので。僕はやっと解放されたのだ。

 時刻は昼休み。僕は浮足立っていた。だってそうだろう。何故なら彼女が待っているから。

 人を避け、日陰を求めて。僕は旧校舎裏の階段に向かう。

 角を曲がってそこに辿り着いたとき、靡く白髪が涼し気だった。


「おまたせ夜凪さん」

「遅い」


 彼女はご立腹だった。ただそんな彼女も可愛いのでお得ということにしておこう。


「ごめんって。これでも早めに解放してもらったんだよ?」

「だから?」

「はい。すいません」


 そう謝りはするけれども。ただ僕も言いたいことがある。


「でも夜凪さんも課題やってないよね? なんで僕だけ怒られてるのさ」

「不登校様は来ただけで偉いの。わかる?」  


 彼女は勝ち誇っていた。


「その発言でその顔をするのはよくないと僕は思います」

「扱いが違うのよ。まあその分クラスでは浮くんだけどね」

「僕が夜凪さんは最高に面白い女の子だって言って回ろうか?」

「やったら殺す」


 そう言う彼女はいい笑顔だった。

 僕は彼女の隣に腰を下ろす。こうしてここに一緒に座るのは、彼女に会った日以来だった。

 彼女はあれから、母親と面と向かって話したようで。この地を去ることを、僕がいるからと。したくないと。きちんと言葉にしたそうだ。それは多分、母親としては子供の普段聞けない貴重な言葉だったんだろう。彼女と、彼女の母親と、それから新しい父親と。話をしたそうだ。

 その結果が今日だった。彼女は今、隣にいる。

 座る彼女を見れば、あの、初めての日とはそれなりに彼女の印象が違っていて。そこそこには、彼女時間を共有してきたのだと。実感させられた。

 彼女は隣に置いていた包みに手を伸ばして、それを僕に無造作に渡してくる。それは彼女が作った弁当だった。


「夜凪さん、ほんとにいいの?」


 この弁当は夜凪さんから提案してきたもので。毎日作るのも大変だし、僕は無理しなくていいとも言ったのだけれど。


「いいの。これは私からのお詫びみたいなものだから」

「だったら有難く頂くけどさ」

「まあ。彼女らしいことしたいってのもあるよ。それに、安達君って妹ちゃんの手料理がどうせ世界一とか言うんでしょ? その慣れ切った舌を変えたいのもある」

「それは難しいんじゃない?」

「どうだか。慣れって怖いからね。気づいたら私の料理の虜かもよ?」

「そうなったら僕はお兄ちゃんを卒業するよ……」

「へえ、それは深刻な事態ね」


 彼女はそんなことどうでもよさそうに弁当を食べ始めていた。僕も包みを開けて蓋を取れば、彩に凝ったかなり豪華な弁当が出てきた。一口食べてみると流石は夜凪さん、といった感想だった。その経験量の多さは伊達じゃない。


「そういえば。あれからどう?」


 僕は尋ねた。それはあれから、体調とか、気分的なものもあるけれど。他人の記憶に触れることはあるのかと。そういう問いだった。


「うん。もう何も起きなくなった」

「じゃあやっぱり夜凪さんの心情の変化で収まったのかな」

「多分そんな気はする。安達君のおかげだよ」

「それはどうも。これからは普通の女の子だ」

「ちょっと名残惜しい気もするけどね。私の記憶、ほんとに色々詰まってるからさ。これからは新しい体験がないのかなって」

「そんなの心配しなくていいよ。僕がいるから」

「約束したものね。私と人生積み重ねてくれるって」


 そう彼女は微笑みかけてくる。


「なるべく飽きさせないように努めるよ」

「まさか飽きたら捨てられるとでも思ってる?」

「……ちょっとだけ?」

「私そこまで酷い女かな」

「まさか。僕が臆病なだけなんじゃない」

「安心してよ。私安達君のこと看取るつもりでいるから」

「僕が先なの?」

「うん。最後まで一緒にいてあげる」


 それはどれだけ先のことなのだろうか。彼女はわかっているのだろうか。それがどれだけ重さの乗った言葉か。僕はつい笑みが零れてしまう。


「夜凪さんは何歳で結婚したいとかある?」

「うーん。大学卒業したら? かな」

「因みに。大学はどちらへ?」

「まあとりあえず国立かな。何の仕事したいとかもないし。ぶっちゃけ私どこでも行けるから。だから安達君、勉強頑張ってね?」


 膨大な記憶にもの言わせる知識量。やっぱりずるくないだろうか。


「あんまりハードルあげないでよ」

「でも君もそこそこは頭良いでしょ?」

「あんまり難関目指されるとさ。きついものがある」

「私と同じ大学行きたくないの?」

「それ聞く意味ある?」

「ならちゃんと着いて来てよね」


 彼女はそう、僕の苦労をものともしない。僕はなんとなく察した。これからはこういう人生になるんだろうなと。

 それからは弁当を楽しみながら、授業が退屈だとか、ぼっちは存在そのものが浮いてしまうとか、それと。


「私、部活入ることにした」


 そんな話をする。


「帰宅部やめるの?」

「だって。暇だし」

「何部?」

「陸上」 

「何か。似合う」

「胸がない辺りとか?」

「そんなことは言ってない」

「でも思ったでしょ」

「ぶっちゃけ思った」

「正直でよろしい」

「後、走るとき髪括るでしょ? ポニテ姿も似合うかなって」

「前から思ってたけど君私の髪好きだよね。いきなりショートとかにしたら怒る?」

「泣く」

「じゃあやめとく」

「もしかして邪魔になるから切ろうとか思ってた?」

「思ってた」

「心臓に悪いからもし切るなら先に言ってね?」


 できれば、切って欲しくないけれども。


「そうだ夜凪さん。誕生日どうする?」

「え?」

「言ってたじゃん。九月の初めだって」

「あー、私の誕生日か。記念に二回目いっとく?」


 そう、彼女はふしだらな手の動きをする。


「下品だよ夜凪さん。まあ、普通に祝わせてよ。あんまり家族の時間を邪魔する気もないし」

「その辺は気にしなくてもいいよ? でもそうだね。……当日家来る?」

「……ご両親と会えってこと?」

「だって。紹介したいよ」


 僕はその言葉だけで緊張が走っていた。ただ、彼女の言うこともわかるし、いつかは通る道なのだ。


「……わかった。ちょっとだけ顔を出すよ」


 僕は覚悟を決めた。


「うん。あ、後。プレゼント期待してる」

「はいはい」


 彼女にプレゼント。何がいいだろうか。

 と。そうして弁当を平らげた頃、遠くチャイムが鳴り響く。昼休みも終わりだった。


「いこっか」


 そう彼女は立ち上がって僕の先を行く。

 その後姿。見慣れた背中。跳ねる肩。揺れる髪。僕はそれがとても気に入っていた。ただ、それでも。一つ変わった。変えた。

 僕は歩幅を広げて彼女に追いつく。

 隣には彼女の凛々しい顔立ちが覗いていた。


「なに?」


 僕が覗くものだから彼女は不思議そうにする。


「別に。これからは隣を歩こうかなって」

「なにそれ」

「いいんだよ。僕の拘りみたいなものだから」

「そっか」


 これからは、人生を共にするのだ。できるならば、同じ歩幅で、適度な近さで、一緒でいたいから。僕は隣にいる。

 これから色々とあるだろう。何もない日も沢山あるだろう。とりあえず直近だと文化祭だろうか。きっと彼女と一緒なら楽しいに違いないし、思い出もできる。

 そんな夜凪さんとの毎日に。そんな日常に、僕がちょっとでも趣らしいものを加えられたら。

 それでいい。それがいい。


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