24
僕は心地良く寝ていたのだけれど。どうにも切羽詰まった、縋るような声で名前を呼ばれている気がする。僕はそんな声に意識が覚醒していった。
まだ寝ぼけた目を薄っすらと開ける。そしたらどうだろうか。夜凪さんが僕を呼び起こしていた。
「安達君! ちょっと起きて!」
「……夜凪さん……?」
僕は窓に目をやる。まだ辺りは暗くて、夏でこの暗さはまだ早朝か、夜中か。僕は大して寝ていないようだった。
僕は眠気に身体を委ねて、また寝そうになる。
「安達君! 寝ないで! お願いだから!」
僕はまた声で叩き起こされた。
「もう、なにさ夜凪さん……」
僕は身体を起こそうとする。すると、僕の脚には重みがあって。下を見ると、夜凪さんがすやすやと寝ていた。
……あれ?
「……夜凪さん? あれ? えっと……」
僕は寝起きで頭が回らなかった。
夜凪さんは寝ていて、でも夜凪さんは起きていて。
起きている夜凪さんが僕の隣に座ると、僕の手に手を重ねてくる。だが、その手は透けるばかりで。
「やっと起きたね、安達君。ちょっとぶり、かな」
夜凪さんはそう微笑みかけてくれる。僕は寝起きの頭でも、事態を把握し始めていた。
つまりは、引き当てたのだ。夜凪楓が、夜凪楓という少女の亡霊を引き当てた。
「あー……、うん」
僕は。僕は言葉が出なかった。まさかの事態過ぎて、舌が動いてくれない。それに……。
「……夜凪さん。とりあえず僕の部屋行こっか」
「うん」
彼女は軽い足取りでリビングを出ていく。僕も寝ている夜凪さんを腕に担いで、二階へと上がった。それから僕の部屋で、ひとまず寝ている夜凪さんをベッドに寝かす。流石に、同じ人間が二人いる光景は他人には見せられなかった。
彼女はと言えば、椅子に逆向きに座って回っていた。しかも、よくよく見れば彼女は制服だった。何故? あれだろうか。これが彼女を、夜凪さんを象徴する服装ということだろうか。
とにかく、彼女はお気楽なもので。その態度に僕は若干、苛立ちを覚える。
「夜凪さん」
「安達君、もしかして怒ってる?」
「逆にさ、怒ってないと思う? ……夜凪さん、自分がいなくなるってわかってたでしょ」
僕は迷いながらも、そう言葉にした。僕は素直に彼女にまた会えたことが喜べなかったのだ。だってそうだろう。彼女はわかっていて消えたのだ。僕を置き去りにした。なんて自分勝手なことだろう。まあ、そんな彼女を僕が望んだという側面もあるけれど。到底、受け入れられなかった。
「やっぱ怒ってるか」
彼女は椅子の揺れを止める。
「……消えることは、まあ。わかってたよ。そうなんだろうなって」
「……」
「なんかさ、段々起きていられなくなって、私の時間が少なくなっていって。他人の記憶が色濃くなっていった。ああ、私消えるんだって。だからさ、最後に思い出をくれて、私的には安達君に感謝してるんだけどな」
「……そうは言ってもさ。置いてかれる僕の気持ちも汲んでくれてもいいじゃない。せめて前もって」
「言ったら君、悲しがるじゃない」
「それは。そうだろうさ」
「だからだよ。私は最後に、君との楽しい時間が欲しかったの」
なんて、自分勝手なことだろう。僕は大変な女の子と関係を築いてしまっていた。
「ねえ、機嫌直してよ」
「別に、そこまで悪くない」
「嘘言わないで。ちゃんと私の目を見て」
「嫌だ」
「もう。……ちゅーは。できないしなあ」
彼女は何をしたら僕の機嫌が直るのかと、思案する。
「じゃあさ。安達君。一旦落ち着いて考えてみよう?」
「何を」
「時間の使い方。ほら、私、またその内いなくなっちゃうでしょ? だから今日一日、君の好きにしていいよ」
……確かに。彼女が夜凪楓が見る夢の一人なら、その内消える。
「……待って、でもさ。記憶は受け継がれるんだよね」
「……そうだね」
彼女ははっとしていた。
「あ、でも。今の私の記憶もあるから、私になるとは限らないかも。私が上書きされるか、その子が残るのか」
彼女はベッドで眠る夜凪さんを見つめる。
「僕としては。どっちに転んでもあまり気分はよくないかな」
「あら。私じゃ嫌?」
「そうじゃない。けど。今眠ってる夜凪さんも、さ。短い間でも、夜凪楓であろうとしてだんだよ」
それから、約束もしたわけで。僕はもう、誰かがいなくなるのに耐えられそうになかった。
「そっか。そうだよね。じゃあやっぱり、尚更。時間は大切にしなきゃね」
彼女は寝ている夜凪さんの横に寄り添うと、透ける手で頬をなぞる。
「どっちの私でもいいようにさ。今日という日を充実させようよ。ね?」
「ねって言われても。僕は今、いきなり君が帰ってきて、それだけでもういっぱいいっぱいなんだけど」
「じゃあ安達君は、これで私と、本当に最後の時間かもしれないのに。無為に過ごしたいの?」
彼女は問い詰めてくる。
「それは、さあ。……さっきも言ったけど、僕の気持ちも汲んでくれたっていいじゃない」
「無理、何故なら時間がないから」
それは彼女の言う通りなのだけれども。
「さあ安達君。今日は何をしようか」
彼女は僕に構わず話を進めていく。というか、何かしたくてうずうずしているようだった。元気な人だ。
僕は一旦、諦めた。自分の気持ちを。
それから考える。まだ朝も来ていなくて、そこそこ時間はあるはず。今日が最後なのだとしたら僕は彼女とどうしたいのだろうか。
そんなの、決まっていた。
「……わかったよ。出かけようか、夜凪さん」
「うん」
彼女は言うが早いか部屋を出て行こうとする。
「あ、待って」
彼女は足を止めて振り返る。
「安達君、制服で」
「は?」
まさかの服装指定。しかも制服って、だるいなあ……。
「安達君は制服デート、したくないの?」
僕は想像してみた。うん。
「……まあ、悪くはないか」
僕はうきうきでハンガーにかかった服の中から制服を引っ張り出した。




