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「セナはどう思う?」
僕は向かいに座る丸眼鏡をかけて、亜麻色の髪を肩口で左右に結った女子高生に訪ねる。
「どうって聞かれてもねえ……」
僕がセナと呼んだ少女は、唇下の彫りを指でなぞりながら数学の参考書を一ページ捲る。彼女は参考書を読み解くのが趣味なのだ。
「あれから一度も会えてないんでしょ?」
「そうなんだよなあ……」
あれから、というのは。僕があの謎の銀髪美少女に会った日からのこと。
あれから、一ヶ月近くが過ぎいて。夏真っ盛りになって。期末テストが終わって。とうとう明日から夏休み。
放課後の、波立高等学校の文芸部の部室で。僕はあの少々傲慢な女の子のことが何となく、というか存在が強烈で。忘れられないでいた。
「これからもいていいかって、聞かれたんだから。来るものだと思うだろう?」
「そうだね。だから名前も聞きそびれだと」
「ああ。まさかあれきり一度も来ないとは」
「律はあれかな、その子が気になるんだよね?」
「気になるというか。来ないんだなって。最初はそうでもなかったんだけど。時間が経つ度に裏切られた気分が加速する。もしかしたら、仲間ができたかと思ったのに」
「なら探せばいいじゃない、同じ学校なんだし」
「それは。ストーカーみたいだし。なんか違う気がしてさ」
そう、そこまでするのは違う気がする。
「なあセナ。期末どうだった?」
「それ、聞く意味ある?」
「なかったな」
彼女は、藍那セナは僕と違って、メモもなく難問を解いていくその行動からも察せられる通り、頭の出来が良い。というか、トップの座から降りたことがない。僕はと言えばどうあがいてもそこそこの人間だから羨ましい限り。
「僕はいまいちだったよ」
「それも言う必要ある?」
「……なかったな」
なんだかなあ。馬鹿にされてる。
僕は机に突っ伏して外を眺める。青い、空が。そして暑い。
セナのほうに目をやれば、彼女も同じなのか、首筋に汗が一筋。
「えろい」
「死にたいのかな」
彼女は首元を拭う。肩口で結んだ髪が揺れて、余計に誘っている。
「律、まさかとは思うけど。その謎の美少女にさ、こういうセクハラ紛いのことして嫌われたんじゃない?」
「それはないから安心しろ。僕がセクハラするのはセナだけだから」
「そう、ならいいけど」
彼女はまた参考書を一ページ捲る。
「律は私のこと大好きだからね。私のたわわな胸を見て微笑んだり、スカートから覗く白い太ももをちらちら見てたり、膝の窪みを凝視していたり、唇をなぞるように観察してたり」
「ついでに言うと、腰のラインもよく見てる」
「変態ド屑野郎」
彼女は参考書をぱたりと閉じる。
「そんな変態さんに朗報です」
「なに、膝枕でもしてくれるの」
「それはまたの機会に。そうじゃなくて」
彼女は勿体ぶる。僕が何事かと我慢しきれなくなった瞬間、彼女は一言言い放った。
「夜凪楓」
……? 聞き覚えの無い名前だけれど。
「わからないって顔だね。実は私、調べてみたんだ。謎の銀髪美少女さんのこと」
「じゃあ夜凪さんって」
「そう。いやー、苦労したよ。いや、そんなにしなかったかな。どっちでもいいけど。頑張ったから褒めてくれ」
「わあー流石セナさん、偉いなあ……」
「そこまで棒読みじゃなくたっていいじゃないか」
まあ実際、偉かった。何故なら彼女も僕と同種の人間だから。人と関わるのはなにせ大変なのだ。
彼女はこほん、と、咳ばらいを挟む。
「初めは簡単だったんだよ、見た目が見た目だからね、クラスの特定までは早かった。私たちと同学年で五組の子。でもね、だれも名前を覚えていないんだよ。それもそのはずでさ、夜凪さん、四月の新学期始まってから学校来てないらしくて」
「一日も?」
「一日も。だから律が出会えたのは運が良かったのかもね」
僕は宙を見つめる。
「夜凪楓か」
「名前だけでも知れてよかったかい?」
「どうだろうね。まあありがとうセナ」
「どういたしまして。でもこうなるとあれだね、知る前よりも絶望的だよね」
「そうね。だって学校来てないんじゃ会おうに会えない」
「本格的にストーカー始めてみる?」
「それもありか……」
僕がしみじみ耽っていると彼女から刺々しい視線が飛んでくる。
「心外だな、やらないから」
「そんな心配はしてない」
「じゃあなんだよ」
彼女はまた別の参考書を鞄から取り出す。
「その、あれだよ」
言い辛いことなのか、参考書で顔を隠してしまった。
「……律が私に構ってくれなくなったら困るというか、その、さ……」
……思ったより可愛い理由だった。
「大丈夫だよ、なんたって僕の話し相手はセナしかいないから」
「それは自信満々に言っていいことなのかい?」
「でもセナもそうだろう?」
「……まあね」
僕の返答に満足したのか、彼女は参考書に視線を落とす。
僕も持っていた文庫本を開いて足を組む。
そうして偶に話したり、無言だったり。そんないつも通りの時間だった。
*
「ただいま」
僕は味のしない放課後を過ごしてから家に帰る。
「兄さん、おかえりなさい」
玄関の扉を開けると、妹が、未耶がエプロン姿に正座で待っていた。僕によく似た下がり目の目元。飾りっ気はないが艶やかな長い黒髪。とても可愛らしい僕の妹。
あまりにも当然のようにそこにいるから、苦言を呈すべきか、それとも愛しさに任せて可愛がるべきか。僕は無言が続く。
「……」
「兄さん?」
「未耶、いつも言ってるだろ、お兄ちゃんが帰ってくるの待ってなくていいから、怖いから」
「ふふん、私にかかれば兄さんが帰ってくる時間なんて手に取るようにわかりますからね」
それを自慢げに語られても。僕はつい溜め息が出てしまう。
「兄さん、お疲れですか?」
「誰のせいだろうな」
「兄さんは素直じゃないですね。さあ荷物はこちらに、早く部屋でお休みになってください」
「僕の言葉は届いてないのかい?」
「愛情はたっぷり頂いています」
未耶は鞄を取り上げると僕を部屋に押しやる。
「今日の晩ご飯はシチューですから。時間になったら呼びますね」
そう言い残して、未耶は扉を閉じる。騒々しい妹だことで。
僕は部屋の明かりも点けずにベッドに腰をかけて、流れるまま寝転んだ。
一つ、ふと頭を巡る。
夜凪楓。セナはそう教えてくれたけれど。いまいちピンと来ない。会ったのがあの一度きりだからだろうか。とりあえず夜凪さんと呼ぶとして。
彼女は学校にあまり来ていなくて、恐らくだけれど、落ち着ける場所を求めてあんなところにやって来たんじゃないだろうか。そして見つけたのに、彼女は二度と来ることはなかった。なぜか。
と、僕は簡単なことに重い至ってしまった。彼女は僕がいることに気を揉んでいた。もしかしなくても、僕は邪魔だったのかもしれない。
「それはそれで申し訳ないな……」
僕が不登校を加速させてしまったのかと。
別に、それは彼女の問題で、僕はただいただけで。何も悪いことはしていないのだけれども。そう思ってしまわなくもない。
こんな思考に陥ってしまうのは、やはり僕は彼女に関心を寄せているのだろうか。
……これ以上は考えてもしかたないか。
だってそうだろう。僕がいくらそうだと思い込んでも、結局答えは夜凪楓本人しか知らないのだから。
そうして思考を断って、本棚から適当に本を取り出し、読みふける。
そうしていると、下の階から未耶の呼ぶ声が聞こえてくる。夕飯の時間らしい。
僕は下の階に降りてリビングの扉を開ける。言った通りシチューなのか、いい匂いが漂っていた。
「さあ兄さん座ってください。今日のシチューは自信作ですから」
そう未耶に促されるまま席に座る。
皿が運ばれて、未耶も向かいに座って、二人で手を合わせる。そうしていつもの夕飯の時間が訪れる。
僕は一口食べて感想を口にした。
「うん、美味い」
「でしょう?」
未耶は心底嬉しそうで。
「兄さん、今日はセナさんと一緒でしたか?」
「ああ、うん。……なぜわかる」
「帰ってくるのが遅かったので。あとは匂いと、勘ですかね」
「勘でわかっちゃうのか……」
というより。匂いってなんだろうか。
「さっきも言ったでしょう? 兄さんの行動は手に取るようにわかります」
「手に取るようにわかっちゃうのか……」
「兄さん、今お悩み中ですね?」
「ああ。そうだけどさ。なあ、未耶は僕と違ってちゃんと友達いるだろ?」
未耶は、僕と違って社交的で。中学三年になった今では受験を控えながらも、よく出かけた話を聞く。友達ってやつと。まあ、僕の分まで人生満喫してくれてるならそれでいい。
「兄さんもセナさんがいるじゃないですか」
「まあそうなんだけど」
「女の子のことでお悩みですか?」
……どうしてわかるのだろうか。
「……そう、何を考えてるのかよくわからない女の子。僕は避けられてるのか、それとも単に他に行先があるのか……」
「なるほど。珍しいですね」
「珍しいって?」
「人に興味のない兄さんが他人のことで悩むだなんて」
そう言われてみれば、そうかもしれない。
どうして彼女のことでこんなに思考が巡るのか。また新たな謎が増えてしまった。
「とりあえず避けられてはいないと思いますよ?」
未耶は不思議と確信していた。
「どうして?」
「兄さんはあまり他人と距離を詰めないので。その女の子がどう思ってるかはわかりませんが、嫌がってはいないかと」
「なるほど」
「後兄さんは基本的に紳士ですので。セナさん以外には」
そう取ってつけたように僕を睨む。
「そんな顔するなよ……。セナとはそう、ちょっと拗れた関係なんだ。拗れているが故に、なんでもありというか、気兼ねないというか」
「……そうですか」
あまり、納得していなさそうだった。
「まあとにかく」
未耶は水を一口飲むと僕に微笑んでくれる。
「兄さんはその女の子ともう一度お近づきになったらどうです?」
「それができたら、いいんだけどさ」
「訳ありですか。なら機会を待つしかありませんね。兄さんは遠慮がちなので、次会う時までになにを話すか考えておくといいでしょう」
御親切に、そんなアドバイスまでしてくれる。
「そうか。そうだな。そうする」
「はい。そうしてください。あ、後。できれば仲良くなってくれると妹的には嬉しいです。兄さん、友達少ないので」
「善処するよ」
そんな適当な返事でも未耶は満足なのか、頬を上げて僕を見ていた。
*
夕飯を食べ終わった後、僕はコンビニに出かけていた。
夜中になって小腹が空いたのと、ちょっとした散歩。適当に漫画でも立ち読みして、未耶に何か買っていこうかと、店内に入った。
雑誌コーナーに立ち寄って漫画を手に取る。パラパラと捲り、時間を潰していく。
そうして半分くらい読み終わった頃だった。後ろに人が通り、僕は若干道を空けて譲る。その人も雑誌に用があるのか、僕の隣で立ち止まった。そのまま雑誌を手に取る。
ファッション雑誌だろうか。ちょっと興味本位で、僕は隣の人をちらと見て、一瞬息が止まってしまった。
いるじゃないか。夜凪楓が。
ラフなシャツに短パン。まっさらな足がすらりと伸びていた。
話しかけようか、と。そこで僕は話題がないことに気がついた。あまりに唐突で、未耶のアドバイスは生きなかったようだ。
僕は頭を捻る。捻りに捻って、結局無難な選択に落ち着いた。
「夜凪さん、久しぶり」
僕が声をかけると彼女は僕を一瞥する。それから何事もなかったように雑誌に目を戻した。
「誰だっけ」
反応があった。名前は間違っていないらしい。
「校舎裏の階段って言えばわかるかな」
それで納得したのか、彼女は僕にもう一度目を向ける。
「久しぶりだね。覚えてたんだ、私のこと」
「気に障るなら申し訳ないけど、夜凪さんみたいな人、なかなか忘れられないと思うよ」
「見た目が珍しいから?」
「それもある」
後図々しかった。
「私、お父さんが日本人じゃないの」
「へえ。その口ぶりだとお母さんは日本人?」
「……さあ」
あまり口にしたくないのか、彼女ははぐらかす。
僕は話題選びに失敗したかと、また別の話題を口にする。
「……あのさ、もう校舎裏には来ないの?」
「来てほしいの?」
彼女はそんなことを真顔で言う。
「その言い方はずるいというか。誤解を生みそうだ」
「そうかな。君は来てほしそうだったから」
「そう、見えた?」
「うん」
これは新たな発見、というか。自分でもわからないけれど。もしそうなら恥ずかしい、し。彼女は僕を邪険にしないのだろうか。案外、受け入れられているのだろうか。
「私も行きたいんだけど、なかなか行けなくて」
彼女は顔色を変えない。何か事情があるのか、読めなくて、踏み込み辛い。
「というか、こんな時間に出歩いてるの?」
僕はまた話題を変えてみる。
「夜は私の時間なの」
その口ぶりだと、昼は違うのだろうか。
「危ないから気をつけたほうがいいと思う」
「それ、君には言われたくない」
「……そうだけどさ、女の子はやっぱり危ないんじゃない?」
僕が追及すると、彼女は初めて顔をしかめた。
「うるさい」
「……ごめん」
怒らせてしまっただろうか。しつこいのは嫌いらしい。
「ねえ。奢って」
「?」
「わからない? うざかったからお詫びに奢って?」
……やっぱり遠慮のない子だな。
「……わかった、いいよ。でもあんまり高いのはなしで」
「けち」
言い方がいちいち可愛らしくうざったかった。
「僕のお財布事情も考慮してくれ」
彼女は雑誌を戻すと店内を徘徊する。僕も何となく、後についてみた。
あれこれ悩んでいたのだが、最終的に辿り着いたのはミルクティーだった。
「本当はオレンジジュースがよかったんだけど」
彼女はそう言って僕に手渡す。どうやら売り切れていたらしい。僕も自分のお茶と、未耶にお菓子をと、無難にチョコを選んで会計を済ます。
店外に出ると、彼女は手を差し出す。
「ちょーだい?」
あまりに純粋無垢な物言いだった。渡すのを渋ってちょっと揶揄おうと思ってたのに、僕はそんな気もなくなっていた。
「どうぞ」
「ありがと」
彼女はペットボトルのフタを開けようとして。開けられなかった。どうやら固かったらしい。
「貸して」
僕はペットボトルを受け取って代わりに開ける。
「夜凪さんは非力なんだね」
「そう、私か弱いの」
彼女はペットボトルを受け取って口をつける。
「君、名前は?」
そういえば、名乗っていなかった。
「安達律」
「どうして私のこと知ってたの?」
「知り合いに聞いた。……夜凪さん、学校来てないんだってね」
「うん」
彼女はそれ以上何も言わない。言う気はないらしい。
「ねえ安達君。散歩は好き?」
「好きでも嫌いでもない気がする。たまにできたらいいな、みたいな。今日も散歩がてらここに来たわけだし」
「ならよかった。安達君、ちょっと歩こ?」
そう言うと、彼女は僕の返事なんて聞かずに歩きだす。僕は迷ったけれど、とりあえずついていくことにした。
行先はあるのか、彼女は確かな足取りで進むけれど。なにせ何も言わないからわからない。偶に夜空を見上げたり、野良猫に足を止めたり。ふらふらしたり、背筋を伸ばしていたり。
暫く見ていてわかった。純粋に、楽しんでいるのだ、夜の散歩を。
やがて、山の麓に辿り着く。
「安達君は体力あるほう?」
「平均じゃないかな」
「ならいいね」
彼女は振り返りもせず山を登りだす。登るのに慣れているのか、彼女はすいすいと登っていく。僕も偶に足をもたつかせながらもついていった。
十五分くらいだろうか。山道を進んで、辿り着いたのは小さな展望台。
僕は息を切らして側のベンチに腰かける。
「疲れた?」
「ちょっとだけ」
彼女は全く疲れを見せていなかった。
「ここね、悪くない場所なの」
彼女がこっちに来いと手を差し出す。そのまま手を取るのはなんだか気恥ずかしいので、僕はそのまま立ち上がってついていく。
そこから見下ろせる景色は。確かに、なるほど。悪くなかった。夜の月明かり。街並み。決して絶景ではないけれど。悪くない。
彼女は暫し眺めて、聞いてくる。
「安達君。私、よくこういう場所に来るんだけど。君は好きかな」
「半年に一回来たいくらいには好き、かな」
「私は月一回は来てるかな」
「暇だからね」と、彼女は付け加える。
「夜凪さん、いつもこんなことしてるの?」
「毎晩散歩するのが私の趣味なの」
危ないからやめなよ、とは言えない。嫌な顔されそうだし。なにより僕も今、ちょっと楽しいから。彼女の気持ちもわかってしまった。
だから、僕は気まぐれに。偶にはそういうのもいいかなと。つい言ってしまった。一つ提案をしてみた。
「あのさ夜凪さん、僕も夜、散歩していいかな」
「? 勝手にすれば?」
「いや、そうじゃなくて」
言わなきゃ伝わらない。でも言うのが憚られる。こういうとき、人付き合いが少ない故の人間強度の低さに辟易する。
「あ、わかった」
彼女はふと何かに気づいてしまうと、僕を見つめて微笑んでしまう。
「私と一緒がいいんだ?」
「…………」
「ねえ、何か言ってよ」
「一緒がいいというか……」
危ないよな、とか。寂しいんじゃないかな、とか。色々心配になっただけで。でもそれも、言い訳を並べているだけだろうか。僕は諦めて一つ、溜め息をついた。
「……そうだよ。一緒がいいと思ってさ」
僕が認めると、夜凪さんはまた一層嬉しそうに頬を吊り上げる。
「ええ? どうしよっかなあ。私、一人の時間も大事だしなあ?」
彼女がわざとらしく、いやらしい顔でそんなことを言ってくる。
「そんな意地悪言わないでくれよ。ちょっとはわかるだろ? 僕がどういう人間か」
「……うん、そうだね、わかったよ」
そう、許してくれたのか、ポケットからスマホを取り出す。
「連絡先、教えて」
僕もスマホを取り出して、彼女と連絡先を交換する。
「よし。じゃあ安達君には夏休みの課題を与えます」
「課題って?」
「私が散歩に誘ったら必ず来ること。いい?」
「いいよ。僕も夏休み暇だったから」
「決まりね」
そう言う彼女はわかり辛いけれど、僅かに頬が綻んでいた、気がする。
「でも安達君、いいの?」
「何が」
「夜型生活になっちゃうよ?」
「いいさ、それくらい。それに、どうせ課題がなくたって夜更かししてたよ。僕は自堕落な生活が大好きなんだ」
「そう。ならいっか」
彼女はスマホをしまうと僕に手を差し出してくる。
「じゃ、これからよろしく。安達君」
「ああ、よろしく。夜凪さん」
軽い握手を交わして、すぐに解ける。
まだ彼女が何を考えているのか、どうして許してくれたのかはよくわからないけれど。こうして、僕の夏休みが始まった。




