15
僕はベッドに寝転がってスマホのカレンダーを眺める。
明日だった。夜凪さんと、夏祭りに行く日。
とはいえ、今は夕方。今日だって散歩はするのだから、僕は身体を起こした。
一階に降りると未耶がリビングのソファで寛いでいた。スマホと睨めっこしている。僕が隣に腰を下ろすと、未耶は寝転がって僕の膝に足を乗せる。
「兄さん、今日は何が食べたいですか?」
「そうだな。……カレー?」
「じゃあそうしましょう」
未耶はスマホを閉じると身体の向きを反転させて、僕の膝に頭を乗せる。
「兄さん」
「なんだ?」
「ハグしてください」
未耶は腕を僕に伸ばす。
「もういい歳だろ?」
「……」
僕の受け答えが気に入らないのか、顔を逸らしてしまった。
「けち」
「あのな……」
「兄さんはなんにもわかってないです。私がしろと言ったらするんですよ」
「いつからそんな亭主関白になったんだ」
未耶は起き上がると、ふと思いついたように頷いた。
「兄さん兄さん」
「なんだ」
「お風呂に入りましょう」
「だから、もういい歳だろ?」
「……」
魅力的な提案だけれども。言った通り、もういい歳なのだから。それに疲れるし。
「わかりました」
未耶は立ちあがると、突然服を全て脱ぎ散らかして仁王立ちする。
「兄さんが一緒に入ってくれるまで私は服を着ません」
「そうきたか……」
「さあ兄さん。入りましょう」
「まあ、いいけどさ……」
僕は諦めて風呂場へと向かう。未耶は満面の笑みでついて来ていた。
脱衣所で服を脱いで中に入ると、未耶は僕の前を陣取る。
「兄さん、洗って?」
やっぱりこうきたか。
僕は渋々、シャワーを手に取ると、未耶の髪を濡らす。
入念に濡らしてから、シャンプーを手に取り泡立てる。そして未耶の髪を洗い始めた。
未耶の髪は、見た目通りに艶やかで、指どおりがよくて、洗いやすい。僕が指を動かすたび、未耶は大変満足そうだった。
シャンプーを終えたら洗い流して、次はトリートメントを未耶の髪につけていく。さらさらの髪にしていく。
一通り終えて洗い流して、未耶の髪を絞る。そして上に纏め上げた。
「身体は自分で洗ってな」
「もう、仕方ないですね」
仕方ないって。どこまで僕にやらせたいんだ。
僕も自分の髪を洗い始める。身体も洗って、僕が終わる頃には未耶は湯船に浸かっていた。
「未耶、ちょっと詰めて」
「そんな兄さん、私にダイブしていいんですよ?」
「いいから詰めろ」
未耶が開けたスペースに僕は浸かる。
一息つけたかと思ったら、未耶が何事か、もぞもぞと動き出す。僕は未耶に無理やり向きを変えさせられて、未耶は向かい合った僕の足の間にすっぽりとはまった。
「なあ未耶、わざわざ狭くする必要あるか?」
「この狭さがいいんじゃないですか」
「そんなことは。ないと思うんだけどな……」
僕は暑苦しいと感じつつも、未耶を剥がすことはなかった。なんだか、未耶が甘えたがっていたから。未耶は背中を預けて、髪を擦り付けてくる。
「……どうした? なんかあったか?」
「いえ。なんでも」
「そっか」
絶対何かあった気がする。未耶がこうして甘えて来るときは、決まってそうなのだ。ただ、本人が言いたがらないのだから、僕にはどうしようもない。こうして受け入れることしかできない。
「兄さん、撫でて」
「はいはい」
言われた通りにする。未耶は撫でられると、笑みを浮かべていた。
「ねえ兄さん、夜凪さんとはどうですか?」
「どうって。どうもこうもない」
「……そうですか」
未耶は頭を振って僕の胸にぶつけてくる。痛い。
「なんだよ」
「いえ、嘘つきな兄さんだなと」
「じゃあどう言えばよかったのさ」
「えっち寸前までいきましたと正直に言ってくれればそれでいいんです」
「……見てたのか」
「いえ、感じました。妹は兄さんのことならなんでもわかるんです」
「見てたんだな?」
「兄さん、私にもはぐしてください」
「しないから」
「……」
未耶は不満なのか、無言で僕に圧をかけてくる。だが僕も折れるわけにかいかない。そうなんでも言うことを聞くわけには……、いかないのだけれど。僕の腕は勝手に伸びていた。
未耶は僕の腕が肩に回ると満足そうに鼻息をつく。
「それでいいんですよ」
僕はやっぱり、妹にはめっぽう弱いらしい。そして申し訳なかった。兄だからわかる。きっと、ちょっと、寂しかったのだろう。
「なあ未耶、僕の妹は未耶だけだからさ」
「そんなのわかってます。……ただ、そうですね。兄さんが大事な大事な妹を可愛がるのを忘れないようにしてるだけです」
「そうだな。僕は馬鹿だから。未耶に甘えてばっかりで。いつもしてもらってばっかりだ」
「そうです。もうちょっと感謝してください」
未耶は僕の手を取って指で遊び始める。
「それで。夜凪さんとはどうですか?」
未耶はもう一度聞いてきた。僕も素直になるか……。
「それなりに、仲良くさせてもらってるよ」
「そりゃそうでしょうね」
「たださ、難しい子なんだ、彼女。……どう言ったらいいのかな」
説明が難しかった。例の、幽体離脱については言えないし。
「ちょっと、危ういですか?」
「あー。そう。そんな感じ」
「そこは兄さんが気遣ってあげればいいことです」
「それはまあ、そうできればいいけどさ」
「兄さんなら大丈夫ですよ」
なんの根拠があってそう言うのか。妹の経験則ってやつだろうか。
「それよりも、ですね。……私は邪魔じゃないですか?」
未耶が突然、そんなことを聞いてくる。
「邪魔って、どうして?」
「だって。雪菜さんとのこと……」
「……気にしてたのか」
僕と雪菜は。直接的じゃない。日頃のすれ違いもあった。ただ。僕は雪菜を一番に大事にできなかった。そして未耶が原因の一端を担う形にしてしまった。
「あれは僕のせいだ。未耶が気にすることじゃない」
「でも」
「でもも何もない。それに大丈夫だよ。夜凪さんは雪菜ほど心が狭くないから」
「それ、雪菜さんが聞いたら絶対怒りますよ?」
「いいさ。あいつはいつも怒ってるから」
「それも失礼です」
未耶が微笑む。それでいい。気にするのは僕だけでいい。
「兄さん、私はいつでも兄さんの味方ですから」
「ああ、それは僕もだ」
「でも、偶にはこうさせてください」
「お安い御用で」
未耶は頭を預けてくる。僕はそれを受け入れるだけだった。




