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 過剰気味に効いた冷房と、女性特有蕩ける香り。カーテンを閉め切った部屋は薄暗く、間接照明だけを頼りにページを捲る。

 今日、僕は夜凪さんの家にお邪魔していた。そして漫画を読み漁っていた。何故って、他にすることがないから。


「夜凪さん、これの続きないんだけど」


 僕はゲームに熱中する彼女の背中に話しかける。


「その辺にない?」

「ないから聞いてる」

「じゃあないかな」


 今日の昼間の彼女は、彼女曰く、引きこもりゲーマー、らしい。ぼさぼさの黒髪で彼女はパソコンの画面に貼りついていた。後、台パンが多いのは触れないでおこう。理由は怖いから。


「夜凪さん、これ、僕いる意味ある?」

「昼にも会おうって言ったの安達君じゃん」

「そうだけど」


 こんな仕打ち、予想してなかった。

 今日は家に来てと連絡が来たから足を運んだら。彼女はゲームに夢中で僕は放置。暇だから彼女の部屋を観察したら、彼女の部屋はそこそこに汚かった。服は脱ぎ散らかしてあるし、ゴミも放置してあるし。ただ、本棚の大きさには驚いた。漫画がぎっしり並んでいるのだ。なのに、シリーズは揃って並んでないし、続きは行方不明だし。

 そんなこんなで、僕は彼女の部屋で転がった漫画を探しながら一つのシリーズの読破を目指して励んでいた。


「安達君、飲み物持ってきて」

「一応僕客人だよね」

「勝手に冷蔵庫漁っていいから」

「はいはい」


 僕は渋々了承する。

 彼女の家は、まあ。外観で前からわかっていたことではあるけれど。とにかく広かった。財力を感じる家だ。

 申し訳程度に僕は「失礼します」とリビングへの扉を開ける。そして冷蔵庫の中を覗き見ると。なんということでしょう。オレンジジュースが山のように並んでいた。僕は少々呆れながら二、三本拝借して夜凪さんの部屋に戻った。


「夜凪さん、オレンジジュースでいいよね」

「違う。この子はエナジードリンク」


 僕は部屋の入り口で固まってしまった。


「あのさあ、そういうのは先に言ってよ。てか、冷蔵庫にそんなのなかった気がするんだけど」

「じゃあ買ってきて」

「……」


 とんでもない我儘お嬢様だった。しかし、僕は甘い男だった。


「わかったよ、じゃあ行ってくる」

「いってら」


 雑な言葉を背中に僕は彼女の家を出て、コンビニへ向かった。

 僕は近所のコンビニに着くとエナジードリンクを探す。

 それにしても、前からそうだったけれど。彼女の役の徹底っぷりには頭が上がらないが、少々呆れも混じる。きっと今回の子は彼女以上に雑な子なんだろう。なんせ引きこもりのゲーマーだ。碌なものじゃない。

 僕はエナジードリンクの他にも、彼女が好きそうな。と、そこで止まってしまった。

 僕が選ぼうとしているのは、彼女の好きそうなものではなく、彼女が今為っている子の好きそうなものだ。それはなんだか、なんだか。

 上手く、言葉にできなかった。

 買い物を済ませて、僕は彼女の家に戻る。

 部屋に戻ると、彼女はベッドで寛いでいた。


「ゲームはもういいの?」

「ちょっと休憩」


 彼女は腰を下ろすベッドの枕元に手をかざす。そこには眠っている夜凪さんがいた。

 こう、改めて見ると、目を疑いたくなる光景だった。今ベッドに腰かけている黒髪の少女も夜凪さんだし、眠って横たわっているのもまた、夜凪さん。紛れもなく、彼女が二人存在している。いや、でも。意識は一つか。

 僕はコンビニの袋を机に置いて彼女にエナジードリンクを渡す。彼女は待ってましたと言わんばかりに勢いよく栓を開けた。


「安達君」


 彼女は自分の隣を叩く。座れということか。

 僕も彼女の隣に腰かける。すると、不敵に笑った。


「ねえ安達君。今の私って、人に触れないの」

「ああ、うん。僕の眼球貫通してたね」

「だからさ」


 彼女は寝ている自分の服に手をかける。そのまま、寝ている夜凪さんのさらりとした肩が露になっていく。


「今安達君が悪戯しても、私にはどうしようもできないんだ」


 とんでもないことを言い出した。僕としては正直、ちょっと手を出すくらいならまあ満更でもないかな、なんて考えたりもしたけれど。一旦落ち着こう。


「夜凪さん、もうちょっと自分を大切にさ……」

「そういうのいいから。安達君は悪戯、してみたくない?」


 彼女が迫ってくる。僕は弱ってしまった。だって悪戯したいから!

 僕はここで軽く咳払いをして誤魔化しておく。


「悪戯は正直そそられるけど、しないよ」

「どうして? 私がいいって言ってるんだよ?」

「どうしてって。倫理的に良くないってのが一つ」

「安達君にそんなものないよ」

「それはごもっても。でもね、もう一つ。なんだか、夜凪さんらしくないからさ」

「らしくない?」

「夜凪さんだったら、もっとこう。正面から触れって言ってきそうだから」

「そう。……、まあそうだね。でもいいんだよ安達君」


 彼女は更に寝ている自分の服をはだけさせていく。


「今の私はこういう子だから。遠慮しないでいいんだよ?」


 こういう子か。今日の夜凪さんはえっちな子を引き当てたらしい。

 僕はちょっとだけ。ちょっとだけ悩んだけれど。寝ている夜凪さんのはだけかけた服を元に戻した。


「いいの? 安達君。こんなチャンス滅多にないよ?」

「いいんだよ」

「つまんないの」


 彼女は拗ねてしまったのか、パソコン前に戻ってまたゲームを始めてしまった。


「夜凪さん」

「なに」


 無愛想な返事だ。


「夜凪さん、僕はね、思うんだよ。夜凪さんの良さはそこじゃないって」

「そこってどこよ」

「華奢でまっさらな肌も素敵なんだけどさ。そこだけじゃないんだよ」


 彼女は少し興味があるのか、ゲームの手が止まる。


「夜凪さんの良さはね、『私、そういうの慣れてるから』みたいな態度を取りつつ実は内心胸が高鳴ってる、初心さを残してるところだと思うんだよ」

「は?」


 彼女の態度が一変した。


「いやいや、そんなことないから。安達君勘違いも甚だしいよ?」

「ほら、そうやって焦る」

「焦ってないし!」


 彼女から空き缶が飛んでくる。


「夜凪さん、図星だからって暴力に訴えかけるのはよくないよ。それは負けを認めたも同然」

「うるさい」


 今度はマウスが飛んでくる。


「痛い……」

「ざまあみろ」


 彼女はすっかりご立腹だった。


「夜凪さん」

「黙れ」

「夜凪さん、そういうところも可愛いよ」

「……」


 直球な物言いに彼女は狼狽えたのか、先程までの威勢が消えていく。やっぱり初心じゃないか。


「……安達君は小賢しいね」

「それはどうも」

「褒めてないから」


 彼女は溜め息を一つ吐くと、漫画を一冊投げてくる。僕の頭に直撃したそれは、僕が探していた漫画の続きだった。どうやら、コンビニに言ってる間に探してくれていたらしい。


「それでも読んで大人しくしてて」


 僕は夜凪さん可愛いなと、ついこぼれてしまう笑みを隠しながら、漫画の続きを読み始めた。

 また、ページを捲る音と、キーボードの打鍵音だけの部屋になる。それも心地良かったのだが、僕はふと一つ思い至った。


「ねえ夜凪さん」

「まだ何か?」

「いやさ、今後の予定でも決めておこうかと」


 彼女はゲームの手を止める。


「安達君、私に一つ提案があります」

「なに?」


 彼女はスマホを手に取るとなにやら調べ始める。そして僕にスマホを投げ渡しきた。

 画面を見ると花火大会のホームページが開かれていた。


「夜凪さん、これは?」

「いちいち言わせようとするな」


 駄目か。もっとそれらしく誘ってほしかったのだけど。

 夜凪さんはこれに行きたいようで。ただ、場所がちょっと遠かった。


「駄目、かな」


 そう、いじらしく尋ねてくる。駄目ではないけれど。 


「遠くない?」

「そう?」

「まあ、夜凪さんがどうしても行きたいって言うなら? 考えなくもないけど」

「じゃあいいや、やっぱなしで」


 あっさり身を引かれてしまう。僕は咳払いをして誤魔化しておいた。


「まあまあ、いいよ、行っても」

「ほんと?」


 心なしか、彼女の心が躍っているような。全く、僕が夜凪さんのお願い事を聞かない訳がないのだから、こんなこと一つで上機嫌にならなくてもいいのに。 


「でも夜凪さん、どうして? 近くでも祭りやってるよね」

「それはさ、ほら。花火が豪華らしいから、そっちのほうが」

「へえ」


 今、なんとなくはぐらかされた気がする。まあ、追及はやめておこう。


「後ね安達君」

「まだ行きたいとこあるの?」

「うん。私の家に呼んだわけだし、次は安達君の家行きたいかなって」

「僕の家。か……」


 それは大変な問題があった。


「何その反応、駄目なの?」


 彼女の目つきが険しくなる。


「いやー、駄目と言いますか、その。ね」


 未耶がいるのがなあ……。

 別に、家に上げてもいいのだけれど。絶対未耶からあれこれ聞かれる。面倒臭い。それはそれで可愛いけれども、超面倒臭い。


「安達君は自分の部屋に可愛い女の子を上げたくないの?」

「自分で可愛いって言っちゃう?」

「事実だもん」

「まあそうだけどさ。……わかった、来ていいよ」

「全く、初めからそう言えばいいんだよ」


 彼女は要望が通ってご満悦だった。

 僕は弱い、夜凪さんに。


「じゃあ明日行くから」

「明日? いや、もうちょっと待ってほしい」

「やだ、明日行く」


 言っても聞かなそうだった。仕方ない。部屋は汚いままでいこう。ありのままということで。


「わかったよ、じゃあ明日ね」

「うん、昼に行くから」

「……は?」


 昼って、それはつまり別人の見た目で来ると言うことだろうか。


「夜凪さん? せめて夜にしない?」

「無理。夜は散歩があるから」

「そっか。うん、そうだよな」


 駄目そうだった。これも仕方ない。未耶にはなんて言い訳しようか。まあ、夜の夜凪さんに会わせなければいいか。


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