表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last rewrite  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/83

武辺者[2]

 金沢城を発した三千の軍勢は、うろこ雲の下、街道をゆるやかに進んでいた。


 朝の光を受けて、甲冑は新しい漆を鈍く照り返し、幟は風を孕んで鮮やかにたなびく。遠目には、まるで祭礼の行列のようであった。色とりどりの旗が波打ち、槍の穂先が陽を弾くたび、きらきらと光が散る。


 だが、その中枢にいる花房助兵衛の目には、まるで違う景色が映っていた。


 馬上から見下ろす列は、どこかだらしない。足並みは揃わず、列はところどころで歪み、間延びしている。兵たちの顔には緊張よりも、気の抜けた安堵が浮かんでいた。


 ──緩みきっている。


 胸の内で、低く吐き捨てる。


 勝ちは決まっている。そう思い込んでいる空気が、軍全体に染みついていた。


 笑い声が混じる。無駄口が飛び交う。槍を肩に担ぐ手にも、力が入っていない。


 助兵衛は、ゆっくりと視線を巡らせた。


 寄せ集め──その言葉が、これほど似つかわしい軍もない。


 浪人たち。腕に覚えのある者ばかりなのだろう。だが、腕の強さと、軍としての強さはまるで別物だ。戦とは、個の力ではなく、統の力で勝つ。


 号令一下、一つの塊となって押し潰す。それができぬ軍は、ただの群れに過ぎない。


 ──これでは、いざというとき崩れる。


 脳裏に、幾度も見てきた敗走の光景がよぎる。列が乱れ、誰かが逃げ、連鎖して崩壊する。血と土煙の中で、名もなき者たちが踏み潰されていく。


 その未来が、今の行軍の中に透けて見える。


 本来であれば、出陣前に叩き直すべきであった。足並みを揃え、隊列を覚えさせ、声一つで動くように鍛え上げる。時間さえあれば、それは不可能ではない。


 だが、その時間は与えられなかった。


 飛騨攻めの総大将。


 その任が、あまりにも唐突に下されたからだ。


 助兵衛は、わずかに歯を噛み締めた。


 後に知ることとなる。


 この人事が、小早川秀秋の側用人、栢谷典膳の献策であったことを。


 典膳。


 その名を思い浮かべると、胸の奥に微かな違和が残る。


 かつて同じ宇喜多の家に仕えていたというが、顔を合わせた記憶はない。いや、正確には、見えていなかったのだろう。


 あの頃の助兵衛にとって、典膳のような下役は、視界に入る存在ですらなかった。


 ──今は、逆だ。


 皮肉なものだ、と内心で嗤う。


 助兵衛自身は、身分の上下など気にもかけぬ。だが、典膳にとっては違う。かつて仰ぎ見ることすら叶わなかった武辺者を、己の裁量で動かす。


 それだけで、どれほどの優越を感じているか。


 考えるまでもない。


 ──馬鹿げた話だ。


 吐き捨てるように思うが、その「馬鹿げた」思惑の上に、今の自分が立たされている現実もまた、動かし難い。


 助兵衛は、ふと視線を遠くへやった。


 街道の先は、淡い蜃気楼に溶けている。


 その向こうにあるはずの戦場を思い描く。


 そして脳裏に浮かぶのは、徳川の軍勢だった。


 無駄のない動き。揃った足並み。静まり返った行軍の中に潜む、張り詰めた気配。


 あの精鋭たちであれば。


 助兵衛の胸に、鈍い痛みが走る。


 ──せめて、徳川の家士を預けられていれば。


 思わず、奥歯が軋んだ。


 三千。


 同じ数であっても、中身が違えば意味はない。あの鍛え抜かれた兵であれば、白雲城など造作もなく呑み込める。己もまた、何の憂いもなく、存分に刃を振るえたはずだ。


 だが、それは叶わぬ夢だ。


 徳川の中での己の立場を、助兵衛はよく知っている。


 旧旗本とはいえ、その歴は浅い。井伊直政のような重臣を差し置いて軍を預かるなど、あり得ぬ話だ。


 そして、今回の布陣にはもう一つの意図がある。


 典膳の策。


 加藤清正、井伊直政。


 いずれも、一国を背負って立つに足る武将。その名を並べただけで、軍の威は跳ね上がる。


 だが強すぎる力は、ときに主を食う。


 秀秋の影が薄れる。それを恐れた典膳は、均衡を求めた。


 二ではなく、三。


 互いに牽制し合い、どこにも寄らぬ形。


 そこに差し込まれたのが、花房助兵衛という駒である。


 清正にも、直政にも及ばぬ。


 だが、武辺者としての名はある。


 その微妙な位置。


 劣等と矜持の狭間で揺れるであろう心。


 それを煽り、競わせることで、三すくみを成立させる。


 ──よく考えたものだ。


 感心すら覚えるが、同時に、胸の奥に冷たいものが沈む。


 人を、駒として扱う発想。


 それ自体は珍しくもない。戦とは、そういうものだ。


 だが。


 助兵衛は、己がその盤上に乗せられていることを、はっきりと自覚していた。


 飛騨攻めの総大将。


 浪人ばかりを与えられた理由。


 すべてが、一本の線で繋がる。


 ──試されている。


 それも、戦そのものではない。


 この男は、使えるか否か。


 その一点だ。


 助兵衛は、静かに息を吐いた。


 胸の内に、わずかな熱が灯る。


 侮られているわけではない。だが、値踏みされている。


 それが、気に食わぬ。


 馬の首を、軽く叩く。


 歩調がわずかに整う。


 だが後列までは伝わらない。やはり、群れだ。


 ──ならば。


 群れを、軍に変えるしかない。


 それができなければ、この戦は──いや、この先すらない。


 助兵衛の目が、わずかに細められる。


 その奥に、戦場で幾度も見せてきた、あの鋭い光が宿る。


 だがその光が、全軍に届く前に。


 歯車は、早くも軋み始めていた。


 出陣から三日目。


 事件は、起こるべくして起こった。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ