天女[4]
「手を貸す? 俺に出来ることだったら何だっていいぜ」
賀津は、まだ胸に残る高揚を押さえきれぬまま言った。息がわずかに荒い。期待と焦りとが入り混じり、言葉が前のめりに飛び出していた。
「それは心強い。実はな──」
慶次郎はゆっくりと目を細める。
その瞬間、座敷の空気が変わった。
障子越しの光がわずかに翳り、外を渡る風が松を鳴らす音が、遠い唸りのように響く。まるで、これから語られるものを予感しているかのようだった。
慶次郎の声は、低く、静かに流れ出す。
帰雲城──崩れ落ちた城と、埋もれた命。
内ヶ島の悲劇──一族の滅びと、断ち切られた誇り。
それらを背負う白雲城の役目。
そして、その上に降りかかった理不尽。
小早川秀秋。
その名が出た瞬間、空気がわずかに重くなる。
一年以内に埋蔵金を掘り出せ。
さもなくば、弓月姫を差し出せ。
言葉にすれば簡単な命だが、その内実はあまりにも歪で、あまりにも残酷だった。
正義も道理も踏みにじる、ただの暴力。
慶次郎の語りは淡々としている。だがその奥には、燃え滓のような怒りが潜んでいた。
白雲城は抗おうとしている。
わずかな誇りを守るために。
圧倒的な相手に、あえて刃を向けようとしている。
その姿は──愚かで、しかし、どこまでも気高い。
語り終えたとき、座敷にはしばし沈黙が落ちた。
誰もすぐには言葉を出せない。
胸の奥で、何かが強く揺れていた。
「よっし、オイは手ば貸すッ!」
沈黙を破ったのは七郎だった。
勢いよく身を乗り出し、畳を叩くほどの勢いで叫ぶ。
「戦なんち、もうでけんと思っちょったどん、相手い不足はなかっ! 島津ん戦ば、存分い見せっくいやっどッ!!」
その顔は、子供のように輝いていた。
戦を前にした武人の昂り。
抑えきれぬ血の騒ぎ。
だが、その熱とは対照的に、賀津と藤四郎は固まっていた。
動けない。
いや、動かない。
頭の中で、別のものが激しくせめぎ合っている。
龍仙寺衆。
石田家。
そして小早川秀秋。
五大老の一人。
ただの敵ではない。
その名に刃を向けることが、どれほどの意味を持つか。
軽々しく踏み込める領域ではない。
「戦なんて……それは……」
賀津は言葉を探す。
だが、うまく出てこない。
胸の奥では、確かに何かが動いている。
白雲城の話に心を打たれたのも事実だ。
だが、それとこれとは別だ。
自分たちの目的はタクミサマを探すこと。
それ以外の戦いに関わる理由は、本来どこにもない。
視線が、ふと藤四郎へ向く。
その横顔は、妙に硬かった。
普段なら即座に理を示す男が、沈黙している。
藤四郎の胸の内で、別の火が燃えていた。
関ヶ原。
あの一射。
狙いは確かに捉えていた。
だが、撃ち抜いたのは影武者。
本物は生き延び、その後、猛獣のように戦場を駆け抜けた。
結果として戦局は変わった。
だが、自分の仕事は、果たしていない。
あのとき、なぜ確認しなかった。
なぜ退いた。
その悔いは、消えていない。
むしろ、ずっと胸の奥に沈み続けている。
そして今、その相手が、再び目の前に現れた。
──やり直せるかもしれない。
その誘惑は、あまりにも強い。
だが同時に、理性がそれを押しとどめる。
自分は何者か。
どこに属しているのか。
何のためにここにいるのか。
答えは明白だ。
だからこそ、動けない。
賀津は、そこまでの事情は知らないが、藤四郎の葛藤を感じ取っていた。
言葉にしなくともわかる。
この男は、戦いたがっている。
だが、それを選べば、自分たちの立場が揺らぐ。
その重さも、理解している。
「と、ともかくすぐに返事は出来ねぇ。少し考えさせてくれ」
ようやく絞り出した言葉は、慎重だった。
逃げではない。
だが、即答もできない。
その中間。
慶次郎は、それを聞いて静かにうなずく。
「もちろんだ。お賀津と孫市の立場もある。存分に考えるといい。良い返事を期待して居るぞ」
柔らかな声音。
だが、その奥には確かな確信があった。
──揺れている。
心が動いている。
ならば、時間を与えればいい。
いずれ、自分の望む方へと傾く。
慶次郎はそう見ていた。
座敷の外で、風が強く吹いた。
松の枝が大きくしなり、ざわりと音を立てる。
まるで、これから訪れる嵐を告げるかのように。
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