天女[3]
「なるほどな……島津中書に龍仙寺衆……妙な取り合わせであるが、目当ては工藤内匠頭か……」
慶次郎は腕を組み、ゆっくりと顎を引いた。
座敷の中には、かすかに焚かれた香の匂いが漂っている。外では風が障子をかすめ、紙の震える音がかすかなさざめきとなって耳に届いた。静けさの奥で、何かが確かに動いている──そんな気配があった。
慶次郎の仕草はごく自然なものだ。だが、その一つひとつに、長い年月を戦と人の機微の中で生き抜いてきた者だけが持つ、重みが滲む。
その目は、ただ言葉を聞いているのではない。
人を見ている。
「工藤内匠頭に会えればそれで良いと言うことだな」
柔らかな口調。しかし、その奥にあるのは試すような光。
「……ああ、もしかして爺さん、爺さんはタクミサマの行方を知っているのか?」
賀津の声は、思わず一歩踏み出していた。膝が畳を擦る音がやけに大きく響く。
慶次郎はわずかに目を細める。
「飛騨にいる。これは間違いない。が、どこにいるかは誰も知らん」
一拍。
言葉が落ちる。
「ほ、ほんとうに!? ほんとうに飛騨にいるんだ!!」
賀津は堪えきれず腰を浮かせた。
胸の奥で、何かが一気にほどける。
ここへ来るまで、何度も自分に言い聞かせてきた。「いるはずだ」と。だがそれは、確証ではなかった。願いだった。すがるような思いだった。
だからこそ──。
他人の口から、こうして断言される。
それだけで、現実が形を持つ。
遠い道のり。不安に震えた夜。疑いを振り払うように歩き続けた日々。そのすべてが、いま一つの答えに繋がった気がした。
胸が熱くなる。
同時に、足元がふわりと浮くような、落ち着かない感覚。
喜びが、制御しきれない。
「居場所はわからん。が、年に数度、この近辺の村にやって来て、塩やら味噌やら、米を買い求めるそうだ。それがいつ来るか、どこに来るかは誰にもわからん」
慶次郎の言葉は現実を引き戻す。
手が届きそうで、届かない距離。
「それだけでなんでタクミサマってわかるんだ?」
「本人が名乗ったそうだ。それに……」
慶次郎の指が、静かに賀津の荷へ向けられる。
その動きは緩やかで、しかし逃げ場を与えない。
「雷振筒を持っていた。工藤内匠頭を名乗り、雷振筒を持つ人物……お賀津には他に誰か心当たりはあるか?」
問われた瞬間、賀津の思考は止まった。
否──止まったように感じただけで、内側ではむしろ激しく回り始めていた。
雷振筒。
厳重に管理された兵器。
外に出たものは、すべて行き先が記録されている。
──例外は、六十挺。
消えた六十挺。
あのときのざわめき。責任。疑念。
賀津の胸の奥に沈めていたものが、ゆっくりと浮かび上がる。
四十八挺と弾丸。山中村への手配。
さらに十二挺。
それらを動かしたのは──。
(……タクミサマ)
考えたくなかった。
だが、点と点が繋がってしまう。
もし、あれがすべて仕組まれたものだとしたら。
もし、持ち出したのが本人だとしたら。
辻褄は、合う。
──裏切り。
その言葉が、頭の奥に浮かびかける。
次の瞬間、賀津はそれを叩き潰した。
違う。
そんなはずがない。
あの人が。
自分が知っているタクミサマが、そんなことをするはずがない。
だが──。
確かめなければ、わからない。
胸の奥に冷たいものが落ちる。
喜びとは別の震え。
それでも、結論は一つしかなかった。
会うしかない。
会って、自分の目で確かめるしかない。
そして──信じるしかない。
「心当たりはねえよ。だから多分、タクミサマで間違いねぇ」
言葉は、思ったよりも強く出た。
自分に言い聞かせるように。
慶次郎は、その表情をじっと見ていた。
揺れ。
迷い。
そして、その奥にある決意。
すべてを測るように。
だが結局のところ、読み切ることはできない。
ただ一つ、確かなこと。
この少女は、心から会いたがっている。
それだけで、十分だった。
──嘘でも、餌にはなる。
慶次郎の胸中に、冷静な計算が浮かぶ。
内匠頭飛騨生存の噂は、川尻平馬が流した虚。だが、それを利用する価値はある。
罪悪感がないわけではない。
だが、それ以上に──この二人の力は、欲しい。
「そうか……力を貸してやりたいがこういった事情でな。いつ会わせてやれるか約束は出来ん」
あえて引く。
簡単には与えない。
「それは……仕方ないよ……」
賀津の肩がわずかに落ちる。
だが、まだ諦めてはいない。
「この近辺の村々には布令を出している。もし工藤内匠頭が現れたら引き留め、すぐに知らせよとな。だから白雲城に居れば確実に会える」
静かに、餌を差し出す。
一番欲しいものを。
「本当かい!? じゃあ俺達をここに置いてくれないか?」
食いついた。
身を乗り出す賀津。その瞳には、迷いはない。
慶次郎の口元が、わずかに緩む。
──かかった。
そして、間を置かずに踏み込む。
「置いてやってもいいが、我らの少し手を貸してもらいたいのだが……」
その言葉は柔らかい。
だが、その実──逃げ道のない取引だった。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




