表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last rewrite  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/83

天女[2]

「う……うそだろ……七郎さんが……お大名!?」


 賀津の声は、乾いた空気の中でひどく頼りなく響いた。


 先ほどまで笑いに満ちていた座敷が、一瞬で別のものへと変わっていく。畳の目の一つひとつまでがやけにくっきりと見え、誰もが息を詰めたまま、七郎──その男を見つめていた。


「嘘ではないさ。そこに座っているのは日州佐土原(にっしゅうさどはら)の城主、島津中務大輔しまずなかつかさのたいふで間違いない」


 政宗の声は静かだったが、断定には微塵の揺らぎもなかった。


 かつて伏見や大坂で、何度かすれ違った記憶がある。群れの中にあっても、自然と目を引く男。薩摩隼人の典型と呼ばれながら、どこか芝居役者めいた整った顔立ち。廊下を行き交う侍女たちが、ひそかにざわめく様子すら覚えている。


 いま目の前にいる男は、確かにみすぼらしい身なりをしている。だが、それでもなお消えないものがある。


 立ち居振る舞いのわずかな隙。声の張り。人の上に立つ者だけが持つ、言葉にできぬ「格」。


 それは、どれほど隠そうとしても滲み出る。


「関係なかっ! オイはもう島津義久(おおおじ)どんと袂ば分かっ! 島津ん家と、縁ななかっ!!」


 七郎──いや、豊久は叫ぶように言った。


 その言葉には、強がりのような勢いと、押し殺しきれない何かが混じっている。


 拳を握りしめる手。視線を逸らす一瞬の動き。


 それがすべてを物語っていた。


 慶次郎はその様子を、ただ静かに見ていた。


 ──島津豊久、出奔。


 その話は、かつて兼続から聞いている。収集した情報をぶつけてくるあの男にとって、慶次郎は思考を研ぐための砥石のような存在だった。


 事実は知っている。


 だが、理由は知らない。


 そしておそらく、ここで語られることもない。


 慶次郎は小さく肩をすくめた。


「まあいいさ、ここにはいろんな奴がいる。昔のことは詮索せんよ」


 その一言は、場に張り詰めていた緊張を、わずかに緩めた。


 逃げ場を与えるような、あるいは踏み込まぬための線引きのような言葉。


 慶次郎の視線が、ゆっくりと賀津と藤四郎へ移る。


「それよりもこっちだ。持っているのは雷振筒だな。なぜお主らが持っている?」


 問いは軽く放たれたようでいて、鋭く核心を突いていた。


 賀津は一拍置き、迷いなく答える。


「俺達は龍仙寺衆だからな。雷振筒は商売道具だ」


 その瞬間、空気が揺れた。


 どよめきが畳を伝い、壁に反響する。


 龍仙寺衆──石田家の秘中の秘。名だけは知られていても、実態に触れた者はほとんどいない。


 目の前にいる少女と若者が、その一員だという現実に、誰もが即座にはついていけなかった。


「何か(あかし)はあるのか?」


 政宗の視線が細くなる。


 藤四郎は静かに懐へ手を入れ、一通の書状を取り出した。その動作には無駄がなく、どこか儀礼めいた確かさがあった。


「こちらが我が殿の御免状でございます──」


 差し出された紙に、政宗は目を落とす。


 見慣れた筆跡。


 石田三成の名。


 それだけで十分だった。


 偽りであれば、ここまで整った形にはならない。これは本物だ。疑いようもなく。


 政宗の胸中で、静かに認識が塗り替えられていく。


 ただの流れ者ではない。


 この二人は、確かな意志と命を背負ってここにいる。


「龍仙寺衆には(おなご)もいるのか?」


 ぽつりと漏れた源次郎の疑問は、この場にいる誰もが抱いていたものだった。


 藤四郎が、わずかに賀津へ視線を向ける。


「賀津殿は龍仙寺衆の火薬方。工藤内匠頭様の直弟子です」


 再び、どよめき。


 視線が一斉に賀津へ集まる。


 幼さを残した顔立ち。細い肩。だがその奥にあるもの──火薬を扱い、戦場を知る者の目。


 見ようとすれば、確かにそこにあった。


「どんな理由で龍仙寺に帰ってこなかったのかはわからねえけど、タクミサマなら俺に話してくれるはずだ。だから会いに来た」


 賀津の言葉は、まっすぐだった。


 疑いも、迷いもない。


 ただ一人の男を信じている、その一点において揺るがない強さがあった。


 その声音に、場の者たちは自然と納得していた。


 ──この少女が選ばれた理由。


 それは技だけではない。


 信頼だ。


「そうか……ところで書状のは鈴木秀勝とあるが、なぜ雑賀孫市を名乗っている?」


 政宗の問いは続く。


 藤四郎はわずかに背筋を正した。


「拙者の父は雑賀衆で、そのご縁で三年前、孫三郎様より直々に名乗りを許されました」


 静かな声。


 だが、その内にある誇りは隠しきれない。


 雑賀孫市──ただの名ではない。継ぐに値する者にのみ許される、重い名だ。


 政宗はゆっくりとうなずいた。


「あの腕ならば然もありなん」


 その言葉に、源次郎と六左も深くうなずく。


 彼らは見ている。


 あの一射を。


 常識の外側にある、あまりにも正確な一撃を。


「六左までうなずくとはな。それほどの腕前なのか?」


 又兵衛の声には、半ば疑い、半ば期待が混じっていた。


「兄ぃ、見てねえから言えるんだ。コイツぁバケモンだぜ」


 軽口の裏に、確かな実感がある。


「三百間はありましたな」


 源次郎の言葉に、又兵衛の顔色が変わる。


「三百間!? おいおい……」


 信じがたい。


 だが、嘘を言う男たちではない。


「それが当たったんだよ」


 現実が、常識を押し流す。


「いくら雷振筒でも三百間は無理だろ!?」


 いまだに信じられない又兵衛を横目に、藤四郎は静かに答えた。


「あれは長竿という、遠当て専用の雷振筒です」


「タクミサマが藤四郎さんのために特別にこさえたんだ。天下に二挺しかねえ筒なんだぜ」


 賀津は胸を張る。


 その誇らしさは、自分のことのようでいて、同時に師への絶対的な信頼の表れでもあった。


 皆が息を呑む。


 それは単なる驚きではない。


 欲望に近い感情が、場に広がっていく。


 ──欲しい。


 これから始まる戦に、この力があれば。


 誰もが、同じことを思っていた。


 だが同時に、理解もしている。


 この二人は石田の者。


 白雲城に従う義理はない。


 ならば、どう動く。


 視線が、自然と一人の男へ集まる。


 慶次郎。


 彼は腕を組み、わずかに目を細めていた。


 笑っているようにも見える。


 だがその奥では、すでに幾つもの策が巡り始めているのが、誰の目にも明らかだった。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ