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Last rewrite  作者: 蒼了一


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天女[1]

「骨喰党を滅ぼすとは……さすが玄舜坊。見事な働きぶりだ」


 白雲城の廊下には、夕刻の光が斜めに差し込み、磨き抜かれた板張りの床に淡い橙の帯を引いていた。外では山風が松を鳴らし、その低い唸りが、戦の余韻のように城内へと忍び込んでくる。


 その静けさの中を、慶次郎と玄舜坊──伊達政宗は並んで歩いていた。


 慶次郎は満足げに顎髭を撫でる。だがその眼差しは、ただの勝利に酔うものではない。どこか、戦の裏側に残る澱を見据えているようでもあった。


「しかし町屋村はほぼ全滅した。手放しでは喜べん」


 政宗の声は低く、乾いていた。足音が一歩ごとに廊下へ響く。その規則正しさとは裏腹に、胸中には未だ収まりきらぬものがある。


 焼かれた家々。倒れた者たち。助けられなかった命。


 骨喰党を滅ぼしたという事実が、それらすべてを帳消しにすることはない。


 慶次郎は小さく息を吐いた。


「頭領の赤城弾正を仕留めたのだ。それで満足すべきだな」


「仕留めたのは我らではない……」


 政宗の言葉には、わずかな棘があった。


 脳裏に浮かぶのは、あの男の背。追いつけぬ距離で、確かに命を断ち切った一撃。自分の手では届かなかった決着。


 蛇のように狡猾で、兎のように逃げ足が速い──赤城弾正。その最期を仕留めたのは、名も知れぬ一人の若者だった。


「赤城弾正を仕留めた男。そいつを連れてきたのが最大の手柄かもしれんな」


「思った以上の掘り出し物かも知れぬ」


 襖の前で足を止める。


 一拍の静寂。


 慶次郎が襖に手をかけ、音もなく開いた。


 座敷にはすでに人が揃っていた。畳の上に座る三人。藤四郎、七郎、そして賀津。その周囲には源次郎、六左、又兵衛が控え、室内の空気はどこか張り詰めている。


 初対面の緊張と、互いを測る視線が、静かに交差していた。


「ご足労かたじけない。儂は浪人衆のまとめ役をしているジジイだ。慶次郎と呼んでくれ。まずは村の者達に変わって礼を申す」


 慶次郎は深く頭を下げた。その動作は大名にも劣らぬ堂々としたものだが、同時にどこか人の上に立つ者の責を背負った重みが滲んでいる。


 賀津たちもそれに応じて頭を下げた。


 目の前の老人はただ者ではない。


 言葉を交わす前から、それだけは肌で理解できた。


「町屋村の人達は助けられんかった……それが悔しゅうて……」


 賀津の声は震えていた。拳を握る手に力が入り、指先が白くなる。


 脳裏に蘇るのは、あの少女──チサの笑顔。


 あまりにも無垢で、あまりにもあっけなく失われたもの。


 助けられなかったという事実が、胸の奥に棘のように刺さっている。


「それとてお主らのせいではない。むしろ責められるは領民を守らぬ金沢の殿よ」


 慶次郎の声は穏やかだったが、その奥にははっきりとした怒りがあった。


 領民を守るべき者が守らなかった。その責は重い。


 野伏せりを放置し、国境を固めず、結果として村が滅びた。その連なりを思えば、責めるべき相手は明白だった。


 しかし賀津の胸の内では、その理屈がそのまま救いにはならない。


 救えたかもしれない命。


 その「もしも」が、何度も心を掻きむしる。


「そんなことよりもお主らは何者だ?」


 空気が変わる。


 柔らかさを残しながらも、鋭く核心を突く問い。


 飛騨の山奥に現れた、雷振筒を持つ三人組。偶然で片付けるにはあまりに出来過ぎている。


 賀津が口を開こうとした、その瞬間。


「オイは城州ん浪人、七郎なごわす。こんお二人っとは岐阜い知い合いもした。何んも怪しか者じゃありもはんッ!」


 七郎が勢いよく口を挟んだ。


 その声は妙に張りがあり、そして──致命的に訛っていた。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、又兵衛が肩を震わせ、六左が堪えきれず顔を背ける。源次郎までもが口元を押さえた。


 やがて、笑いが漏れた。


 堰を切ったように、室内に広がる。


「なッ!? 疑っくいやっとかッ!?」


 七郎は顔を真っ赤にして抗議する。その必死さが、さらに笑いを誘った。


 政宗も、慶次郎も、ついに吹き出した。


 張り詰めていた空気が、一気にほどける。


「だからダメだって言っただろ七郎さん、やっぱ城州浪人は無理があるって」


 賀津が呆れたように肩をすくめる。


「そげなッ! オイはまっとな都言葉ば使っちょいもんどッ!?」


 必死の弁明。しかしその言葉が、かえって決定打だった。


「いやいや、笑って済まぬ。しかし、歴とした大名が城州浪人を名乗るのはいかがなものか?」


 政宗が、笑みを残したまま言った。


 その一言。


 それは、軽く投げられたようでいて、鋭い刃のように場を切り裂いた。


 笑いが止まる。


 空気が凍りつく。


 誰もが、七郎を見た。


 まさか──という思いが、同時に浮かぶ。


 そして賀津と藤四郎も、ようやく理解が追いついたかのように、目を見開いた。


 この男が。


 この、どこか抜けた調子の男が。


 ──大名。

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