将星相逢[4]
「ば、馬鹿馬鹿しい……。なんで俺が、そんな戯れ言に……」
地面に押さえつけられたまま、玄舜坊は呻いた。
つい先ほどまで刃を交えていた相手から、いきなり戦の総大将を頼まれる。常識で考えれば、狂気としか思えない。
夜風が庭木を揺らし、枝葉がさらさらと鳴る。星明かりの下で、玄舜坊の額には薄く汗が浮かんでいた。
「至極簡単な理由よ」
玄舜坊の背に跨がったまま、慶次郎は平然と答える。
「白雲城には将がおらぬ。戦を描ける将がな」
「……だったら又兵衛と六左がいるだろう」
玄舜坊は顔をしかめながら言った。
「あの二人、どこの何者かは知らぬが……将としては上の上だ。どこの大名でも欲しがる逸材よ」
「さすが大崎少将の目利きは確かだな」
慶次郎は感心したように笑った。
「だが、儂が欲しいのはその上さ」
「……その上?」
「将の将。つまり──」
慶次郎はわずかに身を屈め、玄舜坊の耳元で囁く。
「お主に総大将を任せたい」
その言葉を聞いた瞬間、玄舜坊は思わず吹き出した。
「……馬鹿な!」
笑いながらも、声には苛立ちが混じる。
「何で俺が、そんな所で戦をするんだ!」
「そうか?」
慶次郎はあっさり言う。
「総大将を引き受けるのなら、この戒めを解いてやる。どうじゃ?」
言いながら、ねじり上げていた腕にぐっと力を込めた。
「ぐ……!」
玄舜坊の眉間に深い皺が刻まれる。
状況は支離滅裂だった。
総大将を頼みながら腕を極めるなど、まともな頼み方ではない。
「そんなもの……貴様がやればいいではないか!」
「儂は無理じゃ」
慶次郎はあっさり言い切る。
「一騎駆けは出来ても、戦は描けん。奥州を切り取ったお主と比べれば、雲泥の差よ」
その言葉に、玄舜坊の目がわずかに細くなる。
「……だからといって、俺が引き受ける義理は──ぐっ」
「勘違いするなよ少将」
慶次郎の声が低く落ちた。
「これは取引じゃ」
「取引……?」
「お主は真田の惣領と共に飛騨へ来た。関を抜けるための工夫だろう」
玄舜坊の胸が、ひやりと冷えた。
「どう誑かしたかは知らぬが、まんまと飛騨まで来た」
言葉が出ない。
闇の中で控えていた眸海も、息を呑んだ。
「おそらく行き先は富山湊」
慶次郎は淡々と続ける。
「ここまで来れば越中までは大した関がない。源次郎は用済みになったのだろう」
「……な、なぜそう思う」
玄舜坊は絞り出すように言った。
慶次郎は鼻で笑う。
「大崎少将伊達政宗の身の置き所など、もはや天下のどこにもないからな」
夜空の星が冷たく瞬いている。
「富山湊から唐か南蛮へ逃れるつもりだった……違うか?」
図星だった。
玄舜坊は一瞬、言葉を失う。
「……だ、だとしたら……」
苦し紛れに言う。
「なおさら戦などしておられぬと……わからぬか?」
「だから取引よ」
慶次郎は平然と言った。
「儂の後ろには直江山城がいる」
「なっ……!」
玄舜坊の眼が見開かれる。
「この戦を手伝えば、山城守の庇護でお主をどこへでも落としてやる。ルソンでもシャムでも、ジャガタラでもな」
思考が静かに回り始めた。
富山湊で南蛮船に潜り込むつもりだった。
だがそれは賭けに近い。見つかれば終わりだ。
もし直江兼続が段取りを整えるなら──。
日本脱出は、現実味を帯びる。
しかし。
(信じられるか……?)
この男の言葉を。
裏付けは何もない。
玄舜坊が沈黙していると、慶次郎がさらに言った。
「もし望むなら、上杉が身柄を預かり、大坂と折衝も出来る」
玄舜坊の呼吸が止まる。
「知っているだろう。山城守と近江宰相が昵懇であることは」
近江宰相石田三成──。
もし上杉が庇護者となるなら、状況は変わる。
捕らえられれば高野山送り、いずれ賜死。
だが兼続が間に立てば、天秤は違う方向へ傾くかもしれない。
それでも。
「……信じることは出来ぬな」
玄舜坊は低く言った。
「そこはもう、儂を信じるかどうかよ」
慶次郎は肩をすくめる。
「山城守にはそれくらいの貸しがある。あの男なら儂の頼みを無下にはせんさ」
「それでも断ると言ったら……」
短い沈黙。
慶次郎の声が、冷たく落ちた。
「ここで殺す」
冗談の気配は一切ない。
玄舜坊は一瞬、呆然とした。
(……なんという男だ)
もはや取引ではなく脅迫だ。
この奇妙な老人は自分を組み伏せながら、その器量を心底求めている。
情けなさと──。
どこか可笑しさが、腹の奥から湧き上がってきた。
「わ、わかった、わかった」
玄舜坊──伊達政宗は苦笑した。
「内ヶ島への助勢を引き受けよう」
「おお!」
慶次郎が嬉しそうに声を上げる。
「さすがは大崎少将、正しき道を選ばれた」
「こんな所で殺されては叶わんからな」
政宗は肩で息をつきながら言った。
「山城守の件、しかと守れよ」
「武士に二言はない。ご安堵召されよ」
慶次郎はそう言うと、腕を離した。
身体が軽くなる。
そして背に突き立てていた飛苦無を抜き、眸海へ放り投げた。
政宗は起き上がり、肩を回しながら慶次郎を見た。
「それにしても……よく俺の正体がわかったな」
「昔、聚楽第ですれ違ったことがあった」
慶次郎は笑う。
「一度挨拶もしたんだが、忘れたようだ」
「はて……どこの御仁だろうか?」
「前田の慶次郎よ」
その名に、政宗の目が大きく開かれた。
「長谷堂城では世話になった」
「なんと……!」
その瞬間、政宗の頭の中で点と点がつながった。
上杉の援軍として現れた前田の貴公子。
風流を愛する傾奇者。
直江兼続と昵懇の仲。
(前田慶次郎……)
なるほど、先ほどの話もまるきり嘘ではない。
「前田慶次郎とはな……」
「まあ、そういうことだ」
慶次郎は政宗の肩をばんと叩く。
「よろしく頼むぞ御大将!」
つい先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えぬ気さくだった。
政宗は苦笑する。
「それにしても……内ヶ島にはどれほど兵がいる」
「ざっと八百。領民をかき集めて一千がやっとという所か」
「それで戦になるのか!?」
「地の利はある」
慶次郎は豪快に笑う。
「なんとかするのが儂らの仕事じゃないか」
「……工藤内匠頭は当てに出来るのか?」
「ああ、それは嘘だ」
「なっ!?」
あまりにあっさりした暴露に、政宗は言葉を失った。
「浪人集めの作り話よ。内ヶ島の家臣、川尻平馬の知恵でな」
慶次郎は愉快そうに笑う。
「まんまと引っかかったわ」
「だ……だとしても、なぜそれを今明かす」
「お主は総大将だからな」
慶次郎は肩をすくめた。
「全部知った上で策を練ってもらわねば困る。それに──」
にやりと笑う。
「お主は内匠頭目当てでここへ来たわけでもないしな」
「……俺がばらすとは思わぬのか」
「それで勝てるというなら、儂は何も言わん」
政宗は思わず天を仰いだ。
(叶わん男だ)
戦国を生き抜いてきた。
数多の武将を見てきた。
だが──。
ここまで豪放で、ここまで底の見えぬ男は見たことがない。
(これが前田慶次郎か……)
政宗は胸の奥で小さく笑った。
気が付けば、すでに考えている。
この奇妙な男と共に──どんな戦を描こうか、と。
だが相手は九十八万石の大大名、小早川秀秋。
政宗の目が、夜の闇の中で鋭く細められた。
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