古豪[2]
後藤又兵衛。
黒田如水の薫陶を受け、黒田家の采配を一手に預かっていた男。武勇のみならず、戦場を見通す眼と兵を動かす才にも秀でた、当代屈指の将。その名を知らぬ者など、この場にはいなかった。
「又兵衛……。それは真の話でござるか? いや、実に懐かしい」
覚兵衛は驚きこそしたものの、やがて懐かしむように目を細めた。
文禄の役。晋州城攻略戦において、覚兵衛は後藤又兵衛や花房助兵衛らと轡を並べ、戦場を駆けたことがある。
互いに命を預け合った、古い戦友であった。
「あの男が、今は白雲城に……」
口元に浮かんだ笑みには、旧友との再会を喜ぶような色があった。だが、それも束の間。
「忠右衛門が率いた足軽の中に、又兵衛を知っている者が何人かおってな。話を聞けば、口を揃えて、あれは後藤又兵衛だと言うておった」
直政の説明に、覚兵衛はゆっくりと頷いた。
「水野六左に後藤又兵衛……。一体、あの城は何なのでしょうな?」
口ぶりは呆れたようだったが、そこには警戒の色が滲んでいた。
六左衛門こと水野勝成は、武勇と奔放さで知られる猛将である。そこへ後藤又兵衛まで加わっているとなれば、単なる山城の守兵とは到底言えない。これほどの男たちが、なぜあのような山奥の城に集っているのか。
疑問は尽きなかった。
「それだけではない。鉄砲備を率いているのは、島津中書だそうだ」
「なんと!? しかし、あの男は……」
覚兵衛の顔から、笑みが消えた。
島津中書。
その名を聞けば、思い当たる人物は一人しかいない。
「島津を出奔して浪人になったと聞いた。が、まさか白雲城におるとはな……」
覚兵衛は言葉を切り、腕を組んだ。
島津家を離れた男が、縁もゆかりもない飛騨の山奥で、鉄砲隊を率いている。事情はわからぬが、ただ事ではあるまい。
しばらく考え込んだ末、覚兵衛は低く唸った。
「……戦がしたくて堪らぬのでしょう。それで、縁もゆかりもないこんな山奥まで来て……。まったく、どうしようもない大馬鹿者ですな」
その言葉には、突き放すような口ぶりとは裏腹に、どこか親しみめいた響きがあった。
戦場に身を置くことをやめられぬ男。理屈や損得では割り切れず、ただ己の望む戦を求めて、遠く離れた土地にまで流れ着いたのだとすれば、覚兵衛にはその気持ちがわからぬでもない。
もっとも、敵に回すとなれば話は別だ。
「他には、雑賀孫市もいるという」
直政がさらりと付け加えた。
その瞬間、覚兵衛をはじめ、居並ぶ武将たちの顔に驚きが広がった。
雑賀孫市。
石山合戦で織田信長を苦しめた鉄砲集団、雑賀衆を率いた男の名である。あまりにも有名なその名を聞いて、誰もが一瞬、耳を疑った。
「まさか……」
覚兵衛の口から、思わず声が漏れた。
「無論、石山合戦の孫市ではない。その息子殿でもあるまい。随分と若い男だというしな」
「孫市の名を騙っているということですな」
「おそらくは……。だが、才蔵が討たれた時、六左は『あれが的だ』と指図した。そして奴は額を撃ち抜かれた」
その言葉に、座の空気が再び張り詰めた。
可児才蔵。
そう簡単に討ち取れる相手ではない。その才蔵が、額を撃ち抜かれて命を落とした。
「敵も雷振筒を持っていると?」
「間違いない。だが、それだけで才蔵に風穴を開けられるものでもあるまい。孫市という名が騙りであったとしても、それを納得させるだけの腕前を持つ者がいる。そう考えた方がよかろう」
誰もすぐには口を開かなかった。
雷振筒の威力は、すでに彼らも熟知している。だが、どれほど強力な武器であろうと、それを扱う者の腕が伴わなければ、戦場で決定的な働きはできない。
才蔵ほどの男を一撃で仕留めたという事実は、敵が雷振筒を持っているというだけでは説明がつかないのだ。
二度の戦いで、二度とも手痛い目に遭わされた。もはや偶然でもなければ、こちらの不覚だけで片づけられる話でもない。敵には、こちらの予想を超える備えがある。そして、その備えを実戦で機能させるだけの者たちがいる。
だからこそ、覚兵衛の胸には、別の疑問が浮かんでいた。
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