古豪[1]
白川砦のあちこちには、新しい建物が並び、急ごしらえの陣地だったものが、日を追うごとに堅固な要塞へと姿を変えつつあった。
木材を運ぶ者、土を掘り返す者、柱を組み上げる者。大勢の人足や兵卒が忙しなく行き交い、槌を打つ音や岩を砕く音が、谷間に絶え間なく響いている。切り払われた山肌には、いまだ生々しい土の色が広がり、砦の周囲には深い堀や防御のための柵が次々と設けられていた。
本陣はその中心に座している。
まだ工事を終えていない箇所も残っていたが、瓦葺きの屋根を戴くその建物は、砦の中でひときわ重厚な威厳を放っていた。周囲の兵舎が実用一点張りの粗末な造りであるだけに、その堂々たる姿はいっそう目を引く。戦場に臨む陣屋というより、城主の居館を思わせる構えだった。
もっとも、これを築いた飯田覚兵衛にしてみれば、まだまだ満足のいく出来ではないのだろう。
砦の副将格を務めるこの男は、武勇に優れるだけでなく、築城の名手としても知られていた。現場の隅々まで自分の目で確かめなければ気が済まない性分なのか、朝から晩まで砦中を歩き回り、あれこれと指図を飛ばしている。人手の配置から資材の調達、防御施設の造作に至るまで、その目の届かぬところはなかった。
そのため、休む暇もない。
今日、本陣で開かれる軍議に姿を現したのも、約束の刻限を少しばかり過ぎてからのことだった。
「いやあ、お待たせして申し訳ない。西の櫓の脇の炊事場から火が出ましてな、火消しの指図をしておったら遅れてしもうた。なに、ボヤで済みましたわい」
悪びれる様子もなく、覚兵衛は笑いながら自分の席に腰を下ろした。
その途端、張り詰めていた座の空気が、ふっと緩んだ。
戦陣にあっても、覚兵衛のように明るく振る舞う男は珍しい。敵の動向ひとつで命運が左右される状況で、火事騒ぎに追われた挙げ句、遅刻してきたことさえ笑い飛ばす。普通ならば眉をひそめられてもおかしくないところだが、誰も咎める気にはならなかった。
この男がただ陽気なだけではないことを、皆が知っているからだ。
数々の戦場をくぐり抜けてきた武勇。幾多の城を手掛けてきた経験。そして、いかなる窮地にあっても揺らがぬ胆力。
この男なら何とかしてくれる。覚兵衛の豪放な笑みは、そんな頼もしさを自然と周囲に抱かせるのだ。
「お役目ご苦労にござる。忙しいところ申し訳ないが、貴殿の意見もぜひ伺いたい」
この砦の主将、井伊直政が穏やかな声で口を開いた。
軍議の席には、直政のほかに阿部正次、奥平信昌、渡辺重綱、生駒利豊の四人が並んでいる。いずれも徳川家中で武名を知られた将であり、その顔には、数多の戦場が刻んだ厳しさがあった。
その向かい側には、庄林一心、赤星親武、斎藤利宗の三人が座っている。彼らもまた、覚兵衛と同じく加藤清正に仕え、加藤十六将に名を連ねる歴戦の将であった。
顔ぶれだけを見れば、これほどの陣容を揃えた軍議が、そうそうあるものではない。
だが、彼らの表情に浮かんでいるのは、勝利を確信した者の余裕ではなかった。
「次の一手……に、ござるな」
覚兵衛は居住まいを正し、直政の顔を見た。
わずか二日前、渡辺忠右衛門重綱が率いる部隊が内ヶ島勢と戦い、手痛い敗北を喫したばかりである。敵の兵力は少ないと聞いていた。それゆえ、当初は大軍をもって押し包めば、さほど苦労せずに落とせるものと考えていた。
ところが、蓋を開けてみれば、この有様である。
兵たちから聞き取った話と、重綱が捕らえた数名の捕虜の証言。それらを突き合わせることで、ようやく白雲城の内情が、おぼろげながら見えてきたところだった。
「あの城には六左衛門だけではない。他にも厄介な手合いがいる」
直政の言葉に、覚兵衛が興味深そうに眉を上げた。
「ほほう。それは楽しみですな。で、どんな男です?」
「後藤又兵衛」
その名が直政の口から出た瞬間、座に小さなどよめきが広がった。
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