古豪[3]
「水野六左衛門に後藤又兵衛、それに島津中書……。一体、あの城を束ねているのは誰なのでしょうな?」
六左衛門も又兵衛も、誰かの指図を大人しく聞くような男ではない。島津中書にしても、わざわざ故郷を捨ててまで戦場を求めた男である。そんな連中が一つの城に集い、まとまって動いている。
それぞれが己の思惑で動いているだけなら、これほど手強い軍勢にはなるまい。
「聞くところによると、玄舜坊という僧侶だそうだ。それと、無苦庵と名乗る老将。この二人が、又兵衛らに指図しているらしい」
「……玄舜坊……無苦庵」
覚兵衛は二つの名を口の中で繰り返し、記憶を探った。
だが、思い当たる人物はなかった。
名の知れた武将であれば、どこかで耳にしていてもよさそうなものだ。ましてや、後藤又兵衛や水野勝成を従わせるほどの人物ならば、なおさらである。
それなのに、聞き覚えがない。
名を隠しているのか。それとも、世に知られていないだけで、恐るべき力量を秘めた人物なのか。
いずれにせよ、名も知れぬ相手だからと侮るわけにはいかなかった。
「何者かはわからぬが、並みの人物ではなかろう。そうでなければ、六左や又兵衛が大人しく従うはずがない。あの二人を従わせるだけの力を持つ古豪……ということだ」
直政はそう結論づけた。
その声には、敵を侮る響きは微塵もなかった。
「やれやれ、平らな場で戦をするならともかく、こんな谷底で、そんな曲者共が相手とは……」
覚兵衛は肩をすくめ、深々と息を吐いた。
山々に囲まれた飛騨の地は、平地とは勝手が違う。兵の数が多ければよいというものではない。狭い道では大軍の利を生かせず、山の地形を熟知した敵に待ち伏せされれば、かえって兵力の多さが仇となる。
築城のために砦の周辺を歩き回っている覚兵衛には、この土地の険しさがよくわかっていた。
しかも、相手はただ地の利に頼るだけの田舎侍ではない。名の知れた猛将たちに、正体のわからぬ指揮官。さらに、雷振筒まで備えている。
厄介どころの話ではなかった。
「しかし、やらねばならぬ。敵も戦場も、我らで選べぬのだからな」
直政の言葉に、覚兵衛は小さく笑った。
「それで、どんな手を打ちますか?」
問いかけに、直政はすぐには答えなかった。
腕を組んだまま、座に並ぶ武将たちをゆっくりと見渡す。その眼差しには、先ほどまでの慎重な議論を断ち切るような、強い決意が宿っていた。
「平押しだ。数に物を言わせ、道を我らのものにしていく。今度は儂が采配を取る」
「なっ、御大将が御手ずからとは……。此度は拙者にお任せいただくわけには参りませぬか?」
覚兵衛が思わず身を乗り出した。
主将自らが前線に立つとなれば、万が一の際の損失は計り知れない。ましてや、敵の正体も戦力も、いまだ完全には掴めていないのだ。ここは配下の将に任せ、直政は後方で全軍を統べるべきではないか。
覚兵衛の懸念は、決して直政への不信から出たものではない。
「いや、覚兵衛殿には、この砦を一刻も早く仕上げていただきたい」
直政は静かに首を振った。
「砦が未完成のままでは、後ろを気にせず戦うこともできぬ。ここは貴殿に任せる。なに、相手が何者かわかった上で押し出すのだ。不覚は取らぬよ」
そう言って、直政は口元にわずかな笑みを浮かべた。
無謀な自信から出た言葉ではない。敵の力量を認めたうえで、それでも勝つと決めた男の顔だ。
覚兵衛はしばらく直政を見つめていたが、やがて観念したように肩の力を抜いた。
「……承知いたしました。ならば、拙者はこの砦を、敵が容易には落とせぬ城に仕立て上げてみせましょう」
その言葉に、直政は力強く頷いた。
こうして、次の出撃は井伊直政が自ら指揮を執ることに決まった。
率いる兵は四千。
さらに、その後方には三千の後詰めを控えさせる。先の二度の敗戦を教訓とし、敵の力を侮ることなく、万全の態勢で白雲城へと押し出す構えであった。
もはや、相手を小勢の守兵と侮る者はいない。
白雲城を巡る戦いは、次の段階へと移ろうとしていた。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




