七郎[1]
慶長五年九月十五日。
平地を覆っていた濃霧が、ゆっくりと薄れていく。
朝の冷気を含んだ白い帳が晴れるにつれ、その向こうから人影が浮かび上がってきた。
ひとつ、ふたつではない。
幾千、幾万という兵が大地を埋め尽くし、旗指物が波のように揺れている。甲冑の煌めき、馬の蹄、兵たちの怒号。
天満山中腹の陣から眼下を見渡していた男は、思わず息を呑んだ。
島津家に生まれ、幼い頃から戦場を住処として育った。
戦場の何たるかは、誰よりも知っているつもりだった。
だからこそ。
次の瞬間、眼前で起きたことが理解できなかった。
──轟ッ!!
大地を揺るがす轟音が響く。
一発ではない。音は途切れることなく連なり、幾重もの雷鳴が地を這い回っているかのようだった。
「……なんじゃ……?」
最前線。石田勢の陣から、凄まじい勢いで煙が噴き上がっている。
その向こうで、黒田勢が崩れた。
いや、崩れたなどという生易しいものではない。
兵が次々と吹き飛ばされ、列が千切れ、隊伍が見る間に乱れていく。精強をもって知られる黒田勢が、抗う術もなく押し潰されていた。
さらに轟音。また轟音。
そのたびに土煙が上がり、兵が倒れていく。
「な……なんじゃ……あいは……」
男の喉から、掠れた声が漏れた。
鉄砲は知っている。火縄銃ならば、戦場で幾度も命を預けてきた。
撃てば煙が上がり、弾が飛ぶ。だが一発ごとに次弾を込めねばならず、その間には必ず「間」が生まれる。
それが鉄砲というものだ。
ところが、眼下で使われている鉄砲にはその「間」がない。
轟音は止まず、黒田勢が逃げ始めても、追い打つように轟音が響く。
そして今度は、加藤勢へ。長岡勢へ。
暴威は戦場を横切り、次々と敵を食らっていく。
兵の叫びが風に乗って届き、次の轟音に呑まれた。
「いったい……何が起きちょっとじゃ……」
男はただ、立ち尽くしていた。
自分の目で見ているはずなのに、頭がそれを現実として受け入れない。
刀を振るい、槍を突き、鉄砲の煙を掻い潜ってきた。敵の動きを読み、一瞬の隙を突いて勝機を掴む。それが彼の知る戦だった。
だが、あれは違う。
あれは、戦の形そのものを変えてしまう何かだ。
この時、|中務大輔島津又七郎豊久《なかつかさのたいふしまずまたしちろうとよひさ》の運命は変わってしまった。
後に、彼は知ることとなる。石田勢が用いた、あの異様な鉄砲の名を。
──雷振筒。
その名を知るよりも先に、七郎の魂は、あの雷鳴に撃ち抜かれていた。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




