化物[9]
複数の人間が、屋敷の中へ入ってくる。
足音は迷いなく近づき、やがて納戸の前で止まった。
「おお、勘兵衛! 生きていたか」
聞き慣れた声がする。
「御家老様……」
戸口に立っていたのは、島左近。
その後ろには、配下たちが控えている。
彼らは屋敷の中を見渡すと、すぐさま手分けして捜索を始めた。死体の確認、武器の回収、蔵や納戸の点検。誰も無駄口を叩かず、手際よく動いている。
左近は人数を揃えて屋敷の近くに潜み、踏み込む機会をうかがっていたのだ。
「申し訳ありません、御家老様。典膳を殺してしまいました」
勘兵衛は、頭を下げた。
雷振筒を盗んだ犯人を生かして捕らえることができなかった。
そのことが、どうしても気にかかっていた。
「別にいいさ」
左近は、あっさりと言った。
「ここに雷振筒と弾があったんだろう?」
「はっ。十二挺と三千六百発がここに」
「なら、典膳に用はない」
左近は、床に横たわる典膳の死体へ目を向けた。
「どのみち、すべてを吐かせたら始末するつもりだったんだ。手間が省けて好都合というものよ」
あまりにも平然とした口調だった。
勘兵衛は、一瞬、返す言葉を失った。
典膳を裁き、罪を白日の下に晒す。
自分はそのつもりでここまで来た。
だが、左近には最初から典膳を生かしておく理由などなかったのだ。
物さえ押さえれば、あとは消すだけでいい。
それが、この乱世を生き抜いてきた男の答えだった。
──己は、まだ甘かったということか。
勘兵衛は、胸の内でそう呟くしかなかった。
「さて……」
化物が、着替えを済ませながら言った。
「俺はもう帰るぜ。これで借りは返したってことでいいな?」
「ああ。お前もよくやってくれた」
左近は、どこか満足げに頷いた。
「気が向いたら佐和山へ来い。もてなすぞ」
「結構だ」
化物は、即座に断った。
左近は苦笑した。
「相変わらずだな、お前は」
「ジジイの相手は疲れる」
「誰がジジイだ!」
「ほら、ジジイはすぐ怒るから始末が悪い」
化物は、面倒くさそうに手を振った。
そのやり取りを聞きながら、勘兵衛は内心で驚いていた。
あの島左近を、ここまで気安く扱える男。
しかも、左近もまた、それを本気で咎める様子がない。
二人の間には、単なる雇い主と用心棒という関係では、説明できないものがあるようだった。
「勘兵衛」
左近が呼びかけた。
「ひと仕事終えたところ悪いが、こいつを送ってやってくれ」
「はっ」
「よせよ。ガキじゃねえんだ」
化物は不満げに顔をしかめた。
「送ってもらう必要なんざねえ」
「御家老様の申しつけだからな」
「……ったく。融通の利かねえ野郎だ」
化物は、ぶつぶつと文句を言いながら歩き出した。
勘兵衛は一礼して左近に別れを告げ、その後を追った。
屋敷に残った左近の配下たちは、引き続き捜索を進めていた。
証拠品はすべて回収され、必要なものは記録された。死体も運び出され、屋敷に残された痕跡は、可能な限り処理されていく。
そして、すべての作業が終わった頃。
屋敷には火が放たれた。
夜の闇を赤々と照らし、炎が屋根へと燃え広がっていく。
やがて火の粉が舞い上がり、黒煙が月明かりを覆い隠した。
かつて西国大名の別宅だった屋敷は、今夜、その役目を終える。
そこに何があったのか。
誰が死に、何が見つかったのか。
すべては炎の中へと消えていった。
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